The key of a decision
それは、好奇心の塊のような少女が放った、他愛のない質問から始まった。
戦闘に備え、ポケットにアイテムをしまうティーダにリュックが尋ねる。
「ねえ、キミ?」
「何すか?」
「そのベルトについてるチェーンの先って、何をつけてるの?」
聞かれて無意識に手をやる。チェーンが、シャランと鳴った。返したのは、いつもの彼らしくない、歯切れの悪い答え。
「…別に、大したモンじゃないッス。」
「??人に見せられないようなモンなの?あやしいぃ!」
リュックはさらにおどけた。
「そんなんじゃないって言ってんだろ!」
普段からは想像もつかないような不機嫌なトーンに、一同は少なからず驚いた。うら若い召喚士と伝説のガードを除いては。
辺りの空気がしゅんと冷えた。
「ごめん、あたし無神経なこと言ったのかな。」
緑の瞳の少女が悄然とつぶやく。
「あー、俺こそ悪ぃ。本当にしょうもないものなんだって。」
バツの悪さを隠そうと、少年は、無理やりな笑顔を作った。
いっそのこと、皆の前でそれを出して見せてしまえばスッキリしたかもしれない。けれど今はどうしてもその気になれなかった。
気まずい雰囲気を突き破るかのように、アーロンが歩き出した。ルールーがそれに続く。
「さあ、気を引き締めていきましょう。この辺りの魔物は手強いわ。」
美貌の黒魔術士の言葉に促されて、一行は移動を開始した。
ティーダは一度だけ、ユウナにそれを見せたことがある。
「帰れるよ、きっと。キミのザナルカンドに。」
彼女はそう言って微笑した。その透明な微笑みに隠された真の意味を少年が知るのは、まだずっと先のことだった。
旅行公司での夕食後、ティーダは食堂に残って、ぼんやりと手の中のそれを眺めていた。ふと人の気配を感じて顔を上げる。そこにはワッカが心配そうな表情を浮かべて立っていた。
「あぁ、悪い。そのよ、ちょっと気になったもんだからよ。」
向かいの椅子にどっかと腰を下ろす。
「どうした。いつものお前らしくないぞ。」
言葉をつなぎながら、ふと視線を止める。さえない顔つきの少年、その手の中の物。腰から伸びたチェーンの先にあるのは、虹色に輝くプラスチック製のカードだった。
一瞬ためらった後、青年は口を開いた。
「それ、何なのか…聞いてもいいか?」
「ああ、これは俺のIDカードなんだ。」
「あいでい?何だそりゃ?」
ホログラム処理を施されたそのカードは選手の識別情報が記録され、スタジアムのセキュリティをパスするのに欠かせないものだった。けれどそれを細かく説明したところで、スピラに生まれ育ったこの豪放な男に理解はできないだろう。
艶のない金髪を一振りすると、彼は事実をごく簡潔に伝えた。
「早い話が、スタジアムのロッカーの鍵。」
「…ザナルカンドの?」
いつものように投げかけられた、いぶかしむような視線に、ティーダはぷっと口をとがらせる。
「俺の話、信じてないくせに。」
「ところが最近そうでもないんだよなあ。」
身を乗り出すと、赤い髪の青年はいつになくシリアスな表情で少年の澄んだ瞳を覗き込んだ。
「帰りたいか?ザナルカンドに。」
真顔で聞かれ、眼を伏せる。
シンに会えばザナルカンドに帰れると思ってた。だけどスピラの現実を知るほどに、事態はそんな生易しいもんじゃないってことが分かってしまった。自分はこの先どうしたらいいのか、はっきり言って分からない。分かんないけど…。
これだけは、はっきり言える。
「ユウナを守らなきゃ。ガードの仕事を放り出す訳にはいかないッス。」
静かに、けれど決然と、空色の目をした少年は宣言し、ガッツポーズを作って見せた。
ワッカがニヤリと笑う。
「それに、今はこれも預かってるしな。」
背中のベルトポケットから取り出したのは、簡素なつくりの小さな金属。…ティーダのもうひとつの鍵。
「オーラカの控え室のロッカーか。」
「当たり。」
チェーンの先に鍵をつなぐ。チリンと小さな音を立てて二つの鍵は一つのリングに納まった。
「俺が居ないとどうしようもないチームだからな。全くエースの責任重大だぜ。」
「ウチほど情熱と実力のギャップの激しいのも珍しいからな。」
何故かエラそうに胸をそらせ、元エースはガハハと天井に豪快な笑いを放った。つられて新エースも大声で笑い出す。
「ナニナニ?何の騒ぎ?」
食堂の入り口からリュックがひょこっと顔を出した。
「リュック!昼間はごめん。実はさぁ…」
多分、自分を心配して覗きに来てくれただろうガード仲間に、太陽の名を冠した少年は、とびきり眩しい笑みを投げかけた。
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Fin -
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