Red

 優しく注ぐ陽光。ひんやりと気持ちよく乾いた秋風。
 旅人の足取も軽い街道の午後。

「んー、気持ちいい。」
 高く広がる晴天に向かって思い切り伸びをしながら、ユウナは見上げた。
 眼下にはミヘン街道が緩やかにうねりながら伸びる様を見渡せた。
 色づき始めた野の道を行き交う人々は、遺跡の天辺に座っている彼女を見つけて皆にっこりした。そして頭を下げながら、またある者は力いっぱい手を振りながら通り過ぎていく。
 その名を聞いたことのない者は、恐らくスピラにはいないだろう。
 朽ち滅びた古代都市の残骸に腰を下ろしているのは、永遠のナギ節を招来し希望ある未来を開いた大召喚士その人。
 皆が尊敬し愛してやまない救世主は、その偉業にはおよそ不釣合いなほどの身軽さで各地を飛び回る。それが人々により慕われる理由でもあった。
「ここじゃ、目立ちすぎるかな…。」
 手を振り返しながら、つぶやく。一応お忍びということになっているのだから降りて目立たない場所で待っているほうがいいだろうか。
 でも背中に受ける日差しの暖かさがつい心地よくて、見晴らしの良いこの場所に座ったまま先刻から時間を潰しているのだった。

 なぜ時間を潰さねばならないかというと、約束の時間になっても誰かさんが現れないからだ。今日の午後から明日にかけては自由時間になるからと、ブリッツシーズン中ルカに滞在している彼からの提案だった。
 退屈しのぎにため息をつこうとして、ユウナは思い直した。
 試合が長引いたり待ち伏せしていたファンに捕まったりすることもある。正直おもしろくない気持ちを味わうこともあるけれど、彼が大好きなことを続けるためにはしょうがない。

―――だって、ブリッツに打ち込む彼の姿は文句なしにかっこいいもの。

 口の端が思わず緩んで笑みがこぼれているのにも気付かず、彼女は考えをあれこれめぐらし続けた。

 会いたい気持ちに心がはやる。
 今頃は急いでこちらに向かっている頃だろう。散歩がてら途中まで迎えに行くのもいいかもしれない。
 待ち続けるのにも飽きてそんなことを考え始めた矢先、やっと待ち人は現れた。

 街道入り口に、金色の点がちらりと見えた。それが恋人のものだと分かる前に、金色の点は一瞬のうちに小さな人の姿になった。
 韋駄天のごとく疾走を始めた人物は、みるみるうちに近付いてその輪郭を大きくはっきりとさせた。風になびく金髪が、太陽そのものみたいに眩しく映る。
「あ、来た来た。」
 チョコボと競争しても負けないほどの勢いだ。その急ぎっぷりに、ユウナはくすりと吹き出した。
「ティーダ!」
 必死で走っていた青年は、空から降ってきた声に慌てて急制動をかけた。慣性に逆らって踏みしめた靴底が派手な悲鳴をあげ、砂埃が舞い上がる。
 彼は大きくたたらを踏みながら遺跡を見上げた。
 そこにはにっこりと笑ったユウナの姿。
「ユウナ!」
 ティーダの呼びかけに、彼女は小さく手を振って答えた。
 そして。
 オーバースカートの裾を手で押さえた次の瞬間、彼女の影はひらりと宙へ舞った。とっさに差し伸べた彼の手に飛び込み、優雅な仕草で草の上に降り立つ。

「遅れ…て、ごめ…ッ…。」
 ぜえぜえと肩で息をしながら、ティーダはとにかく遅刻を詫びた。
「やっぱり、集合時間をもう少し遅くしたらよかったんじゃない。」
「だっ…て、一秒でもユウナに早く会いたかったから…それで遅刻してたら世話ないッスね。」
 新鮮な酸素をむさぼりながら、彼は言葉を継いだ。息が上がったままでは格好がつかないし、再会の抱擁どころではない。街の中からここまでやみくもに全力疾走したので、さすがにきつかった。
「お待たせッス。」
 神妙な顔でぺこりと頭を下げるその姿が可笑しくて、ユウナはころころと笑った。
「うん、気にしてないよ。天気は上々だし、待ってる間キミのことを考えてるのは楽しかったし。」
 無邪気な慰めは、遅刻者のいたたまれなさを更に倍増した。がしがしと頭をかきながら、ティーダは深呼吸をするふりをして大きなため息を吐く。
「嫌味言ったり怒ったりしないのが分かってるから、余計にキツいんだよなー…。」
「どうかした?」
「や、何でもないッス!」
 きょとんと見上げる無垢なオッドアイに、彼はおどけて笑みかけた。
「たまには、花束用意してユウナを待つぐらいの余裕が欲しいなって、そう思ってさ。」

「花束じゃないけど、キミ、素敵なお土産を持ってきてくれたみたいだよ?」
 にこにこと笑っていたユウナは、白い腕を彼の肩口に伸ばした。
「ちょっと屈んでくれる?」
 言われるままにティーダは膝を折り背を丸めた。パーカーのフードを覗き込み、ユウナは宝物を見つけたように弾んだ声を上げた。
「ほら、カエデの葉。」
 摘み上げた親指と人差し指の間に、ほんのりと赤く染まった落ち葉。
「ほんとだ。全然気付かなかった。」
 ユウナの掌に乗せられた数枚の紅葉は、その白さに映えて艶やかさを増した。
 本人も知らないまま運んできた美しい季節の便りを、二人はしばし眺め入った。

 ユウナは落ち葉を日にかざした。秋色の宝石を透かした午後の太陽は、季節の移ろいを映して控えめに輝いている。
「綺麗だね。」
 紅葉をくるりと指先で回しながら、色違いの瞳が微笑む。つられるようにして、ティーダからも面映げな笑みがこぼれた。


 いつだったか、何でも嬉しがって、しかも笑い出したら止まらないユウナをからかったことがある。
 その時ユウナがくれたのは、全てを包み込む優しい笑顔。
『こんなに毎日が楽しいのは、きっとキミがいてくれるからだよ。』
 真っ直ぐ見つめるオッドアイの真摯な輝きを、一生忘れられないだろう。
『シンを倒して平和な世界が来れば、心の底から笑えるはずだった。でも。違ったの。キミがいない世界では、私、どうしても笑えなかった。』
 二年という不在の時を待ち続け、ユウナはようやく自分のために笑うことができるようになった。そう、心の底から。

 落ち葉一つにも新鮮な驚きと感動を見つけ子どものように喜んでいる彼女。愛しい人を青年は眩しげに、そしてどこか誇らしげに見守った。
 小さな命に目をむけ、スピラの全てを慈しむ彼女の笑顔を二度と奪うまい。


「ルカの街路樹がこれだけ赤くなっているなら、きっと山のほうはもっと綺麗に色づいてるだろうね。」
 はしゃぐ恋人の声に、ティーダは元気良く提案した。
「じゃあ今から見に行くッスか。」
「賛成!チョコボを借りて、旧道方面へ遠乗りしようよ。」
 今日のデートコースを決めた二人は、ひとつ頷き合うと駆け出した。






 小さな幸せが、また一つ増えて胸を温める。
 吹き行く秋風に、恋人達の距離がより縮まる頃のお話。








-------FIN

季節を感じさせるものは大好きで、この時期紅葉している葉を見るとそれだけでウキウキします。
冬に向かって大急ぎで仕度している、何やらせわしい気分も否めないのですが。
それもまた秋の顔かと。



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