Spring has come.「何でもっと早く、声をかけてくれなかったんだよ。」 歩き始めて開口一番、ブリッツ界きってのスーパースターは、恋人への抗議を口にした。形こそ詰問調だが、実のところ単に拗ねているに過ぎない。ちょっぴり頬を膨らませた、やんちゃ坊主そのものの表情が、ティーダのもともと優しい顔立ちを、更にあどけなく見せる。 甘えかかった責め口調にちょっぴり困りながら、ユウナは釈明を試みた。 「お仕事の邪魔しちゃ悪いと思ったし、それに…」 そこで口ごもってしまった彼女に、表情を和らげた彼が先を促す。 「それに?」 答える代わりに、ユウナはちょっと微笑んだ。その笑顔には、困惑の微粒子が少し混じっていたからだろう、彼はそれ以上追求しようとはせず、視線を上空に馳せた。 「お、晴れてきた。」 西よりの潮風が、頬を撫で吹き抜けていく。見上げると、曇っていた空は、いつの間にか晴れていた。真っ青な天に、太陽が、白い雲を二つ三つと従えて上機嫌で輝いている。 振り仰ぐ彼の横顔が、不意にこちらを向いた。にこりと笑んだその表情は、頭上に広がる空よりも眩しい。 声にならない言葉を、こうして支えるように受け止めてくれる。彼の大らかな優しさに触れることの出来るこんな瞬間が、ユウナは大好きだった。 澄ました耳に、遠く背後の桟橋で鳴き騒ぐスピラカモメの声が、どこかのんびりと響いた。 隣を颯爽と歩く彼の、軽く弾んだ靴音。自分のヒールが石畳を蹴る音。二つのリズムが解け合って、一つのテンポを奏でている。旋律の無い音楽に、心は一層弾んだ。 連絡橋の白い石畳が、日差しに映えて目に眩しい。風の柔らかさに誘われるようにして、ユウナは、はにかみながらもようやく口を開いた。 「ファンの人達に囲まれたキミは、凄くクールで大人な感じに見えて…」 新鮮な気持ち半分、邪魔をしてはいけない気持ち半分のつもりで、その実声をかけるのも忘れて見蕩れていた。そうするうちに、彼のほうがこっちに気づいたという次第だったのだ。 ぱっと顔を輝かせたエースは、回りにファン交流の時間終了を口早に宣言し、試合中のざっと十倍を数えるマークをかいくぐると、人波をあっと言う間に泳ぎ抜けた。 それこそ試合中に勝るとも劣らない、電光石火の機敏さで。 喧騒の溢れるルカの繁華街は、港に負けないほどの熱気に満ちていた。中央広場は色とりどりの旗が下がり、飾りつけられた店や屋台が、いっそう華やかに見える。 「だから、ちょっと見蕩れてたっていうか…、うん、そんな感じ。」 恋人からの嬉しい告白を聞いて、彼は日に焼けた精悍な顔を綻ばせた。快活なその笑みには、ほんの少し苦笑が混ざっていた。 「それって、時間になってもユウナに会えないから、テンション下がってただけだって。」 時にストレート過ぎて聞くほうが面映くなってしまうほど、その言葉には屈託が無い。 人気あっての稼業だからファンサービスをないがしろにする気もないけれど、そのためにプライベートを犠牲にする気は、彼にはさらさら無いのだった。 「カッコいいな。って思ってね。それで…」 ユウナが、頬を更に赤らめて言いよどんだ。上目遣いに見つめる彼女の視線は、それでもまだ、何か物言いたげだった。 「オレ、カッコよかった?」 「えっと……。うん。」 茶目っ気たっぷりに尋ねられたユウナは、少しばかりうつむいた後、恥ずかしげに、でもはっきりと頷いた。 「惚れ直した?」 「もう、分かっててそういうこと聞くんだから。」 「じゃユウナにも、もう少し冷たい男でいたほうがいい?」 「……っ!!」 重ねての意地悪な質問にたまりかねて、彼女は、紅に染めた頬に両手を当てたまま睨んだ。ふくれっ面の可愛い人には悪いけれども、ティーダにしてみれば、こうも素直に反応されると嬉しいし面白いしで、聞いてみずにはいられないだけなのだ。 こんなにユウナのことが好きで好きでたまらないのに、それを抑えてクールに振舞うなんて器用な芸当を出来る筈もない。ブリッツのゲームならば幾らだってトリックを繰り出し駆け引きをして見せるけれども、ユウナのことになると、莫迦みたいに自分ではどうしようもなくなることを、とうに自覚している。 いっそ莫迦で構わないとさえ思っていた。ユウナは特別だから。自分の命と同義だから。 ユウナが、ぷいと前を向くと歩みを速めた。絹の髪が一筋、春風にふわりと舞う。 「おーい、ユウナ。」 つかず離れずの距離から呼ぶ声に、ユウナはくすっと笑った。振り向かず街はずれへと歩き続ける。もしも振り向けば、恋人はすぐ後ろで楽しげに笑っているに違いない。そう確信できることが、何よりも嬉しかった。 風の柔らかさに、背に感じる太陽の暖かさに、幸せが彼女の胸に溢れた。 流れる街並みが、そよ風よりも静かに、懐かしい記憶を呼び起こす。 モーグリを道案内に彼の面影を追って、一人駆け巡った日のことを。 その道筋を、今日は二人で遡っている。今度は彼が追いかける番。 恋人を追う青年の目は、果たして彼女の思うとおり、まだ可笑しげに笑っていた。 その視線は、彼女の背をくるむほどに大きくて優しい。 ユウナが見晴らし台への階段を目前にしたところで、くるっと振り向き手を振った。 「見晴らし台まで競争!」 言い終わらないうちに、彼女はしなやかな四肢を躍らせて、雌鹿のように駆け出した。 「あ、ズルい!」 「ハンデハンデ!」 慌てるティーダの頭上に、ユウナの楽しげな笑い声が降った。 港を一望できる見晴らし台のちょうど中央で、追いかけっこは幕を閉じた。手すりにもたれ、上がってしまった息を整えながら、二人がどちらからともなく笑い出す。 ちょうどこの場所で、笑顔の練習をしたよね。 昨日のことのように思い出せるよ。キミがガードになってくれた時のこと。アーロンさんと一緒に来たキミは、目を赤くして、そして何だか怒っているみたいだった。それでもガードになってくれるって聞いて、私はそれだけで有頂天になったんだよ。 不思議なモーグリに会ったのも、ここだった。 あれは多分、心の底に大切にしまってあった、”想いの欠片”。残像と呼ぶには鮮やか過ぎる、私の中に住むキミ自身。 あの頃の私は、随分迷ってた。 でも私はもう、キミのいないスピラを想像もできないよ。 一緒に笑いあえる今日が、眩し過ぎて。 瑠璃の筆で力強く引かれた水平線。海から大陸へ、風が強く吹きぬけていった。 我知らず、自分の肩を抱いたユウナの背に、温かな腕が回された。肩を包んでくれる大きな掌に、そっと自分のそれを重ねる。 「ティーダ。」 かすかな呼びかけは、透明な大気をほんの僅か震わせただけだった。けれども太陽の名を持つ青年は、愛しい人の零した囁きを、確かな想いをもって受け止めた。 その揺るぎの無い気持ちを言葉にする代わり、彼は細い肩を抱き寄せた。 顔を上げたユウナを、澄んだ光を湛えた青い瞳が捉える。彼女の心に、世界でいちばん大切な笑顔が、いつでも小さな勇気をくれる。ごく自然な仕草で、そっと、その手を取って引くように。 「春だね。」 「うん。」 言い交わし微笑みあう二人に、それ以上の言葉はいらなかった。 降り注ぐ春の光と、触れ合う場所から分け合う熱が、二人の胸に幸せの火を灯す。 Spring has come. 一緒に、春を。 うららかな日差しの中、二人の歩く二つのリズムが同じテンポを刻みながら、空の一番高い場所に向かって響いた。 [FIN] ・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・'゜☆。.・' 今年も再会の春が巡ってまいりました。 おめでとう!お二人さん!(感涙) お祝いに何とか間に合って、胸を撫で下ろしています。 春をテーマに、お届けしました。何か…色々恥ずかしすぎて正視できない。いいよもう、ユウナ馬鹿で。存分にバカップルしたらいいよ幸せなら。 Sunny Parkは、これからもティユウを応援し続けることを誓います! このようなお祭りの場を提供してくださるWierder2007に改めて感謝申し上げます。 |