ユウナの帰還を待っていたかのように、ビサイドの浜辺で奇跡は起きた。 その夜、村では松明が夜通し灯され、祝いの宴が夜更けまで続いた。 起き上がった美貌の女剣士は、ほんの少し重さの残る頭を一振りした。銀の髪が白い額に一房落ちかかる。籐編のベッドは簡素だけれど、南国の熱気に涼を呼び込み寝心地は悪くなかった。すっきりと起きられなかった原因は、多分祝杯を重ねすぎたせいだろう。 「少し、飲みすぎたかな。」 天幕の向こうから差し込む光の角度からすると、随分と遅い朝になったようだ。 隣のベッドでは服のままのリュックがネコのように丸くなって眠っている。その隣には、ビサイド村の娘。年は17だと話していたけれど、そういえばまだ名前を聞いていなかった気がする。リュックに引っ張られるようにしてあちこちの車座を回るうち、意気投合して夜更けまで話し込んだ。そのうち二人とも酔いつぶれ自分が運んでやる羽目になったことを、パインはようやく思い出した。 「おい、リュック。」 シーフという職業とは思えないほど隙だらけの少女は、肩を揺すられてシーツを引っかぶった。 「んー、もう飲めないよォ。」 何とものん気な返事をよこされたものだ。肩をすくめた後、彼女は常の癖でもう一人の仲間を探した。 この家にはいないようだ。夕べは恐らく彼と一緒だったのだろう。 「リュック、いい加減に起きろ。しまいには日が暮れるぞ。」 何事が起こったのかと飛び起きたものの、寝ぼけてきょろきょろしているスフィアハンター仲間。その慌てぶりに再び肩をすくめながら、パインはいつもの調子でさっさと出口へ歩き出した。 「ユウナと合流して、行動開始だ。」 寺院の礼拝場には、まるで外界と切り離されているかのように独特の空気が流れている。 灯された松明の炎に照らされ、歴代の大召喚士達は黙して佇む。香が焚きしめられ、祈りが捧げられる。1000年続いてきた日々の営み。エボンの教えが意味を成さなくなった今でも、人々の素朴な信仰心の対象としてビサイド寺院はあった。 礼拝場の奥にある扉をくぐると、僧官の詰め所ではユウナともう一人が待っていた。小麦色に焼けた頬に人懐っこい笑顔を浮かべた青年。明るい金の髪とその仕草から、パインは最初彼のことをアルベド族かと思ったのだが、近くで見る彼の瞳は碧空を思わすブルーだった。それほど大きくも見えないが、均整のとれた身体を鎧う筋肉は相当鍛え上げてあるのがひと目で分かる。 「しっかしリュックも随分変わったな〜。」 懐かしい仲間と再び会えた嬉しさに、青年は白い歯を見せ相好を崩した。 「だって2年だよ?チイこそ今までどこで何してたのさー!」 「教えて欲しいのはこっちのほうだって!」 軽やかに歩み寄るなり、ニギヤカ担当の元気少女は昨晩の続きとばかりにマシンガントークを始める。真っ向から受けて立つ彼もリュックのしゃべりに引けをとってはおらず、むしろ楽しんでいるようにしか見えない。 …確か名前はティーダだと聞いたな。 2年前召喚士として死者の都ザナルカンドへと赴いたユウナ。その旅路は、さぞかし賑やかだったことだろう。カモメ団の騒々しさを棚の上に放り投げておいて、パインは漫才のような会話を半ば呆れながら聞いていた。 「昨日は色んなことがありすぎて、何が何だか分からないうちに過ぎちゃったから…。」 怒涛のような元ガード達の会話が一段楽すると、四人は輪になってクッションの上に腰を下ろした。指を組んで小首を傾げたユウナは、少しはにかみながら女剣士に笑いかけた。その仕草は、それまで見知っていた彼女のものとは明らかに違う。 ふと、色違いの瞳が傍らに座った青年へ視線を向ける。何とも形容しようのない、艶やかな光。返す彼の微かな笑みに、薄紅色が彼女の目許に咲く。二人の視線が絡んだその瞬間を目の当たりにして、パインは改めて確信した。 綺麗、と表現すればいいだろうか。蕾をほどいた大輪の花が咲き匂う、そんな様を思い起こさせた。 いつも一緒に行動して苦楽を分け合い、時には共に死線をくぐり抜けてきたスフィアハンター仲間。たくさんの時間を共有してきたはずの彼女が垣間見せた表情は、まるで見違えたように新鮮に映った。 「改めて紹介するね。こっちはティーダ。」 「あ、どもッス。」 ユウナの言葉を受けて、青年はひょこっと頭を下げた。飾らない仕草と屈託のない笑顔に、クールで通す彼女もつられて破顔しそうになる。 「召喚士として旅をしたときにガードを務めてくれたんだ。」 控えめに過ぎるユウナの表現に、リュックは頬に人差し指を当て、それからぱりぱりとかいた。 「昨日まで行方不明だった恋人、って言ったほうが話早いよユウナん。」 にんまりと弧を描いたスパイラルアイズと興味津々の紅い瞳に、ユウナの頬がたちまち朱に染まる。 「二人がどんな仲なのかは、…」 組んだ腕をほどいて、パインは顎をしゃくった。紅玉の瞳が、不意にからかいを滲ませる。 「話を聞くよりユウナの顔を見たほうが分かりやすいな。」 「そーそー、こういうのを『百聞は一見にしかず』っていうんだよね!」 調子に乗ったリュックは、パインの言葉にしっかり便乗して更にたたみかけた。3人組というのはこういう時、非常に厄介だ。他の二人に共同戦線を張られてしまったら孤立無援は間違いなしだからだ。困惑に、ユウナは更に真っ赤になって頬に両手を当てた。 「……えっっ?もう二人ともっ…ひどいっす…。」 そういったきり固まってしまった彼女に、パインは苦笑混じりで追撃をあきらめた。こうも素直なリアクションを返されると、逆に毒気も抜かれてしまうというものだ。対するリュックは容赦がない。ここぞとばかりに追い討ちをかけた。 「大体、浜辺であれだけ派手な再会シーンを見せたんだから今更遅いって。」 更に鋭くえぐりこむ舌鋒に対抗したのは、もう一人の当事者だった。 「エースの再登場としては、あの位の演出は無いと寂しいだろ?」 にっと笑って、ティーダは偉そうに胸を反らせた。しれっと返したその言葉は、爽やかに受け流したというべきか、開き直りというべきか。 ユウナの石化状態を説いたのは、耳元で鋭く響いた発信音だった。飛空挺から通信が入ったのだ。 「ユウナ!大丈夫か!?」 アニキの叫び声が耳を叩いた。 「うん、みんな元気だよ。そっちで何かあったの?」 複雑な男心を知ってか知らずか、ユウナはにこやかに問い返した。 「つながらないから、もう心配で心配で…。」 実は夕べから頻繁に鳴りつづけるものだから、夜明けまでスイッチを切っていたのだった。ミッションで危険な地にいるのならともかく、アニキの心配は度を越えている。もっともリーダーにしてみれば、強力なライバルに敢えて塩を送った形だ。実は密かに気が気でなかったのかもしれない。 どう答えたものか思案する間に、通信機の向こうでガタガタッという音がし、ついでダチの声が聞こえてきた。 「いやあ、すまんすまん。いい加減にしとけって言ったんだが聞かなくてな。それよりいい知らせだ。」 常の癖で小首を傾げ、頬に手を添えるようにしてイヤホンでの会話に集中していた彼女の顔がぱっと華やいだ。リュックとパインに向って、嬉しい報告を伝える。 「シンラ君、目を覚ましたって。」 「ほんと!?」 「そうか、よかった。」 スフィアハンター仲間は、ほっとしたように顔を見合わせた。話の見えないティーダに、リュックがかいつまんで耳打ちする。 「我がカモメ団の頭脳労働を担当してる天才少年だよ。…んで実は、あたし達が異界から戻って来る直前に意識不明で倒れちゃって、…心配してたんだ。」 自分にとっての最後のミッションだと意味深な言葉を残していただけに、カモメ団の面々の心配はひとしおだったのだ。ふんふんと頷きながら聞いている青年の横で、ユウナと飛空挺とのやり取りは更に続いた。 「うん…ちょっと待って。え、じゃすぐ行きます。」 僅かに顔を曇らせてそう答えると、ユウナは通信を切り上げた。 「急いで戻ろう!」 「一体どしたの?」 疑問符を飛ばすリュック。ユウナはついと立ち上がると仲間を急かした。 「話は後だよ、とにかくシンラ君の様子を見に行こう。」 ほらキミも!と当然のように促され、ティーダはいつの間にか彼女らに同行することになってしまった。ワッカの家に寄って出立の挨拶を手短に済ませると、四人は朝日眩しい海への道を駆け出した。 カモメ団の象徴、天翔る船セルシウス。彼にとっては初めて見る形の飛空挺だった。その圧倒的質量に頭上を掠められた時は、さすがに身の危険を感じるばかりで感慨の抱きようもなかった。けれども改めて見れば、力強さと優雅さを兼ね備えた機体だということがよく分かる。珊瑚礁の海に着水し停泊する姿は、水辺に憩う駿馬にも似て美しい。数々の冒険へと赴いたスフィアハンター達の翼に、ティーダは胸をわくわくさせながら足を踏み入れた。 「これで世界を回れたら、気分いいだろうな。」 きょろきょろと辺りを見回し、素直な感想を漏らす。金属製の床が、足の下で軽快なリズムを奏でるようだ。共にタラップを上りながら、ユウナは彼の言葉に頷き楽しげに笑った。 さらに羨望の眼差しを向ける青年に、横からリュックがこともなげに提案する。 「じゃ、カモメ団に入っちゃえばいいんだよ。いつでも団員募集中だしさ。」 「新入りが入れば、こっちは楽が出来るからな。」 パインが混ぜっ返す。 「じゃ、決まりだね。」 ユウナは、ぽんと両手を打ち合わせると笑顔でまとめた。 「……リーダーはアニキだって聞いてたッスけど…。」 カモメ団の実態を垣間見たような気がする。思わず作ったティーダの愛想笑いには、ほんの少々引きつりが混じった。 →NEXT |