視線を合わせたまま、もう一歩ずつお互いの距離を縮めたところで、ティーダはふと動きを止めた。きりっと整った眉を片方だけひょいと跳ね上げる。 「……?」 不思議そうな表情のユウナ。彼は人差し指を立てて自分の唇へ持ってくると、視線で合図を送った。物陰からこっちを伺っている気配を感じたのだ。くるりと回れ右をしてハッチにつかつかと歩み寄ると、開閉スイッチに手をかける。 「…そんな所でなにやってるッスか?」 一気に開いたハッチの向こう、金の髪がひょっこりと覗いた。 「あー、気にしない気にしない。ただの社会見学。」 好奇心の塊のようなアルベド娘が、悪びれもせずににかっと笑っている。その隣には半ば無理矢理付き合わされたスフィアハンター仲間。腕を組み、不機嫌そうにそっぽを向いて立っている。 「おかしな気配がすると思ったら、これかよ〜。」 呆れるティーダの背後で、ユウナの頬が見る見るうちに真っ赤になる。覗かれていたことを知ってすっかりご機嫌斜めの彼女は、ぷっと唇をとがらせると三人の脇を通り過ぎ、そのままずんずんと歩き出した。 後ろからこそこそついて行きながら、青年はしかめっ面をリュックの耳元に寄せた。 「リュックのせいだぞ。」 「だって、リュックさんとしては見届ける義務があるからね。」 恐縮するどころか、なおもニヤニヤと笑っている。開き直った元ガード仲間に何か言おうとした所へ、艶やかな含み笑いが割って入った。 「悪かったな。お取り込みの所。」 どう贔屓目に見ても、面白がられているとしか思えない。自分と彼女には、手荒な祝福がこの先も続くに違いない。そう考えるとちょっとだけため息をつきたくなってしまったティーダであった。 エレベーターでブリッジへと向かう。 「我らのリーダーがお待ちかねだ。あんたのお手並み、拝見といこうか。」 「へっ?どういうことッスか?」 人の悪い笑みをたたえたパインの、どこか不穏な雲行きを連想させる口ぶりに、ティーダの返事は思わず間の抜けたものになった。銀の髪を持った女剣士は、事情がよく飲み込めていない青年を面白がるような目つきで眺めている。 「リーダーは、アニキさんなの。でね、えっと…。」 「いいよいいよ。あれは何言っててもほっとけばいいからさ。」 ユウナが説明に困ったのを助けるように、リュックはそう言って手をひらひらと振った。 圧縮空気の立てる小さな開閉音と共に、ブリッジの扉が開いた。 青空を映した巨大なキャノピーをバックに、アニキは仁王立ちになって彼を待ち構えていた。久しぶりと声をかけるより先にかつての戦友が発したのは、ティーダにとって思いも寄らない罵声だった。 「貴様ァ、今更どのツラ下げて帰ってきやがった!?」 理不尽な言いがかりに、ティーダはむっと眉を寄せた。返す声が、自然と剣呑な響きを帯びる。 「久しぶりだって言うのに、随分なあいさつッスね。」 ユウナの手前かろうじて礼節を保った元ガードだったが、ケンカを吹っかけた本人は、冗談で済ます気がさらさらないらしい。 いつになく真剣なリーダーの気迫を見せ付けられ、三人娘はただ驚きに目を見張るばかりだった。ひと騒動あるとは予想していたけれども、こんな形で始まるとは思ってもみなかったのだ。 周りが口を差し挟む隙もなく、ブリッジを不穏な影が覆う。ぴりぴりと嫌な緊張が高まり、空気がまるで帯電したかのように感じられる。 「二年もユウナを放っておいた貴様の居場所は、ここには無あーいッ!」 更に侮辱を重ねられ、抑えこんでいた彼の闘争心は一気に火を噴いた。既にファイティングポーズの相手に靴音荒く近付くと、2メートルの距離をおいて構えた。端正な顔に鋭い怒気を閃かせた様は、見る者に銀のナイフを連想させた。 「取り下げろよ。放っておいた訳じゃない。」 抑えた声とは裏腹に、アニキをねめつけた瞳はその青い色に激しい怒りの炎をまとっていた。 「ユウナを悲しませたお前に、それを言う資格があるか!?傍にいる資格があるのか!?」 リーダーは叫ぶとやおら先手を繰り出した。掴みかかる男の手首を握り素早く背を向けるや、ティーダは相手の勢いを逆手にとって投げ飛ばした。 「帰りたいと願ったオレをスピラに呼び戻してくれたのはユウナだ!」 弧を描いて宙を舞ったアニキの体は、背中から床に叩きつけられた。金属製の床に、派手な地響きがこだました。 固唾を呑んで見守る一同は、エースの風格溢れる高らかな宣誓の言葉を聞いた。 「オレがここにいる。それが何よりの証拠だ!」 決然と叫んだ後、ティーダは憮然と腕を組んだ。床に伸びているモヒカン男に向かって小さく付け加える。 「…親子揃ってワンパターンだっつーの。」 シドに投げ飛ばされた経験が、今回役に立った。アニキの技量がシドに僅かに及ばなかったことは、言わないでおくのが礼儀というものだろう。 「大した自信だな。」 床に大の字になったままの男は、逆さまに映る恋敵の顔を激しく睨み上げた。 「自信じゃない。確信ッス。誰にも文句は言わせない。」 怒りと決意のこもった青い瞳が見下ろした。 「また消えるようなことになったら、どうする?」 「ユウナが望む限り、何度だって戻ってくる。」 そこまで言ったティーダの前で、突然アニキはがばっと跳ね起きた。世にもキテレツなポーズをとって、彼の鼻先に人差し指を突きつける。 「ぃよおーーし、ごーうかぁーーーーくッ!!」 ひっくり返った声は、光降り注ぐブリッジの丸天井に反響して一同の耳をつんざいた。 「その覚悟、忘れるなよ!」 強烈かつ無軌道な話の展開に思わず眩暈を覚えながらも、ティーダは拳を握ると大きく頷いた。 「ユウナを、頼む。」 本能的に身構えたままの相手に構わず、アニキはくるりと背を向けた。ユウナの気持ちは、最初から分かっていた。彼女が幸せになるために、自分は何をすべきかも分かっているつもりだった。 「うっす。」 何ともいえない寂しさを漂わせているアニキの口ぶりに憎まれ口を叩く気も失せて、ティーダはごく短く返事をした。 息苦しいほどの緊張感に包まれていたブリッジの空気は、まるで呪縛から解き放たれたように元の軽さを取り戻した。リュックがレーダーを覗き込み、誰にともなく声を張り上げる。 「これからさぁ、どこ行く?」 奇しくも、かつてナギ平原で投げかけられたのと同じ問い。ユウナは思わず背筋を伸ばした。振り向いた途端、その目に彼の笑顔が飛び込んできた。ビサイドの海よりも青い双眸に眩しい光が踊る。 「どこへでも!」 ティーダは力強く拳を握り、ガッツポーズを作った。今の彼には自信を持って答えることが出来た。自分の居るべき場所はユウナの隣。それさえ自分で決めてしまえば制約など何も存在しない。スピラ中がフィールドだ。 短い一言に込められた、彼の頼もしい所信表明。ユウナはそれを、胸に大切に刻んだ。彼の言葉、彼の仕草一つ一つに存在の確かさを感じ、安心する。あてもなく探し続けた苦しい時間の記憶も、今なら笑って話せる過去の思い出。 そう、私達はどこへでも飛んで行ける。 「だからぁ。」 リュックは手をひらひらと振ると、くしゃりと笑った。彼の言葉を嬉しく聞きながら、わざとはぐらかす。 「もうちょっと、具体的に!」 「じゃあ、手始めにザナルカンド!色々話したいこと、あるしさ。」 悪戯っぽい笑みを閃かせた青年の言に、パインが思わず苦笑した。「手始め」という部分に反応したのだ。始めがあるということは、続きがあるということだ。 「しばらく名所旧跡めぐりが続きそうだな。カモメ団は、いつから送迎サービス屋も始めたんだ?」 「お助け屋なんだろ?固いこと言いっこなし。」 彼女の言葉は、時に少しシニカルだ。けれどもそれは彼女の身につけるアクセサリーの輝きに似て、決して冷たいものではない。強く、時には頑なとまで思える硬い態度は、人一倍シャイで繊細な内面を鎧うため。旅を共に続けるうち、パイン自身もまた変わった。三人の中で抑え役に回っていたはずが、最近では先陣を切っている感さえある。 まるで旧知の仲のようにくだけたやり取りをしている二人を、ユウナは微笑ましく見つめた。クールがウリのスフィアハンター仲間も、太陽の申し子みたいな彼の人懐っこい笑顔にすっかり乗せられているようだ。 「じゃあ、ポケットマネーで私が依頼しようかな。」 ユウナがくすりと笑うと今度はダチが苦笑いで応えた。 「出血大サービスで請け負うしかないな。」 「ちょっと待てぇ!リーダーは、オ・レ・だ!」 自分を差し置いて着々と進む話し合いに、アニキはオーバーアクションで割って入った。またもお得意のカモメポーズで叫ぶ。それでも誰もリーダーの意向を気にしていないというところが、カモメ団らしいといえば、らしいといえるかもしれない。 どこへでも飛んで行ける。 無限の翼でここから未来へ。 何も恐くない。 一番大切な人と手をつないでいれば。 空は青いキャンバスに暖かな西日の色を刷き加えていた。白い軌跡を描いて飛行を続ける一隻の飛空挺。紅蓮の炎を塗装された優美なこの船はセルシウスと呼ばれ、今をときめくスフィアハンター、カモメ団の母船となっている。 目的地は、ザナルカンド遺跡。ただしスフィアハントのためでなく、遺跡に一組の男女を運ぶため。 静かな聖地は、変わらず二人を迎え入れるだろう。 思い出の地で語り合う恋人達の頭上に、やがて星が二度目の夜を連れてくる。 -FIN- Back← ----------------------------------------- 大変お待たせしたこと、本当に反省してます。本当です!(半泣き) 真剣にやりあうティーダとアニキ、いかがだったでしょうか? エースに投げ飛ばしてもらって、プレイ中にアニキから受けたストレスを発散する自分って、なんてやなヤツなんでしょう(大笑) |