ただ君といるだけで
ブリッツシーズンを迎え、港町ルカは、いつにも増して華やぎを見せていた。
開け放した窓からは潮の香りを乗せた風がレースのカーテンをそよがせている。海に臨む選手用宿舎の一室で、ティーダはお気に入りのソファを占領し、緩やかな時間を楽しんでいた。深く背を預け足を投げ出した格好のまま、僅かに首をめぐらし蒼い瞳を細める。その仕草は風の悪戯によって飛び込んできた陽光のためだろうか。それとも奥のキチネットでまめまめしく立ち働く、かわいい恋人の姿に感慨を覚えたせいだろうか。
ユウナは忙しい公務の合間を縫って今朝方お忍びでルカに入り、朝一番の試合をこなした彼と合流した。
今や押しも押されぬスーパースターとなったビサイドオーラカのエース、そしてスピラ中から期待と尊敬を一身に集める大召喚士、この二人にとって恋人同士に戻れる時間は何よりも貴重だ。
紙袋に一杯の食材を買い込んで部屋に戻った後、二人でキチネットに立った。メインは魚の香草蒸し、ユウナお得意の一皿だ。野菜をたっぷり煮込んだスープはティーダの担当。彼女に言わせると彼の料理の手際は自分よりよっぽどいい、そうだ。客観的にみれば手際がいいというより単に適当、よく言えば豪快と評した方がいいかもしれない。ともあれパンとチーズ、それにグリーンサラダを添えた昼食は申し分のない出来栄えで、二人はテーブルを囲んで他愛のないおしゃべりを弾ませた。
「お茶、入れようか。デザートは何がいい?」
冷蔵庫を覗きながら、ユウナは尋ねた。
「…じゃあ、ユウナ。」
不謹慎な返答は、ご当人の耳には届かなかったようだ。
「ジェラートは、ストロベリーとミルクがあるよ。あ、フルーツタルトも買ってきたっけ。」
無邪気に続けられて、
「…ユウナに任せるッス。」
と付け加えてごまかした。甘いものは苦手ではないけれど特別好きなわけでもない。それでも毎回デザートを平らげるのには理由があった。彼女は自分だけ食べていると、決まってすまなさそうな顔をするのだ。付き合うだけで心置きなく幸せそうな笑顔をしてもらえるのだから、ティーダにしてみればお安い御用だった。
永遠のナギ節の始まりと同時に行方不明となった彼が奇跡の生還を遂げてから、1年になろうとしている。食器棚から器を取り出したユウナは、リビングのソファに寝そべる金髪の青年に包み込むような眼差しを向けた。彼のいる光景を目にするたびに胸が温かいもので一杯になる。様々な困難を抱えつつも未来に向かって動き出したこの世界で、何気ないエピソードを重ねられる幸せを感じて。
入港の合図だろう、窓の外に定期連絡船の汽笛が響いた。サイドテーブルに置かれたスフィアから流れていたニュースは、いつしか音楽番組に変わっている。ゆったりと耳に心地よいナンバーは、こんな穏やかで気持ちの良い昼下がりに似つかわしい。
二色のジェラートをつつきながら、ティーダは生あくびを二つ立て続けに噛み殺した。試合で体力を消耗していたせいもあって、身体は睡眠を要求していたのだ。
「リュックとの約束の時間まで、少し休んだら?」
いたわりの言葉に、彼は逞しい肩をすくめた。
「でも、シアターへ行く約束だったろ?せっかくの休みを昼寝でつぶす訳にはいかないッスよ。」
張り切っている彼には悪いけれど…ユウナはくすりと笑いながら思う。この調子では、シアターのシートで眠ってしまうのが関の山だろう。
「シアターは逃げないよ。それに…」
海と大地とを受け継ぐ瞳が、ふわりと揺れた。小さな声になってうつむいた後、桜色の唇を寄せて何事かをそっと耳打ちする。恥ずかしがり屋の恋人がくれた素直なメッセージに、彼の表情は蕩けた。
「じゃ、予定変更ってことで。」
日に焼けた両腕が伸ばされ、華奢な身体を引き寄せた。朱を刷いた耳元に栗色の髪が流れ落ちる。
「確かに贅沢な時間の使い方だよな。」
含み笑いと共に頬を寄せて、そして囁く。濡れたように艶めく彼の眼差しに誘われ、彼女は夢見心地で繰り返した。
「キミといられるなら、それだけでいいの。」
最近オープンしたばかりだという無国籍料理のレストランは、若者達で賑わっていた。そこかしこに飾られた陶器や木彫りのオブジェが気取りのない空間を演出している。バーカウンターが併設されているほか、料理の美味しさと値段の手ごろさが人気の理由らしい。
「おっそ〜〜い!」
店内に駆け込むようにして現れた二人に、リュックは奥の予約席から手を振った。
万人が認める仲とはいっても、無用な騒ぎを避けるに越したことはない。二人共いつもの服ではなく、街に溶け込むスタイルでの登場だ。
ティーダはシンプルな黒のTシャツにアーミーグリーンのカーゴパンツ。ストリート系のサングラスが、どちらかというと線の細い面立ちをカバーして精悍さを際立たせている。ユウナはといえば、彼とテイストを合わせたノースリーブのカットソーに細身のブラックデニムといういでたちだ。辛口なスタイルにコットンレースのオーバースカートで甘さを添えているのが、しとやかな彼女らしい。
店を出ようとするカップル客が、肩越しに振り返る。二人の組み合わせは、その素性に気付かない人々の中にあっても、別の意味で充分に興味をひく対象になっていた。
「ごめんね。遅くなっちゃって。」
テーブルにつきながら、ユウナは心底すまなさそうな顔をして遅刻を詫びた。快活な従妹がひらひらと手を振って答える。
「あ、いいのいいのユウナんは気にしなくて。それより元気してた?」
ひとしきり、女の子同士のおしゃべりに花が咲いた。スピラに永遠の平穏をもたらした大召喚士も、こういうところは全く普通の女の子だ。
ビールとフローズンカクテルとアイスティー。いささか変則的な取り合わせで乾杯を済ませたところで、ジョッキを置いたティーダは窓から見える光景に感嘆の声を上げた。
「やっぱ予約しといて正解だったな。」
三人の席からは宵闇に沈んでいく港が一望できた。彼の言葉に小さく頷きながら、女の子達は声もなくその情景を見つめる。初夏の長い陽がようやく去り、華やかなイルミネーションが昼とは違った街の表情を描き出していく。
人気の理由がうかがえる料理の数々に舌鼓をうちながら、楽しい会話は続いた。久しぶりの休暇はどうだったかと問うリュックに、ユウナは少し恥ずかしそうに答えた。
「うん、楽しかったよ。」
予定の半分しか消化していないのは些細なことだ。さすがに寝過ごして待ち合わせに遅れたことには、ちょっぴり良心の呵責を覚えずにはいられなかったけれど。それにしても顔に出る…とはよく言ったもので、二人の時間が有意義だったことを、言葉よりその表情の方が何百倍も雄弁に物語っていた。
「お〜、幸せそうな顔しちゃって〜。」
何故かユウナではなく反対隣に座るティーダを小突きながら、金髪の少女は陽気な笑い声をたてた。
「遅刻の原因は、どうせチイでしょ?」
おもむろにフォークを置き、金髪のナイトをちらりと一瞥する。
「人聞きの悪いこと言うなよ。」
決め付けられて不満げな青年に構わず、リュックは持っていたバッグから救急ばんそうこうを取り出した。ユウナの白い腕を取るとひょいとひっくり返し、肘の内側についた小さな紅い刻印にぺたりと貼り付ける。
「いつもの衣装だったら隠れたんだろうけどぉ。」
決定的な証拠を押さえられ、ごまかし笑いを試みるも失敗した彼と、耳たぶまで見事に色づいた彼女とを交互に見比べながら、観察眼鋭いアルベド娘はニカッと笑った。
「ユウナん肌が白い分目立っちゃうよね。口止め料は、んー何にしようかなあ。」
ティーダがリュックに、この店の名物デザート、アイスクリームタワーまできっちりおごらされたことは、言うまでもない。
−FIN−
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