グレートブリッジでの死闘をくぐり抜け、マカラーニャの森へ。
 召喚士ユウナとそのガード達は、逃避行を続けていた。



わたしのなかで かみが しんだひ (前編)




 旅する者をしばしば惑わすという迷い道も、重なりって視界を遮る森の梢も、今の一行にとっては強い味方だ。が、今後包囲網が狭まるのは必至である以上、一瞬たりとも油断することは許されなかった。
 恐ろしいのは、行く手を阻む魔物よりもむしろ、寺院からの追手だった。加えて、行く先々でもきっと兵が待ち構えているだろう。彼らの多くは真実を知らぬまま、ただ素朴な信仰心からエボンに仕える者達だ。それを考えると、足取りは軽かろうはずも無かった。

 目的地まで間もなくという場所で、キマリが大きな耳をそばだてた。ガード達のあいだに緊張が走り、ユウナを守るために間合いを詰める。
 結晶化した幹の向こうから姿を現したのは、魔物でも僧兵でもなく、チョコボにまたがった幼い少年と少女だった。兄妹と思しき二人は、どちらもぶかぶかの僧服を着ていたが、武器を帯びてはいなかった。
 逃亡者達の緊張がほっと緩んだのもつかの間だった。
「ハンギャクシャを見つけた!」
 兄は、あどけなさを多分に残した表情を強張らせ、叫んだ。
「待てよ!違うって!」
 ティーダは、思わず進み出た。兄はびくりと肩を震わせると背中の妹をかばいながら他方の手で手綱を引いた。チョコボが蹴爪を跳ね上げ、二、三歩と後ずさった。
「黙れ!シーモア老師様を殺めたのが、何よりの証拠だ!」
「見つけたらすぐ知らせろって言われてるんだから」
 鞍の上でぶるぶると震えながら、二人は”ハンギャクシャ”達を精一杯睨みつけた。
「わたし達、ユウナ様を信じてたのに。シンを倒して、父さん母さんの仇を討ってくれるって信じてたのに!!」
 兄の背から覗いた幼い少女の視線は、糾弾の矢となって召喚士を射抜いた。
「旅は、やめないよ」
 ユウナは叫んだが、その声に力は無かった。弱々しい抗弁を振り切るように、少年が叫び返す。
「”ハンギャクシャ”の言うことなんか、僕には信じられません!」
 言い捨てた兄が再び手綱を引く。チョコボの踵を返そうとしたその時、アーロンが、ずいと立ちはだかった。
「動くな」
 地の底から響くような一喝だった。太刀を構えた男の声が、見えない鎖となって兄弟とチョコボの動きを封じた。
「急げ、この場を離れるぞ」
 大刀を肩に担ぎ直し、アーロンは先陣をきって駆け出した。ぴたりと静止したチョコボの脇を堂々とすり抜け、後を振り返りもしない。固唾を呑むばかりだったガード達も、同時に我に返る。
 放たれた矢のように駆け出した彼らの中で、しかし逡巡する者がいた。
「ぐずぐずするな」
 その場を離れようとしないユウナの背に、鋭い叱咤が飛んだ。
「でも、この子達を置いては」
「辺りに魔物の気配はない。それより追手が迫って来るぞ」
 ガードの長が尚も叫んだ。それを聞いた彼女も、ようやく走り出した。
 呪縛に絡め取られ声さえ出せない兄妹の視線だけが追いかけてくる。ユウナはこみ上げるやるせなさに唇を噛み締めた。



 くねくねと連なる結晶の小道を、一行は急いだ。
 今は裏切り者の汚名をそそぐ方法が無い。そう理屈では分かったつもりでいても、謂われのない糾弾であっても、やはり辛い。ましてや無知であるがゆえ純真無垢な子ども達の声は、真摯なだけに一層ユウナを苦しめていた。

 悄然と肩を落とした少女の後姿に、ティーダはそっと近づいた。かけるべき言葉をあれほど吟味したはずだったのに、彼女の顔を見た途端に吹っ飛んで、どこかへ消えてしまった。後ろ頭を掻いても、叩いても、気の利いた台詞は欠片ひとつも出てこなかった。
「気にすんなよ。子どもの言うことだしさ」
 ティーダは、ようやくそれだけを言った。
 ユウナがうなずいて微笑んだ。まるであらかじめ用意していたかのような笑顔だった。
 辛いときほど明るく振舞おうとする彼女の癖は分かっているというのに、ありきたりな気休めの言葉以外に何も出てこない。もどかしい思いを抱えながら、彼はそれでも彼女と歩を合わせ続けた。
 一番辛いのはユウナだ。何もできなくても、せめて少しでも彼女の心に寄り添うことができたら。



 重苦しい沈黙が、一行にまとわりつき離れないでいた。
 誰もが言葉少なに、森の出口を目指す。追手から身を隠してくれる深い森は、そろそろ途切れがちになっている。深い谷の道を進んだ先には、やがて広大なナギ平原が見えてくるはずだった。

 ユウナは、隣を歩くティーダに聞かせるでもなく、半ば独り言のように呟いた。
「旅は続けるよ。わたしから旅をとったら、何も残らないもの」
「違う」
 ティーダの声が、はっとするほどの真摯さを帯びて響き、彼女の耳を打った。
 ユウナは息を飲む思いで、彼の顔を見上げた。発した語気の強さに自分でも驚いた様子の彼は、目が合うとばつが悪そうに笑った。
「…冗談でも、そんな言い方すんなって」
 ティーダはそこで言葉を切り、ユウナの顔を見つめた。訴えかける彼の瞳は水晶の森が放つ光を受け、青く透き通って見えた。
「召喚士でも、そうじゃなくても、ユウナはユウナだ」
 召喚士であることは、ユウナという人間のほんの一部分に過ぎない。スピラの役に立つから生きる価値があるのでなく、生きていることにこそ価値がある。
 旅をやめたユウナの生には価値が無いなど、例え冗談でもそんな風に思って欲しくはない。
「旅に誘ってくれたとき、ガードじゃなくてもいいから、ってオレに言ったの、覚えてる?」
 ブリッツができるからでも、ガードとして役立つからでもない。
 ただ一緒に旅が出来るだけで嬉しい。無垢な少女の願いは、最初こそ少年を戸惑わせたものの、異世界での深い孤独を和らげてくれた。
「あの時は変な返事になっちゃったけど」
 少し照れくさそうに頭をかいてから、ティーダは日に焼けた頬に笑みを刷いた。
「ホントは嬉しかったんだ。居場所が見つかったっていうか、そんな気持ちになった」
 上手く言えているか、よく分かんないけど。と、はにかみ笑いで締めくくった少年は、自分の存在意義を改めて胸に刻んだ。

 ユウナが自分の命をどう生きるかは、彼女自身の決めること。例え誰であろうと阻むことは出来ない。それならば、ガードとして彼にできることはただ一つ、何があってもユウナを守り通すことだけだった。


後編に続く>
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