Far Away
召喚士ユウナの一行は、再びザナルカンドの地を踏んでいた。主亡きエボン・ドームに眠っている、神秘の力を持つロッドを探し出すためだ。
もうすぐ入り口という所で、不意に陽が蔭った。何気なく空を見上げたリュックが、声にならない悲鳴を上げた。
「シン…ッ!?」
ワッカがうめきともつかない声を絞り出す。汗で滑る長剣の柄を握り直しながら、ティーダは変わり果てた父親の姿を睨みつけた。
スピラ最大の厄災は、その圧倒的な存在を誇示するかのように皆の頭上に押し迫ってくる。同時にまばゆい光が辺り一面を覆いつくし、彼らを飲み込んだ。
「!?。」
”またかよ。今度は何するつもりなんだよ、オヤジ…。”
光の中で意識を手放す刹那、ジェクトがニヤニヤ笑う姿が見えたような気がした。
「ぷはっ!!」
体を押し包む冷たい水の感触に、ティーダは目覚めた。水面から顔を出すと、ほのかに光る岩肌が目に入った。どうやら自然の洞穴らしい。恐らくシンに放り出された場所から流されてきたのだろう。くしゃみをひとつすると、仲間の姿を探して泳ぎだす。
水路の出口に待っていたのは、碧水をたたえた地底湖だった。湖のほとりに倒れ伏した人影を見つけ、彼は水をかく手に力を込めた。
「ユウナ!」
ガードは守るべき召喚士の元へたどり着くと、慌てて抱き起こした。かすかな呼吸音にひとまず安堵したが、ユウナの意識は無く、しかもその身は氷のように冷え切っていた。薄く開いた唇が小刻みに震えている。
辺りを見回すが、こんな岩と水ばかりの場所では暖を取る術などあるはずもなかった。迷っている暇はない。
ティーダは、か細い身体をその胸に抱きこんだ。
どれくらいそうしていただろう。
陶器のように青白い肌に、少しずつ生気が戻る。あえかなため息を漏らし、ユウナはうっすらと眼を開けた。
「気がついた?」
頬が触れるほどの近さに彼の顔がある。少女は恥じらいに一瞬身を硬くしたものの、すぐさま広い胸板に頬ずりするように再び身体を預けた。
「ふふ。あったかい…。」
金髪の若者は手の中の花を、きゅうっと抱きしめたい衝動に駆られた。半瞬ためらってから、彼はそれを実行に移した。
小麦色の頬を寄せ、華奢な背中をかき抱く。まるでそれを待っていたかのように、彼女の腕が彼の首に回された。
オッドアイがうっとりと閉じられ、二人はお互いを確かめ合うように長く深いキスを交わした。
「みんな、大丈夫だよね?」
湖のほとりから下流に向かい、細く続く洞窟を歩きながら、ユウナが仲間の安否を気遣った。
「あいつらなら心配ないって〜。」
おどけた声に、少女はうなずく。知らない者が聞いたら何の根拠もない気休めと笑うかもしれない。けれども共に死線をくぐり抜けてきた者同士の絆が、二人に確信を持たせていた。
「それより、ここから脱出するほうが問題ッスよ。」
大きな岩がオブジェのように重なり、足場が悪い。苦労して歩を進める少女に手を貸してやりながら、ティーダは前方に光を見つけて声を弾ませた。
「やった。出口だ!」
歩みを早めた二人は陽光の射す場所に出た。ただし助かったという状況には、残念ながらほど遠かった。
高さが七、八メートルはあろうかという断崖が四方を取り囲む、井戸の底のような場所。頼みの綱だった水路も、その先は人が通れるような大きさではなかった。ほんの小さく切り取られて見える青空を、少年は恨めしげに見上げた。
「狭すぎて、召喚獣は呼べないなあ…」
困り顔の召喚士がつぶやく。落胆した気分を紛らわすように、ガードは金髪の頭を掻いた。
「それじゃ、よじ登るしかないッスね。」
何度もバランスを崩しそうになるユウナを下から支えながら、二人は足場を探しつつ一歩、また一歩と登っていく。
崖の中腹に張り出した大岩の上は、一息つくのに好都合だった。疲れて強張った身体をしばし休めるうち、彼はふと、少女が不自然に両手を隠しているのを見咎めた。
「こんなの平気、大したことないよ。」
その指先は、ティーダが心配したとおり傷だらけだった。痛むどころか痺れてもうほとんど感覚のない手を何でもないかのように装って、ユウナはことさら明るく答えて見せた。
「辛いのを黙って溜め込むと、体によくないッスよ。」
真顔で覗き込まれ、一瞬返答に詰まる。頭上から差し込む光が淡い金髪を透かして散る様を見つめながら、彼女は震える声を絞り出した。
「そういうキミはどうなのかな。」
祈り子の予言。それは彼女にとって恐怖にも似た不安をもたらしていた。目の前のキミは、一体何を背負っているんだろう。
彼は無言のまま、小さく笑った。闇を払う暁のような笑みは、ユウナの胸を切なく満たした。
「オレ、オヤジと約束したんだ。何とかしてやるって。」
ひとつ、ひとつ、自分に言い聞かせるように少年は語った。それからいつもの口調になって続ける。
「ユウナだって、ここまで来たら、オヤジさんのためにもやるっきゃないだろ?」
ガッツポーズに気圧されるように、彼女はうなずいた。
「うん。父さんの夢をかなえたい。」
「それそれ!」
自分の手をぽんっと打ち合わせて、ティーダは片目をつぶった。
「夢は逃げるために見るモンじゃなくて、かなえるためにあるッスよ。」
魔物の種類から察すると、ここはビサイドに近い無人島らしい。地底から脱出した二人が浜辺までたどり着いたのは、夜の帳が水平線の赤みを消し去った頃だった。
飛空挺への目印にかがり火を焚き、寄り添って座る。寄せては返す波が刻む、静かな時間…
「…ユウナ?」
彼女はティーダの肩に頭を持たせかけ、いつの間にか小さな寝息を立てていた。起こさないように注意しながら砂の上にそっと寝かせてやると、栗色の前髪がさらさらと流れた。その柔らかな髪を撫で、可愛らしい額にくちづける。安心しきった無垢な寝顔に、彼はほろ苦く笑った。
「信頼…されてんだなぁ…オレ。」
黒々と広がる夜の海に視線を戻すと、少年はため息混じりで語りかけた。
「すぐ行ってやるから、もうこんな悪戯すんなよ。」
この海のどこかで自分の来訪を待つ父親。残された時間は、恐らく少ないのだろう。
けれどもう少し…もう少しだけ、この時間が続けばいい。
満天の星空に向かって延びる炎の揺らめきが、二人の穏やかな時をいつまでも見守っていた。
-FIN-
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