Love is never die
闇の中、小さなスフィアがぼうっと光を放つ。そこに映し出されたのは、うら若き召喚士の可憐な姿。映像を見つめる切れ長の瞳が不意に殺気を帯びた。額に走る葉脈状の模様が怒りのためにいっそう浮き立つ。楽しそうに笑う少女の隣に並んだのは、色黒で金髪の少年だった。
こんな教養のかけらも無い、がさつで能天気で貧乏くさい若造は、彼女にふさわしいはずがない。彼女の隣にいるべきは…
「ユウナ殿……。」
握り締めた白く大きな手のひらに鋭い爪が食い込む。彼は優雅な身のこなしで立ち上がると、少年を射殺そうとでもするかのような眼差しでスフィアを睨みつけた。
ユウナの一行は、荒野の道なき道を急いでいた。前方に、いにしえに滅びた町の残骸が見える。その遺跡の向こう側にただならぬ気配を感じ、一同に緊張が走った。
「これはこれは、ユウナ殿。」
物陰から現れたのは、シーモア。ガード達は一斉にユウナを守るべく構えた。
「またかよ!?性懲りもなく現れやがって!」
ティーダの叫びを見事なまでの完璧さで無視すると、彼はユウナに向かって微笑みかけた。物腰柔らかく、気品高く、死人(しびと)がその手を差し伸べる。
「私と一緒に来る決心はつきましたか?」
ロッドを握り締め、じり…と後ずさる少女に、
「相変わらず恥ずかしがり屋さんだな、ユウナ殿は。」
驚愕のあまり石化する皆をよそに、あくまで穏やかに語りかけた。
「誓いのキスまで交わした仲ではありませんか。」
「!!」
よみがえる屈辱の記憶。怒り心頭のあまり二の句が継げないでいる金髪のガードに向きなおると、彼は勝ち誇った様子で言い放った。
「私が彼女を幸せにしますから、何も心配はいりません。」
「……いい加減にしろっつーの!」
何か違うと思いつつ肺活量の限りを尽くして叫び返す。
キマリが、ずい、と前へ進み出た。。
「ユウナのためを思うなら、退け!」
誇らしげに腕を組み、続けた。
「キマリは見た。本当の誓いのキスを。」
寡黙な戦士の爆弾発言に、皆の視線が凍りつく。少年と少女は仲良く揃って青くなった。
「どういう意味です?」
余裕たっぷりな表情を浮かべた男が、ロンゾの若者に問いただした。
「ユウナはマカラ…」
「わーーーっ!そこまでっ!」
ティーダはぴょんと獣人の背中に跳びつくと、なおも暴露を続けようとするその口をふさいだ。頬を真紅に染めながら、ユウナは想い人をちらちら盗み見る。こうなるともう、何かありました!と自分たちで告白しているようなものだ。
「何があったかは、聞かないことにしましょう。」
都合の悪いことは無視という、お得意のやり口でシーモアは平静を保った。
「安心してください。私は心の広い男です。」
あくまでも自説を曲げないのだ。リュックがたまりかねて口を挟んだ。
「もお、しつこいってば。嫌われてんのまだわっかんないかなあ!?」
が、彼はいささかも動じない。長い睫毛を伏せると、唇の端を吊り上げた。
「ふ…素直でないな、ユウナ殿は。そんなところもかわいいのだが。」
思い違いもここまで来れば、もはや天晴れとしか言いようがないだろう。
「さあ、こちらへ。それとも力ずくがお望みですか?」
秀麗な眉目に剣呑な笑みをたたえ、一歩、また一歩と近づく危険な男に向かってティーダは叫んだ。
「勝手なこと言ってんじゃねえよ!」
長剣を握り締め、高らかに宣言する。
「…ユウナは、誰にも渡さない!」
シーモアの姿がぐにゃりと歪み、異形のものに変化していく。
死闘の始まる、それは合図だった。
倒れ伏してなお不敵な表情を浮かべ、揺らめいて消えていく幻光体。幾筋もの光の帯を見つめながら、皆は同じ想いを味わっていた。
……疲れた。
戦闘を終えて、それぞれにほっとした表情が浮かぶ。歩き出したティーダの隣に、ユウナが並んで話しかけた。
「ね。さっきのキミの言葉…」
言われて思い出す。どさくさに紛れて「自分のもの」って言っちゃった気がする。
「あー、えっと、あれはその…。」
しどろもどろになりながら弁解を試みる彼に、極上の笑顔が向けられた。
「嬉しかったよ。」
蒼と翠の瞳に甘くとろけるような光を浮かべ、ユウナは歌うように囁く。
「キミのものになら…。」
目を丸くしながらも息を詰めて次の言葉を待つ少年に、少女は再び笑いかけた。
今度は、はぐらかすように。
その先を続けなかった彼女の未来を思うと、ティーダの胸は締め付けられるように痛んだ。
…死なせないさ。絶対に。
「これで終わってくれるでしょうか。」
ルールーの問いに、疲労の色濃いアーロンが返す。
「そうあって欲しいものだな。」
それはそのまま、全員の気持ちを代弁していた。
「でもよお。二度あることは三度あるって言うけど、奴とやり合ったの、三度どころじゃないぜ。」
ワッカの持ち出した不吉な言葉に、一同は塊のようなため息を吐き出した。
「何度来たって、俺はやるっスよ!」
誓いも新たに、一人だけ気合充分のティーダに、リュックがからかいを入れた。
「誰にも渡さないんだもんねぇ?」
ぐっ、と言葉に詰まる少年に、さらにルールーのたたみかけが決まった。
「あーあ、ごちそうさま。」
男性陣に視線を泳がすが、皆ニヤニヤと笑うばかり。援軍どころか四面楚歌だ。
向こう三日は、このネタでいじめ続けられるんだろう。がっくりと肩を落としながら、こうなったそもそもの元凶に彼は呪詛の言葉を並べ立てた。
「シーモアのばっかやろーーーっ!!」
少年の叫びがこだまする。荒野の果てはまだ遠かった。
−FIN−
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