ティーダが、カモメ団の母船に案内されてから、自主的に船内探索を開始するまでに、長い時間を必要としなかった。 本当は片時とユウナと離れていたくなかったけれど、さすがに四六時中一緒にいられるわけでもなく。 彼女が所用で席を外したときの退屈しのぎにはもってこいだったし、ここは、元来旺盛な好奇心を満たす面白いモノの宝庫だった。人も物も、全てが新鮮だった。 Starting Over 並んだ誘導灯の小さな明かりに従って歩く。耳を澄ますと、自分の足音に混じって、ほんの僅かな振動を伴った鈍い動作音が伝わってくる。それはさながら、このセルシウスという巨大な飛空挺の呼吸音のようでもあった ビサイドの海で目覚めたのと時を同じくして、空を翔るこの船がユウナを運んできてくれた。 スフィアハンターというのは、ここ1,2年の間に激変したスピラの社会事情に合わせて台頭してきた職業で、ユウナはリュックと、それからパインと組んでお宝スフィアなる物を求めスピラ中を巡っていた。 いや、巡っている……現在進行形か。 そこまでおさらいして、彼は不意に胃の辺りを押さえた。別段、身体に不調は無い。けれど、何だか消化不良を起こしているような錯覚に陥ったのだ。 聞いた話を咀嚼しきれていない。というよりむしろ、いっぺんに押し寄せた情報の海で、独り遭難しているようなものだった。 そして自分の知らない間に、ユウナはますます綺麗になって、しかも外見ばかりか言葉遣いも行動も、目を見張るほど変わっていた。 ―――やっぱ、気にしてんのかな。 小さな引っ掛かりの、本当の原因に思い当たったところで、ため息がひとつ、冷たい床に吸い込まれて消えていった。 ―――別に心配事なんて何にも無いはずなのに、独りでウジウジ悩むなんてオレらしくない。大体、何も分からなかった頃よりずっとマシだ。 そう自分に言い聞かせてみても、焦りと不安とが仲良く手を繋いで、頭の片隅に居座ったままだった。 ユウナを変えた二年分の出来事と想いに、これからどう向き合うべきなのか、正直とっさには見当もつかない。 誘導灯の頼りない明かりに照らされた金髪が、何かを振り払うように揺れた。 ぼんやりと続く光の点線を睨みつけ、爪先に力を込める。金属の床を踏む自分の足音が、僅かな反響をともなって耳に届く。 向かった突き当たりは、居住区へと続く扉だった。 小さな圧縮音と共に自動ドアが開いた。途端、あふれ出した眩しい陽射しに思わず目を細める。 物珍しさに誘われるまま、きょろきょろしながら居住区に足を踏み入れたティーダは、先客の姿に顔をほころばせた。 一番眺めの良い席に陣取っていたのは、リュックだった。彼女の背後、はめ込み窓の巨大なガラス越しに、ビサイドの入り江が一望できた。まばゆい光を受けて輝くサンゴ礁の海は、まるでエメラルドを砕いて敷き詰めたように輝いて見えた。 「しっかし、リュックも変わったよなあ。」 尽きることの無い話題の合間に、素直に口をついて出た感想だ。 肌を惜しげもなくさらした服に、目の覚めるようなオレンジ色のマフラー。かつてのガード仲間もまた、驚きの変身を遂げていた。 「へへーん、チイがグズグズしてる間に、同い年だよ。」 この、ずけずけと遠慮のないものの言い方だって、ちっとも変わってない。 にこっと得意げに笑った口許にも確かに見覚えがある。それなのに、成長して文字通り見違えた少女と記憶とのギャップが、まだ腑に落ちない。 「やーな言い方。」 彼女のニヤニヤ笑いにあかんべを見舞ってから、ティーダは憮然と腕を組んだ。 信じられない。あれから二年もたっているなんて。 懐かしい顔に再び会えた喜びと同じくらいに大きな戸惑い。 二年間という歳月。 それは、彼の前にぽっかりと開いた穴のようなものだった。さほどでもない大きさの、けれど底が見えないほどの深い深い穴。 やっぱり信じられなかった。信じられないというより、認めたくない…と言う方が正しいのかもしれない。 「あの、さ。」 押し開いた唇を、酷く重く感じた。僅かなためらいを振り切り、思い切って言葉を繋ぐ。 「オレ、ユウナの隣にいて…いいん、だよな?」 疑問とも確認ともつかない曖昧な問いかけは、口にした者の迷いをそのまま投影していた。 「何でそんなこと、いちいちあたしに聞くのさ。」 耳にした者の片眉が、さも心外という風に、ぴくりと跳ね上がった。 「こんなこと相談できるの、リュックしかいないだろ?」 冷ややかな視線にひるまず、彼が食い下がる。 どんな事実であれ、本当のことを知りたい。リュックなら、きっと知っている。 初めてスピラに来た時、窮地から救ってくれたのもリュックだった。以来、命の恩人であり、仲間であり、盟友でもある。ユウナと行動を共にしていたという彼女は、ティーダにとって、今また正に頼みの綱となっていた。 ふーんと生返事を返した少女は、天井をしばらく見上げた。彼の言葉を厳かに吟味している風だった。 「じゃあさ、ユウナんに新しい恋人ができてたとしたら、チイはそれで引っ込むワケ?」 渦巻き模様を刻んだ翡翠のような目が、きろりとこっちをねめつけた。 「まさか!」 考える時間は必要なかった。彼は即座に否定していた。 自分のいなかった二年の間に何があったとしても、ありったけの思いを伝えるだけ。 隣を歩くのが自分でありたい。他の誰にも渡したくない。 ユウナを愛してる。 「オレの心は決まってる。諦めたら、そこで試合終了ッスよ。」 そう結んだ彼の瞳には、真っ直ぐな決意の光がいつのまにか戻っていた。勢いを取り戻したエースに、リュックがふふんと笑って応じた。 「だったら、あたしに聞く意味もないじゃん。」 確かにその通りだ。彼女のもっともな指摘に、青年は頭をかいた。 「何を心配してるんだか、知らないけど〜。つまんないこと疑ってユウナん悲しませたら、許さないからね。チイを探し始めてからこっち、あたし達がどんなに苦労したか知らないでしょ!」 「わかったって!悪かった!」 慌てて彼が両手を合わせた。このセリフは皆と再会してからの短い時間に、誰から何度聞いたか既に覚えが無い。自分の知らないスピラを話してもらえるのはともかく、説教が先に来るのは、やや辛い。 厳密に言えば、自分の落ち度にされても困るのだが、リュックを含め皆の手荒い歓迎は長い不在を心配してくれた裏返しなのが分かっていたし、それが取り残されたような不安を和らげて、楽にしてくれてもいた。 「話の続きは、また今度ってことで。」 「しょうがないなー。」 ティーダが素早くウィンクをよこした。ユウナがドアの向こうに姿を現したからだ。心得たリュックも、やや不満げながら大人しく口をつぐんだ。 「楽しそうだね。何の話?」 ユウナに笑顔で覗き込まれて、ティーダは少しだけ慌て、急いで言葉を探した。 「そりゃもう色々。」 彼がつくづく嘘やごまかしが苦手なのは相変わらずで、どう甘く見積もっても気の利いた返事とはいえない。けれども変わったように見える彼女も、さりげなく見逃してあげるところなんか全くもって相変わらずだ。 そんな二人を、頬杖をつきながら眺めていたリュックはといえば、いささか苦笑気味だ。 ユウナは、いつでも唯ひとりを想い、求めていた。 それなのに、せっかく帰ってきた当の本人はと言えば、見当はずれなことを心配し出して歯がゆいことこの上ない。少しは困らせてやってちょうどいい位だろう。 「そおそ、このリュックさんがスピラの最新事情をちょっとばかし親切に教えてあげたんだ。つまんないこと心配してるどっかの誰かさんにね。」 振り向いた誰かさんに軽く睨まれて、二人のよき理解者は、ニヤニヤしながら肩を大げさにすくめて見せた。 「リュックの言うとおり、つまんない世間話。そのうちユウナにも話すよ。」 ユウナに対して誠心誠意でありたい。どんな小さな隠し事も、もうしたくない。 まずは深呼吸して、そっと手の中のぬくもりを撫でるように、一つずつ大切なものを確かめるところから。 大丈夫、時間はたっぷりある。 海と大地を受け継ぐ色をした美しいオッドアイを見つめ、ティーダが小さな約束を口にした。 「うん、急がなくていいよ。わたしも、キミと話したいことが山ほど有りすぎて、何から話したらいいのか迷ってるもの。」 おんなじだね。と柔らかに笑う彼女が眩しくて、いとおしくてたまらなかった。ユウナが隣にいるだけで、さっきまでの不安が嘘のように、自分の内側が満たされているのが分かる。 どう言葉にしたらいいのか、ついに分からなくなって、しかも答えようとすれば鼻声になってしまいそうだった。だからティーダは、ただ、ありったけの笑顔で頷いた。 時を越え夢を越えて、かけがえのない人に寄り添い立っている。それだけのことが、こんなにも貴い。 過去は動かなくても、未来はここから始められる。 「リュック、ありがとな。」 別れ際、改めて彼が呼びかけると、かつて召喚士を守り戦い抜いたガード仲間は、片頬にえくぼを浮かべてひらひらと片手を振った。 ……ありがとう。 再びスピラの土を踏んでからの短い間に、多分一番多く口にした言葉。けれども胸の内からとめどもなく湧き上がる感謝の気持ちを全部伝えようとすれば、全然言い足りない。 想いの欠片を宿し、呼び戻してくれた全てに、 そして。 隣で微笑んでくれる、誰よりも、何よりも大切な、ユウナに…… -fin- えーと、安西先生ごめんなさい。(一言目がそれか)名言です。格言辞典に載せてよいと思います。 ティーダ復活直後のあたりをお送りしました。ひとりツッコミひとり自己完結っぽくて、ちょっと痛い。(自分がな) いくら太陽が再会ムービーにて公衆の面前でラブシーンを展開するほど能天気でも、ユウナの過去が多少ならず気になったのではないかと思います。 お気に召したら、ぽちっと一押しをお願いします [Back] |