キーリカ寺院で炎の召喚獣を手に入れた召喚士ブラスカは、二人のガードと共に森の道を進んでいた。 ポルトキーリカにあと少しという場所で、 「おい、アーロン。ありゃあ魔物じゃねえのか?」 ジェクトが顎をしゃくった。 茂みの向こうで、なんとキラービーとバルサムが子どもに向かって襲いかかろうとしている。頼もしきガード達は武器を取るが速いか魔物に向かって躍りかかった。今しも獲物に毒針を突き立てようとしていたキラービーの腹をジェクトの大矛が両断する。同時にアーロンはバルサムに強烈な斬撃を浴びせた。球根状の巨大な魔物が吐き出すタネ攻撃をブリッツで鍛えた華麗なフットワークでかわし、腕自慢のエースは必殺の一撃を叩き込んだ。 「やれやれ、僕の出番はなかったねえ。」 ブラスカが、ニコニコしながら少年に歩み寄った。 「ブラスカ様の手を煩わせるまでもありません。」 年若いガードは律儀に返す。口にした名に、うずくまっていた子どもは弾かれたように顔を上げた。柔和な笑みと共に差し伸べられた手を借りて立ち上がると、勢い込んで尋ねる。 「召喚士様?召喚士ブラスカ様ですね!?」 年の頃は7、8歳だろうか。明るい茶色の髪に鳶色の瞳をした利発そうな少年だ。 「ケガは無いかい?」 との召喚士の問いに 「大丈夫です。助けてくれてありがとう。」 年に似合わない、しっかりした受け答えをすると、少年はエボンへの感謝のお祈りをした。 ジェクトは、茂みに半ば隠れるようにして落ちていたブリッツボールを拾い上げた。 「坊主、これお前のか?」 少年はこっくりとうなずく。 「オハランド様にお祈りを捧げて来たところだったんだ。ブリッツが上手くなるようにって。」 三度の飯よりブリッツの好きな男は、ニイッと白い歯をむき出して笑った。 「そんなもんに祈るより、もっといい方法があるぜ。」 伝説の名選手、大召喚士オハランドを”そんなもん”呼ばわりすると、彼はボールをひょいと頭上へ放り投げた。 「このオレ様が、特別に教えてやらぁ!」 ボールがまるで命を吹き込まれたように、男の頭、膝、爪先、踵、肩、と目まぐるしく跳ね回る。神業のようなドリブルに少年は目を輝かせた。 「すごい!教えて教えて!」 「よおし、んじゃまずランニングからだ。ついて来い、坊主!」 相棒が止める隙もあらばこそ、ボールを操りながら駆け出した気まぐれ男は、少年と一緒に木々の向こうへ消えた。 「おいこら、ジェクトーっ!」 「何を考えているんだ!?我々は急ぐ旅をしてるんだぞ!」 ようやく村の子ども達の輪から開放され上機嫌で戻ってきた相棒に、アーロンは噛み付いた。 「うっせえなあ。ごちゃごちゃ細かいことを気にしてやがると、しまいにゃハゲるぞ。」 「大きなお世話だ!大体貴様はどうしてそう勝手なんだ!?」 いきり立つアーロンと、説教を受ける立場としてはあまりに不真面目な態度のジェクト。お決まりのパターンだ。 「君達は本当に仲がいいねえ。」 割って入ったのん気な声に、ファイティングポーズの二人はくるりとブラスカへ顔を向けた。 「ブラスカ様、一体どこをどうご覧になると、そういう結論が出てくるんですか?」 心底情けないといった風情でため息をつく心配性の若者に、主はにっこり笑いかけた。 「だって、見たままじゃないか。」 「あいつ、元気でやってるかな。」 歓声を上げながらボールを追いかける子ども達を眺めながら、ジェクトはぼそりと呟いた。 「今度、オレ様んとこのも八つになるんだ。」 ザナルカンドから来た男の問わず語りを、青年は黙って聞いていた。 「それが、負けず嫌いの上にかわいげのないガキでよ」 言葉とは裏腹に、その瞳にも口調にもくるみこむような暖かさがある。少し言いよどむと、首の後ろをぺしぺしと平手で叩きながら続けた。 「減らず口ばっか叩きやがってよ。そのクセちょ〜っとつつくとすぐだんまりでメソメソしやがるときたもんだ。だからこっちもついカーッとなっちまってよぉ。」 まだ何にも教えてやれちゃいなかったのにな。 小さな声での独白はアーロンの耳には届かなかったが、彼にも故郷へ残してきた息子への思いがどんなものかは容易に察しがついた。けれども相棒の横顔を眺めながら、この男が欲しているのは同情などではないと思い直す。 「子どもは親を選べんからな。気の毒なことだ。」 遥か遠くに思いを馳せる目をしていた男は、途端にいつもの調子を取り戻し、ふふんと鼻で笑った。 「けっ!ガキのひとつもこさえたことのねえ青二才に言われる筋合いはねぇぜ。」 森の道で会ったあの少年の両親は、シンに襲われて異界の住人になったのだという。 「オレ様達がシンを倒せば、ヤツのせいでみなしごになるガキもいなくなるんだよな。」 ジェクトの言葉に、アーロンが答える。 「ああ、スピラ中の誰もが、ブラスカ様のナギ節を待ち望んでいる。」 「そんな大それたものではないんだよ。」 召喚士は微苦笑で会話の続きを受けた。 「私は、何よりも娘にシンの恐怖に怯えないですむ世界を贈りたいだけなのさ。」 海から吹く風が潮の香りを乗せて、三人の間を優しく吹き抜ける。 ひげ面のガードは向きを変えると、やおら港に向かって歩き出した。 「おらぁ、行くぞ!」 いぶかしげな目の青年に向けて、逞しい右腕を振り上げる。 「急ぐ旅だって言ったのはおめえだろ?早く出発しようぜ!」 「…全く貴様というやつは、どこまで勝手なんだ!?」 なおも続く二人のやり取りに吹き出しつつ、ブラスカは、遠い場所から来た男の背中に小さく語りかけた。 「ザナルカンドにいる君の息子は、父親似の優しくて強い子なんだろうね。」 出航を間近に控えた船が見える。大海原の向こうには次の旅の目的地、ビサイド。 それぞれの思いを胸に、男達の物語は続く。 −FIN− |