今日の勝利を収め、選手達が意気揚々と引き上げてきたはずのビサイド・オーラカ控え室。ついさっきまでの祝勝ムードはどこかへかき失せて、今はただ奇妙な緊張感が部屋の空気を支配していた。皆が息を詰めて見守る中、けたたましい音を立ててドアが開く。荒々しい足取りで入ってきたのはオーラカのエース、ティーダだ。憎憎しげな目つきでテーブルの上の物を睨みつけると、吐き捨てるように叫んだ。
「やってられるかっつーの!」

テーブルの上には八つ当たりを受けて満身創痍となった数枚の紙。先ほど大会事務局から出された通達書類だ。それを見るなり、彼は書類をグシャグシャに握りつぶすが早いか血相を変えて飛び出していった。恐らく直談判は決裂に終わったのだろう。普段の彼からは想像もつかない荒れようが何よりの証拠だ。
 どっかとベンチに座ったまま、ティーダは微動だにしない。獅子のたてがみを思わせる金髪が、怒りのために逆立っているかのように見える。

「そりゃティーダさんは、こんなセレモニー納得できるわけないよな。」
「相手がユウナちゃんなら、ともかくな。」

 控え室の隅に出現した巨大な低気圧を遠巻きに眺めながら、チームメイトはぼそぼそと囁きあった。

 今ステージの最終戦を明日に控えた今日現在、得点王争いに勝ち残っているのは、現在二人。ビサイド・オーラカのティーダとキーリカ・ビーストのラーベイトが同点首位に並んでいる。ラーベイトが今期の試合を全て消化したのに対し、オーラカは最終日に試合を残している。そのため、明日ティーダが1点でもシュートを決めれば、その時点で彼が単独で得点王に輝くことになる。

 問題はその後、表彰式だ。






Blue Blitz Rhapsody
 
                     〜その笑顔のために〜


「…なになに、壇上の召喚士ミハルから祝福の接吻??うっわー何コレ、シュミ悪ーい!」
 リュックがあきれ顔で書類から顔を上げる。ワッカの元へも届けられた表彰式の進行表は、当然、一同の間に物議をかもすことになった。
「いちいち読み上げんなよ。余計腹が立つからさあ。」
 憤懣やるかたないと言った様子で、ティーダは金髪をがしがしとかきむしった。視界の隅に、心なしか青ざめた顔色のユウナが映って、こっそりとため息をつく。
…こんな顔、ユウナにさせたくなかったッスよ…
 要綱を皆に見せてしまったワッカに心の中で八つ当たりしてみるが、どうせ隠し通せるものでもない。頭を抱え、ぐるぐると考えを巡らせる彼をよそに、仲間の相談は続く。

「恐らく寺院の差し金だろう。奴らの考えそうな、姑息なパフォーマンスだ。」
 アーロンは唇の端を僅かに引きゆがめた。ユウナを反逆者扱いして追放したものの、寺院の組織は混乱し権威は急速に失墜しつつある。絶対的な人気を保つブリッツの大会で、寺院の存在をアピールしようといったところだろう。
 数々の裏切り行為の挙句、自分達に全ての罪をかぶせた寺院の仕打ちは、例え彼女自身が許してもティーダには到底承服できるものではなかった。さらにこの茶番劇だ。引っ張り出された召喚士の女性もいい面の皮だが、どこまでユウナをおとしめようというのか。眩暈を起こす程の怒りが怒涛のように押し寄せ、彼は震える拳を握り締めた。
  
「んで、どうするの?」
 リュックの声に、弾かれたように顔を上げる。
「決まってんだろ?寺院の嫌がらせなんかにつき合ってられるかよ。」
 サファイアブルーの瞳に剣呑な光をたたえて、金髪のエースは言い切った。
「得点王は、予定通りオレがいただきッス。セレモニーの方は、せいぜい派手にぶち壊してやるさ。」
 それを聞いてワッカが顔色を変えた。
「表彰式をぶち壊したりしたら、チームごと干されちまうかもしれないぞ?」
「寺院の思惑はともかく」
 ルールーが諭すような口調で続ける。
「その召喚士は、スピラに希望を与えたいって純粋な理由で引き受けたんだと思うわ。大勢の前で恥をかかせるわけにもいかないでしょう。」
大人二人の意見に、少年はぷうっとむくれた。
「オレの立場っつーものは、どうなるんだよ。」
 伊達にプロのブリッツ選手としてやってきたわけではない。時に観衆を喜ばせるためのパフォーマンスが必要なのは百も承知だ。でも、たった一人の大切な人を傷つけるのは、今の彼にとって耐え難い苦痛だった。
「ユウナんが相手だったら、万事丸く収まるのにね〜。」
「………。」
 のん気な仮定にコメントする気にもなれず、ティーダは手負いの獣のような唸り声を発した。 




 



 それぞれが眠れぬ夜を過ごした翌朝。
 
 窓の外はいつしか明るくなっていた。ばら色に染まる明け方の雲を見上げ、召喚士の少女はかすかなため息を漏らした。
 手早く身支度を整え、部屋を出る。彼の朝は、試合のある日は決まって早いことをユウナは知っていた。誰も起き出さないうちにウォーミングアップのメニューを一通りこなしているのだ。
 スピラはデイゲームだから朝型でないとキツいッス…と冗談混じりに話していたことがある。

 今すぐ、無性に、彼と会いたかった。何を話すのかと問われれば、返答に詰まってしまうけれども。
 会いたい。声が聞きたい。日溜りのような笑顔に包まれたい。
 晴朗な朝の空気に身を浸しながら、彼女は石畳にその姿を探した。

 町外れ、ミヘン街道とをつなぐ階段から軽やかなフットワークで下りてきたティーダの歩が、ふと止まった。
「…おはよう。」
 笑いかけるユウナに、優しい眼の色が向けられる。
「あんま、心配すんなって。」
 彼の言葉に、少し戸惑いを覚えながら返す。
「心配そうな顔…してる?」
「してる。」
 笑みを含んだ声色がふわりとユウナを包み込んだ。
「眠れなかった…って、目の辺りがそう言ってる。」
 少し屈みこむような格好で、少年は少女の白い顔を覗き込んだ。至近距離にある心配げな彼の顔。低い太陽の描き出す陰影に沈んでなお蒼く輝く瞳。全てを見透かされてしまうかのような錯覚がさざなみのように押し寄せた。
「キミが他の女性からキスを受けるなんて、考えたくもないよ。」
 暖かな視線に意識を絡め取られたまま、唇がひとりでに言葉を紡いだ。
「でも、キミが諦める姿を見るのは、もっといや…」
 それだけを言うのが、やっとだった。

 小さく震える肩を、ティーダはそっと抱き寄せた。何度も囁きながら栗色の髪に頬擦りする。


   …心配すんなって。

   …オレには、ユウナだけだからさ。
 


 温かな彼の胸から、掠れた響きが鼓動と共に直接伝わってくる。ユウナの中で、何かがゆるりと解けていった。泣いちゃいけない…理性の叱咤とは裏腹に、知らないうちに押し込めていた柔らかで傷つきやすい感情が、一筋の涙と共に溢れ出す。生まれたばかりの雛鳥が、強く逞しい翼に守られて眠るように、彼女の心はいつしか安堵で満たされていた。

「前祝、もらっていいッスか?」
 熱を帯びた囁きが耳元をくすぐる。泣き腫らした瞳を上げたユウナに素早く顔を近づけた彼は、桜貝のように可憐な唇を掠め取った。

 声さえ出ずに固まってしまった少女の肩にぽんと手を置いて、
「勝利は、自分の力でもぎ取るものッス。」
 エースは悪戯っぽく片目をつぶって見せた。柔らかな金の髪が海から昇った日の光を散らす。褐色の滑らかな頬を縁取って輝く様をユウナは眩しげに見つめた。

   …そうだね。
    従うだけじゃ、何も変わらない。
    諦めてなんかいられない。
 




 
「試合が終わるまでに、がんばって見つけようね。」
 リュックの言葉に、ユウナが小さく頷いた。表彰式に呼ばれた召喚士に接触するため、一同は今朝早くからスタジアムを中心に捜索を続けていた。ポートに備え付けられたスフィアモニタには、試合の様子が克明に映し出されている。水のきらめきに乗せて舞うように泳ぎ、息つく暇も与えずに ゴールへとボールを叩き込む彼。モニタの映像に釘付けになっていたユウナは、ルールーの呼びかけで我に返った。
「得点王が決まったわね。急ぐわよ。」
 けれどもお尋ね者の彼らにとって、捜索は容易ではなかった。僧兵の警備は以前にも増して厳しい。無情にも時は空しく過ぎ、ついに試合は終わった。

 晴れやかな青空の下、激闘をもってスピラ中を沸かせた英雄達がステージ上に居並ぶ。表彰式が始まろうとしていた。
 スタジアムへと続く階段を、ユウナは震える膝を叱りつけながら駆け上がった。血の気が失せるほど強く手すりを握り締め、一点を見据えて動かない彼女。隣でリュックが気遣わしげな目を向ける。
 緋色の長い絨毯の先には、虚構に彩られた、華やかなまやかしの舞台。今リーグの得点王が立つ先には、寺院からの使者が佇んでいる。
 観衆の拍手をどこか遠くに聞きながら、彼は司会進行のアナウンスに促されるままステージ上を進んだ。頂点に立った者には不似合いなその表情に、観衆の何割かは首を傾げ、事情を察したほんの何割かは同情を寄せた。
 エボン式の盛装を身にまとい、にこやかに立つ召喚士ミハルの前まで来ると、ティーダは彼女に向かって尋ねた。
「オレの仲間に会った?」
 柔和な笑みの中に、小さな疑問符を浮かべる赤毛の美女を前に、彼は仲間達が説得工作に失敗したことを悟った。
「オレ、ユウナのガードなんだけどさ…。」
 そこまでいったものの、ただでさえ言いにくい事情をこんな場所で長々と説明するのは不可能だった。進行役は彼の意向を慇懃に無視し、ミハルに勝者の冠を手渡す。ブリッツの神様オハランドにちなみ、キーリカ原産の香木を編んで作られた冠を、壇上の召喚士は彼の金髪に飾った。ついで、勝利者をたたえる美酒。ルカに程近い村で醸造される、極上の発泡性葡萄酒の瓶が授けられる。
 そして……

 寺院の描いた陳腐なシナリオは、今クライマックスを迎えようとしていた。日焼けした男の顔に、女の白い顔が近づく。

 それ以上正視できなくて、ユウナは思わず目を背けた。

 観衆のどよめきがスタジアムを揺るがす。同時に何故かリュックがぷっと吹き出した。
「…やるなあ、あいつ。」
 そう言ったきり、金髪の従妹は身体をくの字に折り曲げ、息を殺して笑い続ける。恐る恐る顔を上げたユウナの視界に映ったのは、葡萄酒の瓶を両手で高々と差し上げたティーダの姿だった。何が起こったか分からずに困惑する彼女に、快活なガードは教えてやった。
「あいつ、キスを瓶で受けたんだよ。」
 ラベルにぺったりとついた紅いキスマークをことさら見せびらかすようにして、彼は瓶を勢い良く振った。ポンッと軽快な音がして、金色の美酒が吹き出し、きらきらと飛び散る。青空に君臨する太陽の光を七色に縁取って、細かな飛沫がステージ一面に降り注いだ。
 厳かなはずの授与の儀式にしては奇妙な演出だと感じた者もいた。それでも若き得点王の派手なパフォーマンスに対し、スタジアム内は割れんばかりの歓声に飲み込まれた。

「私が相手では、嫌だった?」
 壇上で苦笑する召喚士ミハルに向き直り、ティーダは少しだけすまなさそうな顔をして、頭をかいた。
「あいにくと、間に合ってるんで。それに…」
 拳を握り、自分の胸を指しながら彼の表情は変貌した。すうっと細めた目が不敵な輝きを帯びる。
「勝利ってのは、エボンの賜物じゃなくって、実力しだいッス。」
 彼女は身じろぎし、小さく息を吸い込んだ。ずっと抱いていた疑問を口にする。 
「それが教えに背く理由?」
 一呼吸の沈黙を置いて、ガードの少年は照れたように笑った。
「オレはただ、大切な人を守りたいだけッスよ。」
 彼の言葉に潜む、自惚れでも思い上がりでもない、ひたむきな強さ。それは召喚士ユウナとの確かな絆を感じさせるものだった。

 観衆の要求に応え、ティーダは今一度手を振る。たった一人の大切な人を守るため、小さな物語を新たに記して。

   従うだけじゃ、何も変わらない。
   選択肢がないなら作ればいい。
   諦めてなんかいられない。

   …無限の可能性が、待っているのだから。



 やがて、スピラを覆うまやかしの教えが覆される日がやってくる。螺旋は断ち切られ、その身を未来に向かって解くだろう。
 夢から覚めた人々は、その時どんな目で世界を見つめるだろうか。


 -FIN-









初めて、あとがきらしきものを書いてます。(笑)
書くと、言い訳ばかりになってしまいそうなもので…(言い訳だらけの人生…(T_T))

FF10とめぐり合ってから一周年になりますし、サイトのほうもおかげさまで20000HIT達成しましたんで
記念に、この小説をフリーにしたいと思います。
例によってヌルいイベントが展開してますが(笑)、これはこれでどれみの作品らしいかも、と思います。

もらってやろうという奇特な心優しいお方は、どうぞお持ち帰りください。
蛇足ながら、著作権を放棄するわけではありませんので、全部、または一部をご自分の著作として
発表することはご容赦くださいね^^;

フリーなので強制ではありませんが、BBSにて「もらってやったぞ」と教えて下さると、もれなくどれみが
踊ります。(いらん)

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