蒼、そしてまた蒼。果てもなく揺れて、広がる。 金の粉をまとった青白い光が二つ、いや三つ、ふうわりふわりと舞ってる。 寄り添い、離れながら昇って行く。 みんな…あるべき場所へ還るんだな。 どれくらい眠っていたのかは、分からない。ほんの一瞬だったような気もするし、随分長いこと、そうしてたような気もする。 どこなのかさえ、分からない。 身体を押し包む水の感触。物心つく前から慣れ親しんだそれは、圧倒的な質量をほんの少しの圧迫感に変えて、オレを優しく抱きとめてくれる。 オレは、膝を抱えて眠り続けてた。ただほっこりと暖かな液体に漂いながら。 まるで、原始の海に泳ぐ胎児のように。 気の遠くなるような進化の過程を再現しながら、誕生の時を待ち焦がれるように。 Pulsation Chapter of Tidus 〜夢の欠片は海へ還りて〜 「だから、海ってこんなに懐かしいのかしらね。」 小さなオレの手を引いて埠頭を歩きながら、母さんはそう言って笑った。 「あなたもそうやって生まれてきたのよ。」 微笑む青い瞳は、真っ直ぐオレを映してた。 ぼんやりと溶けて空と混じり合ってる境界線。その日、ザナルカンドの海は鏡みたいに滑らかだった。 母さんは、暇さえあれば海を見に行ってた。オヤジの練習が終わるのを見計らってたのもあったんだろうな。 最初の生命は海で生まれた。そんなことを知ったのは、ちょうどその頃だった。たまたま目にした教育番組で。もちろん難しすぎてピンとはこなかったけど、そこだけは鮮明に残ったんだ。 海に潜るたび全身に湧き上がるこの気持ちは、どこから来るんだろう。ずっと不思議に思ってたことが、知識とは別の次元で一つ分かったような気がした。 何もかもがベストコンディションに制御されたプールのほうが、もちろん呼吸も楽だし動きやすいんだけどさ。 けど、なんつーか。 そうだな…やっぱり懐かしい感じ。そんな気がいつもしてた。 目を開けるのがめんどくさい。起きているのか、それとも夢の中なのか、それさえもどうでもよくなってた。 満足感と、ほんの少しの喪失感。 ずっとユウナを守りたかった。 瞼の裏に浮かぶあいつは、いつも背筋を伸ばして立ってる。風に向って、全てを真っ直ぐ受け止める。 ユウナの全てを守ることで、オレはオレで居続けられたんだ。 泣いてるのか。 そんな顔、すんなよ。 オレ、どうしたらいいのか分かんなくなっちゃうッスよ。 勝手な言い草かも知れないけど、笑っていて欲しいんだ。 大丈夫、ここにいるから。 真実と夢の区別なんて、本当は無いのかもしれない。 思い続けることで、それは本物になる。 オレはここにいる。そして夢見る。あの場所へ還る刻を。 最初に生まれた生命は、母なる海に漂いながら どんな夢を見たんだろうか。 笑ってみんなとさよならするつもりだった。でも見事に失敗した。 いろんな思い出とか、これからやりたかった事とか、いっぱいいっぱいこみ上げてきて…、でも何を言おうとしても、ひとつも言葉にはならなかったんだ。 飛び込んできたユウナの体は、抱きとめようとしたオレの腕をすり抜けた。 振り向くことが出来なかった。自分が消えることよりも、ユウナともう会えなくなるんだって思うと、怖かった。鼻の奥がツーンとして、胸から耳にかけてカーッと熱くなった。オレの体を離れた幻光虫が立ち昇る。青く漂う光をぼんやりと見送りながら、自分の嗚咽をひどく遠くに聞いた。 淡い光を放ち、どこまでも広がる雲海。ユウナは、 「ありがとう。」 確かにそう言ったんだ。 オレには、それで充分だった。 背中をしゃんと伸ばしたその美しい後姿に向かって歩み寄り、腕を伸ばした。細い肩を後ろから抱きすくめながら、オレ達は長いこと立ち尽くしていた。 この腕から、手から、ユウナの柔らかなぬくもりが消えていく。 もう、行かなくちゃ。 意を決して一歩を踏み出す。自分の存在がユウナと重なり、離れていく。 この瞬間を、オレ、忘れない。 甲板を一気に走り抜け、バラ色の空へとダイブした。 後悔?してないさ。オヤジとの約束も果たせたし。 そりゃ、会えなくなったのは、正直言えば……… ……ああもう!平気なわけないッスよ!! それでも、さ。 それでもユウナがスピラからいなくなるより、ずっといいから。 オレの命はここで終わるんだなって他人事のように考えながら重力に身を任せた。落ちているのか、それとも浮かんでいるのかも、もう感覚はなかった。ただ風を受けて空を滑る感覚は妙に爽快だった。 落ちていく先に広がる雲海。淡く光る雲の帯があんまりきれいで、不覚にもまた鼻の奥がツンとした。 はるか前方にちいさな点が見えた。それは見る間に三つの点になり、三つの人影に変わった。 あれ?アーロンだ。迎えに来てくれたんスか。嬉しいよ。 横にいるのはユウナのオヤジさんだ。異界やスフィアで見た時も思ったけど、笑顔がユウナとそっくりだよな。 そして、もう一人はオヤジ…。 オレ、やったよ。見てたろ? そう言ってやったらオヤジのヤツ、返す言葉がなかったみたいだ。その代わり、ひげ面にニヤリと笑いを浮かべて片手を挙げた。 オレとオヤジは万感の思いを込めて互いの手を打ち合わせた。フィールドの苦楽を全部分かち合ってきたチームメイト同志、最高の一点を決めた時みたいにさ。 パンッと最高の音がした。 ああ、また聞こえる。 空を切り裂き海を貫いて、俺の耳に届くのは。 いつか交わした約束。多分、いやきっと間違いない。 忘れてなんかないッス。大体オレが教えたんだし。できることなら今すぐにでも飛んで行きたい。 でも、多分もう少しだけ、かかると思うんだ。命の営みを遺伝子という名の螺旋情報に詰め込んで、ほどかれた太古の記憶をたどる旅は。 創造と再生を繰り返し、目に見える形を取り戻すまでには。 待っててくれ、なんて言うのは虫が良すぎる…かな。 でもいつか。そう、みんな…あるべき場所へ還るんだ。 オレもきっと還ろう。あいつの指笛を道標に。 両手をゆったりと広げて身体を伸ばしていく。巻き起こった小さな流れが脇を滑り、腕をくすぐりながら抜けていく。 生まれて初めて目が覚めたみたいに、明かりも暗闇も混じり合って。 オレは光差す方向に向って水を蹴る。 大丈夫、月が導いてくれる。 オレを呼んで。声を聞かせて。 -Starting over- [Back] |