真昼の星空
「ごめん!」
 走り寄ってくるなり、ティーダはパンッと音をたてて両手を顔の前で打ち合わせた。一体何のことかと思ったら
「せっかくユウナに見に来てもらっといて、負け試合だもんな〜。」
 キミは額に手を当てると、大げさに天を仰ぐ。
「絶対負け無しなんて、いくらキミでもそれは無理だよ。」
 鼻の頭に思い切りしわを寄せて、心底悔しそうな顔をしているキミ。悪いとは思いつつ、つい笑ってしまう。
「やっぱり前半4分のパスミスが痛かったよな。あのフォーメーションだと…いや、待てよ…。」
 眉をしかめて考え込んでいる横顔は、いつも見せる快活な表情とは少し違った感じで…ちょっと新鮮。
…でも、隣にいる私のこと忘れてない?おーい、もしもし?
「…もしもし?ねえ。ティーダ?」
「あぁ、ごめん。」
 困ってるときに頭をかくのは、キミの癖なんだね。照れたような笑顔。日に焼けた頬に明るい金髪がよく似合ってて。とびきりの青空みたいな色した瞳は、いつもキラキラ光ってる。
 別に怒っているわけじゃないんだけど。ブリッツのことを考えるあまり、私のことをすっかり忘れちゃうあたりがちょっとだけくやしいから。
だから、少し不機嫌そうな顔を作って言ってみた。
「じゃあ、今度は私に付き合ってもらう番だよ。」
「ユウナのお供なら、どこでもついて行くッスよ。」
 そう言って、ティーダは片目をつぶって見せた。うまいなあ、もう。かなわないよ。


「ルカにね、昼間でも星の見える不思議な部屋ができたんだって。」
 歩きながら、訪問の目的をかいつまんで話す。実は私も手紙で知らされただけだから、よく分からないんだ。
「それって、プラネタリウムのこと?」
「ザナルカンドには、そういうのあったの?」
 そのプラネ…なんとかっていうの。
「キミの知っているものと一緒かどうか知らないけど、星の動きを研究するためのものだって書いてあったよ。」
「ふーん。」
 会話がふっと途切れる。でも不思議。一緒に歩いているだけなのに、こんなに楽しいのは何故かな。キミが屈託の無い笑顔を向けるたび、私の心は軽くなる。まるで翼を生やしたみたいに。
足取りまで軽くなって思わずスキップしかけるのを、あわてて取り繕った。


 海洋性の気候に包まれて、ルカはいつも元気に溢れている。少し動くと汗ばむほどの陽気だけど、海から吹き付ける風がすごく心地いい。
 勝手知ったるといった様子ですたすたと前を歩くティーダが、くるりと振り向いて言った。
「この住所だと、この辺のはずだけどな。」
 丸い屋根をてっぺんに乗せた、ちんまりした建物が、私達の目指す学校だった。

校長先生というよりは、ロマンチストの好々爺といった風情の老紳士は丁重に出迎えてくれた。
「ガードのおつとめ、ご苦労様です。」
 深々と頭を下げられて、ティーダはちょっと焦った様子で会釈を返してる。
「教えに反するのを恐れてか、自然科学を志す若者は少なくてですな…」 
 最上階へ続く長い階段を登りながら、校長先生は毛の無い頭をひと撫ですると、ため息混じりに言った。
「ですが、天文学は決してエボンの教えをないがしろにするものではなく、むしろですな…」
 切々と語り続ける先生を尻目に、いたずらっぽい目をして顔を寄せた彼が小さく耳打ちしてくる。
「メイチェンじいさんと、いい勝負だな。」
 思わず吹き出しそうになって、慌てて口に手を当てた。
 寺院は、学問の発展にあまり熱心でない気がする。人間のおごりがシンを生み出した。その教えは、分かるの。でも学問を、争いではなく人々の生活を良くするのに役立てるのは、いいことなんじゃないかな。最近、特にそう思うようになってきた。こんな風に考えるようになったのは、ザナルカンドから来たキミの影響が強いかも。これまでは教えに疑問を持つなんてこと、思ってもみなかったのに。
 だから、私にできることがあれば、お手伝いしようと思ったの。
 …なーんて。ホントはもっと単純な理由だったの。だって夜でもないのにお星様が見えるなんて不思議だし、ちょっとロマンチックじゃない?


 通された部屋は大きな丸天井で、真ん中に大きなスフィアがしつらえてあった。あっちは学生さんかしら。作り付けの椅子にきちんと並んで、ひそひそとささやき交わしている。校長先生は、私達に少し離れた場所の椅子を勧めると、自分はスフィアのそばに立って説明を始めた。
 ティーダが黙って座った横に、私も腰掛ける。背もたれがあんまり倒れるんで、びっくりしちゃった。そうか、寝転んだ方が、星がよく見渡せるもんね。
 部屋の明かりが少しずつ落とされていくのと同時に、天井にひとつ、二つと小さな光が映し出されていく。いつの間にか私達は満天の星空の下にいた。
「きれい…。」
 手を伸ばしたら、届きそう。流れているのが校長先生の難しいお話じゃなくて、素敵な音楽だったらもっといいのに…っていうのは不謹慎かな。

 肘掛に肘を置こうとしたら、二の腕が、触れた。
 きっと、というより間違いなくティーダの腕と。思わず声を上げそうになるのを慌てて飲み込んだ。パーカーの布地と、彼の腕の感触。その肌は滑らかで、さらっと乾いていて、そして温かかった。
 まだ心臓が踊ってる。どうしよう。急いで手を引っ込めちゃったけど、変に思ったかな。
 恐る恐る顔を向けてみたけど、こんなに暗くちゃ表情まではよく分からないよ。
「あの、えっと…」
 小さな声で話しかけてみるけど、反応が無い。
「ごめんね?」
 もしかして、怒っちゃったとか。お願いだから何か言ってよ。…暗闇の中で、焦りながら耳を澄ます。

 聞こえてきたのは、何と小さな寝息だった。

 …よく寝てるみたい。

 エースのささやかな休息時間。無理もないよね、試合の後なんだし。

 そっと肘掛の方へ手を伸ばして、ティーダの右手を探り当てる。恥ずかしい気持ちよりも、もう一度キミの温かさと触れ合ってみたい気持ちの方が勝っちゃったの。だってさっきのじゃ、まるで接触事故じゃない。
 
 手袋に包まれた大きな手。意外と指、長いんだ。この手でブリッツボールをあんな風に華麗に操ったり、…えーと、照れちゃうな。私を守るために剣を振るってくれたりするんだね。

 手を離そうと指を動かした瞬間、予期しない出来事に心臓が止まりそうになった。彼の手が、何と私の手を追いかけるように動いて。捕まえられた左手は、大きな掌にすっぽり包まれていた。
 耳の後ろ辺りで、自分の鼓動が全力疾走してる。こら、うるさい。静まれ心臓。
 えーと、こういうときにこそ落ち着かなくちゃね。まわらない頭で必死に考える。
「ティーダ?」
 かすれた呼びかけは、自分の声じゃないみたいだった。背を椅子に深く預けた姿は、まだ夢の園をお散歩中の様子。
 今のは、じゃあ無意識に…?ほっとしたような、そうじゃないような、何だか変な気分。
 
 腕を絡める格好で繋がれた二人の手。皮の感触を通して、ぬくもりが伝わってくる。
 キミの手の重みが、すごく心地いい。



「…ウナ、ユウナ。」
 おでこをつつかれる感触に、目が覚めた。ティーダが私の顔を覗き込んでいる。蒼い双眸とまともにぶつかって、眠気が一気に飛んでいった。それにしても、いつのまに眠っちゃったんだろう。部屋はすっかり明るくなっていて、部屋に残っているのは自分達二人だけだった。
「ぐっすりとお休みのとこ悪いけど、もう起きないと。」
 おかしくて仕方が無いといった風に、白い歯を見せて笑ってる。あたふたしている私をからかっているとしか思えない調子に、何だかくやしくなった。 
「寝顔、見ちゃった。」
 穴があったら入ってしまいたい気分に、ガード君は更に追い討ちをかけてきた。恥ずかしさに、頬がかあっと火照るのが分かる。
「キミだってしっかり寝てたくせに。」
 悔し紛れに応戦したら、彼は目を見開いて一瞬驚いたような顔をしたけど、
「やっぱりバレてた?」
 さらりとかわされちゃった。ああもう、ホントにかなわないよ。



 挨拶を済ませて学校を出ると、ルカ特有の強い西日が肌を刺した。集合時間には、うん、何とか間に合いそう。
「試合には負けたけど、ユウナとデートできたからな。」
 降り注ぐ日差しの中、肩越しに振り向いたキミの金髪が柔らかに光をはね返す。
「まぁ、いい日だったということで。」
 冗談とも本気ともつかない口調で、キミは私に話しかける。
 他愛のない言葉を交わすたびに、キミの何気ない仕草を見るたびに、私の心は新鮮な驚きと甘酸っぱい感情でいっぱいになる。
それは生まれて初めての気持ち。キミと出会ってから、世界が色を増して見えるよ。

   -FIN-

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