手料理の謎
                                         
 旅行公司に宿を取っての夕食後、うら若き召喚士ユウナとガード達は、しばしの談笑を楽しんでいた。
 皆の前には店のオリジナルブレンドだというお茶と、そして酒。クリーム入りの焼き菓子、果物やナッツなども並んでいる。一行に明日への英気を養ってもらおうという店主の心づくしだった。
 先刻の食事で供された鶏のあぶり焼きの味から始まって、話題はいつしか各々の得意料理へと移っていた。
「ワッカさんのお魚のスープ、おいしいよね。」
 ユウナのほめ言葉に、鼻高々といった様子の青年は、ニコニコしながら応じた。
「ビサイドの魚は絶品だからな。それにオレぁ自慢じゃないが、料理にはちょっとうるさくてよ。」
「よしなさいよ、ユウナ。この人すぐ調子に乗るんだから。」
 ルールーがすかさず口を挟んだ。幼なじみに対する口調は辛らつだったけれども、眼の色に笑いをにじませている。
「えっへん!あたしもォ、実は料理、得意だよ。」
 リュックがいつもの舌足らずな調子で自慢合戦に加わった。
「ホントかよ。何かアヤシげな物が入ってそうだよな。」
 テイーダの失礼な言い草に、口をとがらせて続ける。
「失礼しちゃうなあ。煮物、得意なんだから!」
「へえ、お袋の味ってか?」
「うん、カレー。」
 次の瞬間、座は爆笑の渦と化した。ヒーヒーと身をよじりながら今度はワッカがツッコミを入れる。
「それは煮物とは言わねーだろ普通!」
「えー、そうなの?だって煮るじゃん。」
 緑の瞳に不服そうな色を浮かべる少女に、従姉が助け舟を出した。
「そうだよね、みんな笑いすぎ…」
 でもユウナ本人も笑っているのでフォローになったかどうかは甚だ怪しかった。

 ようやく口がきけるようになったティーダが言った。
「ま、誰のにしろアーロンの手料理よりはマシだろうけどな。」
「アーロンさんの…」
「手料理?」
 笑い声がぴたりと止まる。ズズズ…と、キマリがお茶をすする音がいやに大きく響いた。
 七つの眼が一斉に金髪の少年へと視線を注ぐ。それから恐る恐る振り向くと、伝説のガードの顔を盗み見た。期せずして話題の主人公になった男にじろりとねめつけられ、一同はあわてて首を戻す。
「まあ、あれを料理と呼ぶんならな。」
 座にサイレントマインを投げ込んだ張本人は陽気な声で続けた。
「明日も早い。おしゃべりは程々にしておくんだな。」
 アーロンがゆらりと立ち上がった。低い声で一同に命じると、ただでさえ威圧的なその姿にさらに不機嫌のオーラをまとって彼は食堂を出て行った。

「うおー。心臓に悪いぜ…。」
 ルールーのついでくれたお茶をがぶりと飲み干してから、ワッカは大げさにため息をついた。
テーブルの酒瓶を手に取ると、空になった自分のカップに注いで口をつける。
「大げさなんだよ。伝説のガードだかなんだか知らないけどさ。」
 怖いもの知らずの少年は、肩をすくめると手の中のカップを口へ運んだ。暖かい湯気と共に、ほのかなハーブの香りが鼻をくすぐる。
 アーロンは、アーロンだよ。と半ば一人ごちるようにつぶやくのを、リュックが猫みたいに目を細めながら、うんうんと頷いて聞いている。
「それにしても…」
 ユウナがオッドアイをきらきらさせて、楽しげに尋ねた。
「キミ、アーロンさんの手料理、食べたことあるんだ?」
「ねえねえ、おっちゃん何作ったの?」
 リュックも興味津々で身を乗り出す。ティーダは空色の瞳に悪戯な光をひらめかせて、ニカッと笑った。
「ではここでクイズです。アーロンの作った料理とは一体何でしょう?当たった人には豪華賞品を進呈!」
「賞品て、何くれるのぉ?」
「ザナルカンドエイブスのエース、サイン入りハイポーションでどうだ!」
「いらないよぉ、ンなモン!大体それ、今日あたしがモンスターからせしめたやつじゃない!」
「あーっ、言ったな!後でプレミアつくかもしれないッスよ。」
 リュックとティーダのやり取りにこめかみを押さえつつ、ルールーが紫に彩られた唇を開いた。
「賞品はともかく、何を作ったのか…興味あるわね。」
 目玉焼きから始まって、簡単にできそうな料理の名前が次々と挙げられた。”熱燗”という珍回答が飛び出した時、
「近いかな?」
という返事をした以外、少年は笑って首を横に振るばかりだった。


 正解が出ないまま迎えた3日後の朝、朝食の時間になってもティーダは起きて来なかった。
「まーた朝寝坊?」
 自分のことは思い切り棚に上げてリュックが叫んだが、どうやらただの寝坊というわけではなかったらしい。起こしに行ったワッカが、バタバタと走って戻ってきた。
「あいつ、すごい熱出してる。呼んでも返事しねえんだ。」
 ざわめく一同に、何かを考える様子だったアーロンが、言った。
「熱の原因に心当たりがある。ユウナ、来てくれ。」
 優秀な白魔法の使い手でもある少女を促すと、大股に歩みだした。


 形だけのノックをすると、二人はドアを開けて部屋へ足を踏み入れた。
「ティーダ?」
 ベッドサイドへ近づき、ユウナがそっと呼びかけたけれども返事はなかった。眉根を寄せたまま、眠り続けている。呼吸が苦しいらしく、息遣いが荒い。汗で額に張り付いた金髪をすくと、少女は白い指を押し当てた。彼の額は焼けるように熱かった。
「ひどい熱…。」
 彼女は一歩引くとアーロンにすがるような視線を向けた。わずかに頷いた男は病人の傍らに寄り、何を思ったかおもむろに上掛けをめくった。
「やはり…な。」
 いぶかしむ少女に視線を向けると、彼の右腕をとった。手首から肘にかけて、汗の浮いた肌に赤紫の斑紋が浮き出ている。
「昨日、毒を受けた場所だ。毒消しの薬効が充分に出ないと、まれにこういうことが起こる。」
 恐らく前回の旅で、そういうことがあったのだろう。大召喚士の娘は、かつて父と旅をした男の横顔を黙って見つめた。
「エスナを…毒を受けた場所と、心の臓に。体中に回った毒を追い出さねばならん。」
 促されて、ユウナは呪文の詠唱に入った。両手の中で暖かい光が生まれたかと思うと、見る見るうちに溢れ出す。きらきらと降り注いだ光の粒は、毒にさいなまれる体に優しく染みこんで、癒しを与えた。
「全く、親子揃って…」
 隻眼の韋丈夫は、一人つぶやくと僅かに頬をゆがめた。
 
「ん……」
 ティーダが、とろりと目を開けた。心配そうに覗きこむユウナの顔が見える。その後ろには、10年前から自分を見守ってきた男。
「ああ、おはよう。」
 頭がふらふらして体に力が入らない。照れ隠しに、傍らの少女に笑いかける。無理やり体を起こそうとすると、彼女があわてて押しとどめた。
「熱が下がるまで、お前はここで待機だ。」
 アーロンは、そう言ってきびすを返した。そっけない背中に、ティーダがかすれた声で軽口をたたく。
「今日は作ってくんないの?例のあれ。」
 男は首をすくめると、肩越しに答えた。
「小鍋が見当たらないんでな。」

 
 すたすたと歩き去る後姿を、首をかしげて見送った後、ユウナは尋ねた。
「例のあれっていうのは、病気の時に作ってもらったの?」
「うん。小さい頃、たまに熱を出したりすると。」
 熱が出て食欲のないとき…小鍋に酒…少女は答えを手繰り寄せようと、考えを巡らした。
「食べるというより、飲み物だね。」
「そう。飲むと体があったまってさ。」
 少年は含み笑いを漏らした。
「…アーロンさんの手料理の正体は、もしかして卵酒かな。」
「当たり!よくわかったすね。」
 言い当てられたことを、驚いたというよりは嬉しがっている風で、彼は目を細めた。
「子供向けにってつもりなんだろうけど、やたらと甘かった覚えがあるな。」
 あの、「男子厨房に入らず」といった雰囲気を漂わせるアーロンが、卵を割ってかき混ぜたり、砂糖をすくって鍋に入れたりするところを想像して、少女はくすっと吹き出した。
「子供の頃から、キミを見守っていてくれたんだね。」
 ユウナの言葉に、ティーダは、はにかんだような笑顔で答えた。
「いつも無愛想で厳しいことばっか言うけど、あれで結構、心配性なとこがあったりするんだ。」
「うん。分かるな、それ。」
 無骨だけれども、優しい心の持ち主。厳しいことを言うのも、相手を見込んでのこと。
 伝説のガードと呼ばれる男の、不器用な愛情表現。小さな秘密を分け合った二人は、顔を見合わせてもう一度笑った。
 
         −FIN−
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