荒れ狂う海を、一隻のサルベージ船が進む。苦難の海路はアルベド族の置かれた境遇をそのまま映し出すかのようにも見える。
 雨は吹きつける風とともに、一瞬ごとにその速度と密度を増していた。闇に閉ざされた海の向こう、希望を信じて航海者達は嵐に立ち向かう。




Stormy Night





 この辺りの海域は、嵐の通り道になっていてよく時化た。それでも目的の海域で作業し、故郷にたどり着くためにはここを通らないわけにはいかなかった。
 この海路はスピラ公式のものではない。比較的安全の保証された航路は寺院によって掌握され、アルベドの船が乗り入れることは表向き不可能だった。ましてや海中遺跡の現場から帰るのだから、多少の危険を伴うのは仕方のないことといえた。

 およそ1000年前海中に沈んだ遺跡を発掘し、使えそうな機械を引き上げることに成功したこの船は、巨大なカーゴルームに数え切れないほどの掘り出し物を積んでいる。万が一にも難破するわけにはいかなかった。
 1000年前機械兵器によってスピラは滅びかけた。そして今、シンを生み出した人間の罪を象徴するものとして機械は忌み嫌われている。もちろん使用も寺院によって固く禁じられている。けれども実際には機械自体に善悪は無い。間違った使い方をしない限り、それは便利な暮らしに役立つものに過ぎない。ましてや苛酷な環境に身を潜めて生活するアルベド族にとって、機械は命をつなぎ生活を支える大切なアイテムだ。したがって、一族の人間は幼い頃から世界中を駆け回り、発掘に携わるのが常だった。

 永遠のナギ節以後、アルベド族の合理的な考えはスピラ全土に広がり、機械は「マキナ」と呼び習わされて人々の生活を潤すことになるが、それは今から十年後の話だ。




 二人の子供が、食堂の隅の壁に座り込んでいた。どちらも年の頃は7,8歳。見事なブロンドを頭の天辺で結んだ幼い少女は、ひどく怯えた様子だった。膝を抱え込んで震えている小さな身体は、窓の外を稲妻が走るたびに背を丸め、彼女の口は雷の音が響くたびに意味不明の叫びを撒き散らしていた。
 隣に座る男の子は、名をギップルという。彼は窓を叩く風雨のすさまじさよりも恐ろしげな雷の音よりも、本当は耳のすぐ傍で聞こえる金切り声のほうによっぽど閉口していた。
 族長の娘というのを差し引いても、くるくるとよく立ち働き大人を論破するほど賢いその少女は周囲の耳目を集めた。口にするのは到底照れくさくてできなかったけれども、ギップルも子供心に感心し彼女に一目置いていたのだ。それがどうだろう、雷が鳴り出した途端、その子は別人のように訳もなく怯え、ひっきりなしに叫んでいる。
 それでも怯える少女を怒鳴りつけたりしなかったのは、彼がもとから弱い者に優しい男気のある性格だったこともある。そして実はこの時、もうひとつ切迫した理由があった。彼はずっと船酔いによる吐き気に悩まされていたのだ。
 もともとサルベージ船というのはその目的上、乗り心地や快適さは二の次だ。しかもこの嵐、船の揺れはスタビライザーで吸収できる限界をとっくに越えていた。巨大なシェーカーよろしく揺れる船の中に、どこにも逃げ場は無かった。
「ギップルは、大丈夫?」
 半べそをかいたままのあどけない顔が、男の子を見上げた。問われたのが、船酔いに対してなのか雷に対してなのか分からないまま、彼は意地だけを頼りに何とか頷いて見せた。
 荷を守り、転覆を免れるために、操舵室以外の大人達は全員カーゴルームに集結している。命がけの仕事で手一杯だし、子供にうろうろされては逆に危険だ。かくして子供達は、嵐がやむまで二人きりで食堂に非難することになった。
 最初はテーブルにしがみつくようにして作り付けの椅子に座っていたのだが、嵐が強くなるにつれて揺れがひどくなり、二人は仲良く椅子から転がり落ちてしたたかに背中をぶつける羽目になった。そして部屋の隅に身を寄せ合って座り込むのが一番安全そうだという結論を得た。
 窓の無い部屋を探せば、雷の音はともかく稲妻は見えないから彼女にとってはいくらかましかもしれない。けれども万一の時のために、甲板に近い部屋にいるように大人達からきつく言い含められている。もしものことがあったら自分がこの子を守って逃げなくてはならない。
 それにしても、少女が見せる怯えようは少年の目にも少々奇異に映った。本人に直接聞いたことはないけれど、おっちょこちょいの兄貴が唱えた雷の魔法が間違って命中したせいだと小耳に挟んだことがある。
「雷が、そんなに恐いのかよ。」
 ギップルの何気ない質問に女の子はきっと顔を上げ、ありったけの気力をつぎ込むようにして睨んだ。侮られるのは心外だというように丸い目が訴えている。もっとも涙で一杯のせいで、エメラルドグリーンに渦巻き模様の虹彩は水に浮かぶように潤んでいた。本人が気付いていなかったのは、せめてもの慰めだったかもしれない。
「あたしはシドの娘だもん!雷を恐がったりなんか…」
 そこまで言った途端、窓の外を紫の閃光が駆け抜け、腹の底に響くひときわ大きな雷鳴が轟いた。
「きゃああっ!もうやだ!帰りたい〜〜!!」
 3秒前まで強がっていた姿はどこへやら、彼女はもう身も世もない様子で泣きじゃくりながら耳を塞いだ。
 小さな肩が、ひっく、ひっくとしゃくりあげている。
「泣くなよ。」
少し迷ってから、ギップルは泣き伏している少女の背に手を乗せた。昔母親にそうされたことをぼんやり思い出しながら、ぽんぽんと背中を叩いてやる。
「大丈夫。俺がついててやる。」
 無力な子供がそう保証できる根拠など本当はどこにもなかったけれど、とにかく安心させてやりたかった。小さいながら男としてのプライドが精一杯の見栄を張らせたのかもしれない。
「うん。」
 消え入るような声で、でも確かに返答があった。まるでそうするのが至極当然のように、柔らかな金髪を蓄えた小さな頭が、少年の肩に預けられた。小さな驚きで一瞬身を固くする彼に気付く様子もなく、少女はスンと鼻をすすり上げた。
 雷の鳴り止む気配は無い。けれども彼女はいくらか落ち着きを取り戻した様子だった。
 窓ガラスを洗う波頭をぼんやりと眺めるギップルの耳に、やがて小さな寝息が聞こえてきた。本当に安心したのか、それとも恐怖より疲れと眠気が勝ったのか。規則正しい健やかな呼吸の音を子守唄に、少年もいつしか眠りに落ちていった。
 


 翌朝、ギップルが目を覚ました場所は、いつも寝泊りに使っている船室だった。誰かは分からないけれども、大人が眠っている自分をここに運んでくれたのだろう。胃の辺りの不快感はすっかり消えうせ、あの嫌な揺れももう感じない。船底にあるここへ連れて来られたのは、船が嵐の危機を無事乗り切れたからに違いない。
 安心からくるため息をついた少年は、ぼさぼさの前髪に櫛を入れるのももどかしく船室を飛び出した。

 甲板へ出ると、まぶしい太陽の光が目に付き刺さった。向こうで自分の父親と話しこんでいる少女が見事なブロンドをなびかせ、くるりと振り向いた。
「おーい!ギップルーー!」
 歩いていく自分のほうに向かって、少女が駆けて来る。息を弾ませながら、にこりと笑いかけてきたあどけない顔に、ギップルは内心ほっとする。すっかり元気になったようだ。夕べのあの怯えた様子は少しも感じられない。気安さも手伝って、彼の口から出たのはからかいの一言だった。
「よお、シドの娘。今朝の調子はどうだい?」
 鼻の頭を一瞬赤くした族長の秘蔵っ子は、笑った目のまま握った拳を突き出した。
「リュックって、呼べ〜〜!」



 嵐を潜り抜けた船の甲板に明るい笑い声が響き、周囲の微笑をも誘った。朝の光を浴びる子ども達を中心に出現したその光景は、やがてアルベド族が迎える未来を象徴するかのように見えた。
 

   -FIN-





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