Trick or Treat!

 見事な秋晴れに恵まれた、絶好のお祭り日和。
「とりっく おあ とりーと!」
 心地よい日差しと海風。高い空に、子ども達の元気な声が響く。
 今日、ルカでは港祭りの一環として、子ども向けのイベントが開かれていた。仮装をした子どもが集まって、シアターから商業地区へのメインストリートを練り歩き、街のあちこちに設けられたキャンディースタンドでお菓子をもらって回るのだ。

 中央広場に設けられた特設スタンドで、ユウナは元気な子ども達を相手に、お菓子の小袋を配っていた。
 次から次へと並んで、彼女のプレゼントを両手で受け取る少年少女の瞳は、憧れの大召喚士を目の前にした高揚と、手渡されるお菓子への期待できらきらと輝いている。
 実際、菫色のドレスに身を包み、結った髪にヴイオラの花弁を模したヘッドドレスを飾ったユウナの美しさは、あたかも絵本から抜け出た妖精のようで、派手な衣装の人々でごった返す広場の中で、ひときわ目を引いた。

 亜人の楽隊が奏でる賑やかな音楽。
 面白おかしく飾りつけられた豊かな街。
 もらったばかりの包みを早速ほどいて、砂糖がけのナッツ菓子に声を上げる子ら。
 掌に転がり出た一粒を宝石のように大事につまんで、それを口にした瞬間見せた、女の子の笑顔。

 何の憂いもなく、祭りを楽しむことのできる世界が訪れたことの幸せを、そこにいる誰もが思わずにいられなかった。
 ユウナも同じ思いで、子ども達の屈託ない笑い声に耳を傾けた。

「とりっく おあ とりーと!!」
 子ども特有のかん高い声に混じって、彼の声を聞いた気がした。
 毎日のように耳に慣れ親しんだ声を間違いようもなかったが、ユウナは敢えて打ち消した。
───空耳、だよね。
 今頃、想い人はスタジアムで、ジュニアを相手にブリッツ教室の特別講師をつとめているはずだ。
 逢いたい気持ちが強過ぎて、聞こえるはずのない声が聞こえたかもしれない。
 しかし次の瞬間、見張った目に飛び込んできた光景は、ユウナの予想を覆し、耳の確かさを証明するものだった。
 向こうから駆けて来た、子ども達の小集団。小さな剣士やモンスターや魔法使いらを率いる海賊船の船長は、なんとティーダその人だ。
 どこで調達したのやら、彼は豪華な飾りのついたコートを羽織り、骸骨マークをあしらったつば広の黒い帽子を被っていた。肩にはベニコンゴウインコのぬいぐるみを乗せるという念の入れようだ。そして他の子ども達と同じく、お菓子の詰まった大きな袋を手に下げている。
「お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞ!」
 すっかりおなじみとなった合言葉を口々に叫び、子ども達はユウナにお菓子をねだった。そこに混じって、彼も子どものような笑顔で大きな声を上げている。
 妖精の姫がぽかんと立つ脇で、イベントスタッフの女性がてきぱきと誘導をはじめた。ちびっ子の集団は、騒がしくも行儀よく並び、ほどなくワゴンの前に列を作った。
 ユウナがひとりひとりに、お菓子の包みを渡していく。大小のカボチャに扮した小さな兄弟に、リボンを掛けた小さな紙袋を渡し、二人の頭を撫でてやる。仲良く揃ってお礼を言う子らに微笑を返す。
 やがて、ちゃっかり列の最後尾に並んでいた海賊の番が来た。
「うッス、ごくろーさん!」
 ティーダは、にかっと笑って片手を挙げた。
「どうしたの?そのかっこ」
「似合う?」
 芝居がかった仕草で帽子のつばを引き上げた彼の言葉は、質問の答えになっていない。
 けれどもユウナは、つい勢いに流されて頷いた。精悍さとユーモアとを兼ね備えた衣装もさることながら、それを颯爽と着こなす彼は文句なしに格好いいと思う。
 まんざらでもない返事を得た彼は、上機嫌で続けた。
「イベント本部で余ってたのを借りたんだ。ブリッツ終わって暇だったから、パレードの誘導も兼ねてこっち来た」
───早くユウナに逢いたかったし。
 彼がベニコンゴウインコの陰に隠れて、ぼそっと付け加えた一言に、菫の妖精は頬をほんのり染めた。
 が、ほのぼの気分は長く続かなかった。
「ここで海賊が、姫をさらう筋書きとかどうッスか?」
 あくまで爽やかな笑顔から繰り出される冗談が、ユウナには冗談に聞こえない。彼の行動力をもってすると、ひとつ間違って転べば行動に移しかねないからだ。彼を牽制する声が、思わず上ずった。
「却下です!まだパレードは続いてるし」
 すると、さすがに心得ていたとみえ、ティーダもあっさりと引き下がった。
「あの子達を、最後まで送ってあげてね」
「分かってるって」
 彼はそう請合って白い歯を見せた、それからおもむろに、手に持っていた大きな袋を彼女に手渡した。
「はい、これあげる」
 ユウナが受け取った袋を開けてみると、中には色も形もとりどりのお菓子がどっさり詰まっていた。街中回ってせしめた戦利品の数々に違いない。
 お菓子をあげるはずの立場が逆転し困惑する姫君に、不埒な海賊は神をも恐れぬ大胆さで顔を近付けた。
 そしてヘッドドレスの花びらをめくり、耳元で小さく囁いたのだ。

「お菓子あげたから、イタズラさせろ」
「…!!」

 真っ赤な顔で固まるユウナを置き去りにして、ティーダは風のように駆け出した。
「あははっ!ハッピーハロウィン、ユウナ!!」
 くるりと振り返って手を振るティーダの周りで、子ども達も一緒になって手を振った。
「ユウナ様、お菓子ありがとう!」
「ハッピーハロウィン!」
 並んだ無邪気な笑顔を、ユウナも口許をほころばせて見送った。

 皆々、良いハロウィンを───。
 口々に交す祭りの合言葉が、平和なスピラの空に響き合った。




[FIN]
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もう11月だなんて、ハロウィンはとっくのとんまに過ぎただなんて、気にしたら負け。


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