寡黙なる散髪屋


 最近ティーダはおかしな仕草をするようになった。前髪が伸びすぎてうるさいらしく、頻繁に掻き上げるのだ。
「だーっ!うっとおしいっ!」
 例によって自分のおでこ辺りの髪をぐしゃぐしゃと掻き回していたところへ、ワッカがあきれたように言った。
「お前なあ。そんなにうっとうしいなら、さっさと切りゃいいじゃないか。」
「切るって言ったって、どうやって!?」
「そりゃ普通ハサミでだろ。」
 とぼけたご返答に、少年は、金髪頭をがっくりとたれた。
「いやオレが言いたいのは、カットハウスどころかまともな町さえ無いだろうって話で…」
「かっとはうすってのは、何だ?」
 聞き返されて、ティーダは思わずワッカの顔を見返した。彼にからかいの表情は無く、本気で知らないようだった。何だか嫌な予感がする。
「あー、髪の毛切ってくれる店なんだけど…もしかして」
「そんな店、見たことも聞いたこともないぞ。」
 ビサイド生まれの素朴な男は、きっぱりと言い切った。
…やっぱり。自分の生まれ育った世界とのギャップに、今更ながら閉口する。考えてみれば、みんな少々髪が伸びたって平気そうな髪型ばっかりだ。ルールーとキマリは毎日の手入れが大変そうだけど。そこまで考えて、ザナルカンドから来た少年は、はたと気がついた。
「じゃアーロンはどうしてるんだ?」
「ルカには、ある。」
「じゃあさ!」
「今更引き返せるわけが無かろう。」
 提案する前に、無情な一言で切り捨てられてしまった。恨めしげな視線を送ってみるが、鉄壁の無表情に歯が立つはずもない。ぶーたれるティーダに、ワッカがたたみかけた。
「確かにそりゃ長すぎだな。いっそ短く切っちまったらどうだ?」
「放っとけっつーの!」
「こう、男らしくキリっと。オレやアーロンさんのようにだな。」
 わめく少年をわざとらしく無視して、青年はとさか頭を撫で付けた。
「冗談だろ?!オールバックなんておっさんくせえ!」
 両手でおでこを押さえ、抗議したところへ
「おっさんくさくて、悪かったな。」
 伝説のガードは地を這うような声を発した。常人ならば震え上がって口をつぐむだろう脅し文句に、陽気な少年は大胆にもアカンベを返した。

 休憩時間のこと、ティーダは地面に座り込んで鏡とにらめっこをしていた。右手にはリュックから借りたハサミ。仲間の誰に頼んだとしても恐ろしい結末になりそうな気がする。だったら自分で切った方が、まだあきらめがつくというものだ。
 深呼吸をひとつした後、意を決して前髪にハサミを入れた。が、刃先が滑り思うようには切れない。
「くしで押さえるか、つまむかしないと無理なんじゃないかな。」
 見かねてユウナがアドバイスする。
「そうッスね。」
 鏡を置き、前髪を一房つまんで引っ張ってみる。今度はどれくらい切ったらいいのか見当がつかなくなった。仕方ないので適当にハサミを入れようとするが、
「それ短かすぎるよ!」
 リュックの大きな声にギョッと手を離す。
「びっくりさせんなよ。手元が狂うだろ?」
「最初から狂ってるって。あたしに貸してみなよ。」
 せっかくの申し出だけれど、今ひとつ不安がぬぐい切れない。
「いや、遠慮しとく。」
 少年の微妙な心の内を知ってか知らずか、アルベドの少女は怪しげな笑みを浮かべた。
「大丈夫だから任せなさいって。あたしぃ改造、得意だから。」
 ティーダの声がひっくり返る。
「どこがどう大丈夫なんだよ?!大体、改造って何だよ!」
 壮絶な鬼ごっこが始まった。どたどたとそこら中走り回るのを、年長組が渋面で眺めやる。

 その時だった。
 逃げる者と追う者の間に、突如青い壁が割って入った。ぶつかって尻餅をついたリュックの手をとって立たせてやると、ロンゾの青年はティーダに向き直り、無言で歩み寄った。
「な…何だよ。」
 只ならぬ気配を感じ、少年は半歩後ずさる。青く滑らかな毛に覆われた巨大な手が、目にも止まらぬ速さで彼の頭へ伸びた。黒い鉤爪が前髪をつかみ上げる。
「いててっ!何すんだよ!」
 抗議の大声にかまわず、キマリは腰の辺りから華奢なつくりの短刀を取り出した。
「おいこら、離せって!」
「動くな。」
 生まれながらの戦士が発した言葉は元祖のアーロンに勝るとも劣らない迫力で、少年はつい反射的に気をつけの姿勢になってしまった。
「ロンゾの刃は良く切れる。」
 そう言うと獣面の男はつかみ取った金髪に短刀の刃を当てた。
 髪の毛を削られる感触が頭皮を通して伝わってきて、ティーダは思わず首を縮めた。顔に、肩に、切られた髪がパサパサと音を立てて落ちかかる。
 どうやらキマリは散髪をしてくれるつもりらしい。とりあえず身の危険はなさそうだけれど、それにしてもすごい勢いだ。今横を切っていたかと思えば、もう後ろへ回り込んでいる。
 一体どんな頭にされるのやら…。神のみぞ知るという言葉が頭をかすめ、彼は直立不動のまま上目づかいに空を見上げてため息をついた。

 散髪は、いきなり始まったかと思えば、終わりも同じく唐突だった。短刀を鞘に収め、グローブのように大きな手でくしゃくしゃと金髪をすくと、彼はものも言わずにきびすを返した。
 ようやく解放された頭をプルプルと振ると、切り落とされた細かい毛が光に透け、金の粉のように舞い散った。
「うへー。チクチクするッス。」
 すっかり毛だらけになったパーカーのフードに手をやったところで、にわかに自分の頭が心配になった。恐る恐る手をやると、とりあえず髪の毛は残っているようだ。
「どうッスか?」
 一番正直に答えてくれそうな、というより顔に出そうなユウナに尋ねてみる。
「うん。男っぷりが上がったよ。」
 少女はニコニコと答えた。
「キマリ、髪切るの上手なんだよ。あたしも、いつも切ってもらってるんだ。」
 それでもまだ半信半疑で鏡を覗くと、さえない顔つきの自分と目が合った。髪はといえば…うざったい感じがきれいさっぱり消えている。長すぎず、短すぎず、しかも玄人はだしの出来栄えだった。
「おおっ、いい感じじゃん!」
 驚くほどの仕上がりに、さっきまでの不安はどこへやら、ティーダは飛びつくように両手でキマリの手を取ると、ぶんぶんと音がするほどの勢いで握手した。
「助かったー、ありがとう。それにしてもすごい特技だよな。いやホントびっくりだって。」
 開けっぴろげな賞賛の言葉に、
「ガードがみっともないと、ユウナが恥をかく。」
 寡黙な青年はあくまで無表情に答えたけれど、その獣面を特徴付ける黒く湿った鼻をわずかに膨らませた。それが照れているときの彼の癖だと知っているユウナは、一人でクスクスと笑った。 

   キマリもお気に入りなんだよ、キミのこと。

「次回もよろしく!」
 ちゃっかりと次の約束まで取り付け、ティーダの散髪騒動は大団円で幕を閉じた。 
 
                                                                     - Fin -


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