厚い遮光カーテンを僅かに潜り抜けた光が、寝室の中を弱々しく照らしている。 ふと目覚め首をめぐらした青年は、隣に恋人の姿が無いことに気付いた。 Sorrow and Hopeシーツには、温もりがもうほとんど残ってはいなかった。 伸ばした手に触れた枕がぐっしょりと湿っている。冷たい感触を掌に感じ、意識が一気に現実に引き戻される。 その瞬間、昨夜もたらされた忌々しい通達のことまでがありありと思い出されて、彼は舌打ちしたい気分に駆られた。 何も考えられずに、夢さえ見ずに眠れるようにしてやったつもりだったのに、まだ足りなかったらしい。 塞いだ気持ちを引きずったまま、のろのろと身を起こす。 着替えを済ませてウォークインクロゼットから出てきたレンと目があった途端、彼は密かにため息をかみ殺した。 黒のハイネックにかっちりしたジャケットを合わせた彼女の目許は、案の定泣きはらして真っ赤だったからだ。 抱きしめた腕の中で、半ば意識を失うようにして眠りに堕ちていった愛しい歌姫。 彼女の涙を止められなかった自分の間抜けさ加減に内心腹をたてながら、シューインは言った。 「おはようウサギちゃん。朝からめかしこんで何処へ出かけるつもりなんだ?」 皮肉たっぷりの声をかけられ、彼女はつんと肩をそびやかした。 「おはようオオカミさん。よくも人前に出られない体にしてくれたわね。」 「人を変態みたいに言うなよ。」 「あら、自覚が無いなんて重症だわ。」 痛烈な一言を艶やかな唇に乗せておいて、レンは鏡の中の自分を覗きこんだ。ハイネックでは隠しきれなかった首筋の赤いあざを見つけ、憮然としてコンシーラーを取り上げる。 「…で、何処へ?」 「軍広報部に決まってるでしょ。オンラインアクセスを受け付けないなら、直接乗り込むしかないじゃない。」 仕度を済ませた彼女は踵を返した。 「おい待てよ。」 部屋を出て行こうとする女を、跳ね起きた男は慌てて捕まえた。 「ちょっと待てったら!」 「離してっ!」 掴まれた腕を振り上げて、レンは叫んだ。 「落ち着けよレン。今更軍部に掛け合ったところで、もう間に合わない。」 恋人のブルーアイズは忌々しくなるほど冷静で、囚われの歌姫は縛められた腕を振りほどこうと更にもがいた。 「レン!」 息が止まるような強い抱擁に身をすくませ、それでも彼女はきっと睨み上げた。 「"Hope"は、そんな歌じゃない。そんなことに使われるために作ったんじゃない!」 レンはかぶりを振った。連ねたビーズの輝きに縁取られた美しい顔は、怒りに震え、ほとんど蒼白に近かった。 「キャンペーンソングだなんて!ふざけてるわ!」 評議会の特別委員会が極秘裏に可決し、軍広報部が昨夜発表した「希望の騎士キャンペーン」。耳当たりのよさとは裏腹に、その内容は兵士志願者の年齢制限引き下げと成年への兵役強制だ。 レンの歌声が若者達を戦場へと駆り立てる。想像するだけでもおぞましい出来事が、現実になってしまった。 「だってシューイン、貴方は悔しくないの!?それでいいの?」 「俺が平気だとでも思っているのか?」 激情のまま叫んだ彼女は、彼の静かだが重い問い返しに息を呑んだ。 皮肉屋で通す恋人の瞳に真摯な悲しみが宿るのを見つけ、鳶色の瞳にたちまち涙が溢れる。 泣き崩れる歌姫の細い肩を、彼は支えるようにして抱き寄せた。 「気の済むまで泣けよ。ただし一人じゃなく俺の胸で泣いてくれ。」 ――――無念は俺も同じ。 触れた肌から直接語りかける言の葉に包み込まれ、レンは泣きじゃくりながら頷いた。 栗色の艶やかな髪を撫でながら、シューインは恋人に言い聞かせるようにつぶやく。 「なりふり構っていられないほど、戦局は悪くなってるんだ。評議会も、もう建前を繕う余裕なんかないんだろう。」 「私は嫌…皆を戦場へ送っておいて自分だけ安全な所に隠れているなんて。」 「政府の扇動に乗せられるような頭の悪いやつは放っておけよ。」 あるひとつの可能性に気付き、彼はうそ寒さに囚われた。 この先戦局がますます悪くなれば、戦う力を持つものは否応無しに戦地へ送られるようになる。そうすれば、優れた召喚士であるレンもいずれ… 恐ろしい考えを振り払い、彼は腕に抱いた愛しい人に囁いた。 「お前はザナルカンドに留まるべきなんだ。」 「召喚獣たちの力を借りれば」 「それ以上聞きたくない!」 頑なに繰り返される彼女の言葉を、悲痛な叫びがかき消した。 ―――レンは、俺の希望。俺の傍にいてくれるのなら全てが滅びようと構わない。だから… 「レンは、ザナルカンド全ての希望なんだ。だからお前はここにいて歌い続けるべきなんだ。だから…」 蒼い瞳は、例えようも無いほど大きな恐れに怯えていた。 「お願いだから、戦場へ行くなんて言わないでくれ。」 男は女の肩口に顔を埋めて哀願した。 「嬉しいよ。シューイン。君の気持ち、嬉しい…。」 胸が一杯で、言葉にならない。 決意を固めてしまった女は、ただそれだけを口にした。 ―――私をもし失ったとしたら、貴方はそのあと一体どんな風に生きていくかしら。 狂気と絶望の淵に身を投じる恋人の姿を垣間見た気がして、歌姫は僅かな甘美さと共に背筋の寒さを覚えた。 ―――例え何があっても私たちは共に生きていく。決して離れたりしない。 誰が予想しただろう。未来を勝ち取るための決断が、悲劇の幕開けとなる皮肉を。 セレブスピラさまへ投稿させていただきました。 |
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