それはまるで雷鳴のように
 なだらかな起伏の連なる街道を、一台のバイク型ホバーが、疾走する。
 今ではすっかり市民権を得て、人々の生活に浸透したマキナ。かつては禁忌とされた古の技術は、スピラの交通にも革新をもたらした。
 砂煙を上げ、スマートな機体は北へ向かう。移動用マキナを操っているのは、年若い男性だ。アイパッチで片方を覆った青年は、色のやや薄い金髪そして金属と皮とを多用した服装から、ひと目でアルベド族と知れた。
 そしてホバーのタンデムシートには、同族と思しき小柄な女性がまたがっていた。少女の豊かな金髪は、見事なほどの蜂蜜色に光り、風に舞ってなびいている。

 西の地平線と交わる場所には、真っ黒な雲の壁がそそり立っていた。ホバーのエンジン音に重なって、遠く、雷鳴の轟きが聞こえてくる。
 通り雨が来るのだろうか。晴天の多いミヘン地方にしては、珍しいことだった。


 鼓膜を、遠雷が更に震わせた。さっきよりも、確実に近くなっているようだった。
「雷、やだなー。」
 背中越しに聞こえた泣き言が、あんまりに情けない調子だったので、ギップルは失笑を漏らした。
「何だよお前、まだ雷が苦手なのかよ?」
 幼少のみぎり、彼女を襲った悲喜劇のことは、幼馴染である彼もよく知っている。だが、記憶違いでなければ、スフィアハンターを始めて間もなく雷嫌いを克服したと、当の本人から聞いた気がする。
 いや、あんなに得意になって一席ぶっていたのだから、間違えようはずもない。
「失礼なこと言うなっ!もう雷なんて、平気だもん。雷平原で大特訓したって言わなかったっけ〜?」
 案の定、リュックはぺらぺらと反論を並べた。けれども、大特訓したから平気だと言い張る割には、その声は、どこか力がない。ちらりと振り向いただけでは、後方に座っている彼女の表情を確かめることは無理だった。
「だいたい雷平原は、避雷針立ってるから大丈夫だけど、ここは、かえって危ないかもしれないし…」
「落ちやしねーよ。」
 請合ってやったのに、あろうことかその返事が気に入らなかったらしく、
「そんなこと、何で分かるのさ!?なーんか気持ちがざわざわするんだ。こういうヤバイ感じって結構当たったりするんだから!」
 などと気色ばんで言い返してくる。
「当たるわけねえだろ。高さのある遺跡に落ちるぞ、普通。」
「だって、とにかくイヤなものはイヤなんだもん。」
 スフィアハンターとして数々の修羅場をくぐり抜け、一度ならず世界の危機的状況を救って見せた癖に、その無意味な怖がり方といったら、まるで子どものようだ。

 ―――なに甘えたこと、言ってんだよ。
 女の杞憂を笑い飛ばした男は、そう続けようとして、はたと思いついた。

「あ、もしかしてお前、俺に甘えたい?」
「ちょっ、そんなんじゃ!」
 明らかにうろたえた声がして、背中をポカポカと殴られた。後ろを振り向けないのが、いっそ残念だった。赤くなったり青くなったりしてさぞ面白い顔を披露しているだろうに。
 前方不注意の危険と、面白い見世物からの誘惑を量りにかけながら、ギップルは悪路を巧みに走行した。
「しょうもねえなあ」
「ギップルのバカっ……、きゃッ!?」
 路面から突き出た岩に当たり、機体が大きくバウンドした。拳を振り上げていたリュックは、大きくバランスを崩して転げ落ちそうになる。とっさに伸ばした手が青年の肩口を掴んで引いた。弾みでマキナがぐらりと傾く。次の瞬間、急制動によって勢いよく前にのめった彼女の体は、やや斜めになって広い背中へと張り付いていた。
「ちゃんと掴まってろ」
 後ろを振り向かないままギップルは言い放った。もちろん、背中に食らった柔らかい衝撃に、鼓動がひとつ飛んだなんてことは、おくびにも出さずに。
 重心の崩れた機体を、アクセルワークと体重移動とで立て直し、何事もなかったかのように加速する。次に二人乗りマキナを設計するときは、安全のためにコクピットとタンデムシートの間をできるだけ狭めようなどと考えながら。合理性の裏に、いささか不純な動機が混じっていた観は、実のところ否めないのだが。

「ギップルのバカ!落っこちたらどうしてくれんのよ、もう。」
 微妙な距離から尖った声が飛んでくる。裏腹に、皮ジャケットを通して伝わる温かな重みは、しどけない甘ったるさを含んでいた。声に僅かな震えが混じっているのは、自分の思い過ごしだろうか。
「そんなヘマはしねえけどな。お前がもしドジ踏んだら、責任とってやるよ。」
 軽口にまた抗議が返ってくるかと思いきや、彼女はしばし無言だった。代わりに上着の裾をぎゅっと引っ張られるような感覚があった。
 いじらしいその仕草は、まるで帯電しているかのように、無性に彼の心をざわつかせた。

 この女になら、甘えられるのも悪くない。そう感じた時だった。
 不意に、雷鳴のような衝撃が彼の心を揺さぶった。

 ―――つまりは、そういうことだ。
 認めてしまえば、後には、絡まった紐がするりと解けたような清々しさが残った。

「構わねえぞ、お前なら。」
口の中だけで呟いた一言は、吹きすさぶ風に千切れ飛んだ。けれども声は波動に姿を変えて、押し当てられたリュックの額へと伝わった。
「え?なんて言ったの!?」
「二度も言えるか、バーカ」
「ちょ、バカって何よ!?失礼にも程があるってば!」
「お前だって、すぐ俺をバカ呼ばわりするだろーが。」
「だって、それはギップルが…いつもちょっかいかけてくるんじゃない!」
 図星を指されて、ギップルは苦笑せざるを得なかった。
 こいつ以外の人間に、あの調子で喋られたら、1分だって我慢してやらないだろう。論旨のかけらもありゃしない主張に付き合うほど、マキナ派のリーダーは暇を持て余しているわけじゃない。
 それなのに、気がついてみればこんな調子で憎まれ口の応酬に付き合って、あまつさえそんなところも可愛いと思っている辺り、救いがたいバカではないか。
「あー分かった分かった。それより降り出す前に帰り着くぞ。」
 折れてやることで、ずるくケリを付けて、ギップルが言った。
「飛ばすから、しっかりと掴まってろよ!」
 叫んだ男は、北の地平線を一つしかない目で睨みつけると、スロットルを開けた。
「う、うん!」
 細い腕がためらいがちに腰から回され、男の脇に絡みついた。


 左手の雷雲から緩やかに逃げるように、二人を乗せたマキナはスピードを上げた。






[FIN]
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言い訳を始めると、本編より長くなってしまいそうです。orz

ギプ書いたの久しぶりですが、やっぱり天然入ってるぽいです。しかも相変わらず焦れったいですね、自分がこの二人を書くと。何か、靴下の上から足の裏掻いてるみたいなもどかしさ…うぎゃー。
この時期に何でギプリュかと言いますと、6,7月生まれのギプリュスキーなお友達に、お誕生日プレゼントとしてこっそり書き出したものだからです。
里緒ちー、カルりん、ともりん、おめでとう、そして遅すぎてごめんなさい。8月になっちゃったけど、もしよろしければ捧げます…(がくり)

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