ピィィィィィィィッ。 聖ベベル宮の空中楼閣から、遥か広がる紺碧の海に向けて、指笛の音が響き渡った。 空にもっとも近い塔の最上階にひとり佇む人影。大召喚士ユウナその人だ。 もうすぐスピラに新年がやってくる。この世界に住まう人々にとって、今度の節目は特別な意味を持っていた。 シンが消滅し、永遠のナギ節が訪れてから最初に迎える年。 「今年も残り少ないね。」 誰に語りかけるでもなく、彼女はそう呟いた。 磨き上げられた石床が、彼の瞳と同じ色をした空を写しこむ。 脳裏に浮かぶのは、旅の途中に迎えた新年のこと… 今はここにいないあの人と過ごした時間… もうすぐ新年という話を聞かされて、最初ティーダは喜んだ。 「やった!お祭り騒ぎができるッス!」 ワッカとルールーが思わず顔を見合わせた。何か勘違いしている少年の顔を二人そろってまじまじと見つめる。 「シンの毒気もここまでくるとなあ。」 赤毛の青年は、日に焼けた自分の額に手をやると、天を仰いだ。 「新年明けは厄災を鎮め、死者を慰めるために、いかなる活動も許されないわ。騒ぐなんてもってのほかよ。」 黒髪の美女から驚愕の事実を聞かされて、 「えーっ!そんなのありかよ!?」 ザナルカンドから来た少年は抗議の声を上げた。が、 困り顔のユウナにもうなずかれ、たちまちしょげ返る羽目になった。 「つまんねー正月!」 スピラの暦でいうところの元旦を、一同は旅行公司の一室で迎えていた。 食べて、笑って騒いで、体を動かすことが好きなティーダにとって、今すごしている時間は苦役どころか拷問に等しかった。 「うろうろしないの。恥をかくのはユウナよ。」 黒衣の先輩ガードが心底あきれたといった調子の声をかける。 ぐるぐると部屋の中を歩き回っていた彼の足が、ふと止まった。思いついた疑問を皆に投げかける。 「なあ、こんなに村が静まり返ってたら、魔物が侵入したりしないのか?」 「そういうことも時にはあるそうだが、掟を守らんわけにはいかんしな。」 ワッカが答えた。 「それって危なくないか?大型のヤツに家ごと潰されたらどうすんだよ?」 「教えなんだから、仕方ないだろう。」 苦渋の色を浮かべてなお、エボンの教えに忠実な青年は同じ答えを繰り返した。 「教えだからって、黙って殺されろってのかよ!」 少年の涼やかなブルーの瞳に憤怒の炎が燃え上がった。 「納得できねえよ!」 叫び、そして続ける。 「そんなの、教えのほうが間違ってるだろ?」 「なっ…!?」 ワッカが椅子を蹴って立ち上がった。 「なんて罰当たりな…!!お前、いくら何でも!」 大声を張り上げる青年に、ティーダは更に言いつのる。 「だってさ!生きてる人間のほうが大事じゃないのかよ?」 事の成り行きを黙って見ていたアーロンが、口を開いた。 「そこまでにしておけ。」 重い一声が、にらみ合う二人に冷水を浴びせる。そこへ、 「変だよね。どこかおかしいよね。」 ユウナがポツリと呟いた。 「生きている人が、まず大切なのにね。」 「…とにかく。」 少女の呟きをたしなめるように、ルールーが割って入った。 「寺院に表立って反発すれば、罰を受けるのはユウナなのよ。少しは自重することね。」 ユウナが罰を…そう言われては引き下がるしかなかった。 仏頂面のまま、ティーダは部屋の隅にどっかと腰を下ろした。 程なくして、ユウナが椅子から立ち上がった。彼の隣まで来ると、ちょこんと座り込む。 「ね。ザナルカンドの新年って賑やかなの?」 きらきら光る色違いの瞳を近づけられて、ちょっとドギマギしつつ、少年は答えた。 「そりゃもう。あっちこっちで爆竹は鳴るわ、夜通し騒ぐわで。」 ニューイヤーパーティーの様子をおもしろおかしく話してから、彼はしばらく考える風に金髪を掻いた。 「新年おめでとう、ユウナ。」 「おめでとう…?」 きょとんとする少女に、ティーダは陽光のような笑みを向けた。 「一緒に一年の始まりを迎えられたのは、めでたいことだろ?今年もよろしく。」 つられて、ユウナも花のような微笑を返す。 「うん。今年もよろしくお願いします。」 新しい時代を迎えたスピラの元日は、それまでとはうって変わったものになった。 荘厳なる聖ベベル宮、遥か高みに大召喚士ユウナが現れると、グレートブリッジを埋め尽くす民衆から歓喜のどよめきが沸き起こる。 スフィアカメラが次々と向けられ、気高く美しい少女の姿を世界中のモニタに映し出す。 新年最初の日、永遠のナギ節到来に感謝の舞を捧げるという名目で、彼女は人々を戸外へいざなったのだ。僧官たちは当然難色を示したが、ユウナの固い決意の前に折れざるを得なかった。 妙なる楽の音が響き、振りかざす錫杖が美しい軌跡を描く。流れるような足さばきに、優美な手の動きにのせて、救世の乙女は語りかける。 今までにない新年にしましょう。 身を縮めて厄災をやり過ごす時代は終わったから。 観衆から、感嘆のため息がもれた。 彼女は舞う。新しい年を迎えられた喜びを、スピラ中の人々と分かち合うため。 そして、お祭り好きなあの人が…いつか再び現れ、共に新年を祝う事を夢見ながら。 「帰っておいでよ。」 あの日、雲の彼方に溶けていった彼。その姿を追い求めるかのように、ユウナは冴え渡る空に錫杖を振り上げた。 「待っているよ。キミのこと。」 −FIN− [Back] |