空と海、二つの異なる青を隔てる水平線が、太陽の輝きを弾いて光る。
真っ白な砂浜に誘われて真っ先に走り出したのは、リュックだった。それを追うようにティーダも波打ち際へ駆け込んでいく。髪の色の似通った二人が浜で歓声を上げる姿は、仲睦まじい兄弟のようにも見えた。
「無邪気なものね」
水飛沫をあげてはしゃぐ二人の様を、ルールーはそう評した。その口調は、ほんのり苦笑混じりだが、見守る紅の瞳は優しかった。ここのところ元気のなかった少年が、屈託なく笑っているのを目にして安心したせいもある。世界の命運を握る決戦が近いという重圧は確かに大きい。けれども彼女には、彼の抱えるものがそれだけではないようにも感じられていたのだ。
ふと、祈り子の間で目にした不思議な光景が脳裏によみがえる。宙の一点を見つめる彼の振る舞いは、まるで祈り子の姿が見えているかのようだった。
思えば海から来たその少年に関しては、自分の常識や知識では測ることの出来ないことばかりだった。
白砂に立つ召喚士の少女は、その優しげな目元をふわりと細め、半ば独り言のように呟いた。
「眩しいね」
それは海に照り映える太陽の輝きか、それとも、その寵愛を一身に集めたような髪と肌をした少年を指しているのか。
後者なのは容易に想像がついた。隣で佇むユウナの視線は、いつしか彼の姿を追っていたから。
「ええ、本当に」
ルールーは、静かに頷いた。
スピラにシンが二度と復活することのない日、悲しみの螺旋を断ち切る日。そんな夢のような話が現実になろうとしている。
いや、自分達の手で実現するのだ。
ルールーは、美しいビサイドの浜を思い思いに歩く、ガード仲間の姿を見渡した。
恐らく、この中の誰が欠けても、この日を迎えることはなかったのだろう。そしてとりわけ、仲間の輪の中で子どもみたいな顔をして笑っているあの少年がいなかったら…。
螺旋の継承を受け入れることに、真っ先に抵抗したのはティーダだった。
究極召喚のもたらす希望と召喚士の運命は、千年の長きに渡って変わることの無いスピラの摂理だった。それこそがシンを倒す唯一の手立てだとされてきた。しかしてその正体は、まやかしに過ぎぬおぞましい予定調和の歯車だったのだ。
世界の真実にたどり着いた時、螺旋の根源を前にして、召喚士ユウナもまた盲従を拒み、生きる道を選んだ。
ユウナの立つ足元の砂が透明な波に洗われ、さらさらと沖へ流されていく。
繰り返す波音に混じって、二人の若いガードが波打ち際で戯れる声。
「ユウナ!」
少年の呼びかけが、渚を渡る風に乗って届いた。良く通るその声で名を呼ばれるだけで、少女の胸は小鳥のように震え、高鳴る。
膝まで海に浸かり、髪から雫を滴らせたままのティーダが、大きく手を振っている。ユウナは僅かに頬を上気させて、小さく手を振り返した。嬉しげな笑みを含んだ横顔に、ルールーは柔らかな眼差しを向けた。
彼に出会うことで、ユウナは変わった。そしてユウナの未来、スピラの未来さえ…。
理想を掲げ走る少年の青さは、いっそ眩しいほどに清々しい。
交わる者を強烈な熱と光で魅了し、世界の色まで染め変えてしまう。
まるで、太陽のように。
波を蹴り、彼が駆けてくる。笑顔で待つユウナのもとへ。
潮風になぶられて泳ぐ黄金色の髪は、海上に湧く積乱雲の白によく映えた。
ゆるやかに流れていく、穏やかな時間。潮の匂い。決戦に勝利した暁には、こんな風にささやかな幸せがずっと続く世界が待っているはずだ。
美しいビサイドの海に臨み、彼らは新時代の招来を改めて誓う。
けれども聡明な魔女でさえ、この時は知る由もなかった。
かけがえのない者の笑顔を守るために、夢を終わらせる者が選んだ道を。
かけがえのない者の覚悟を知るが故に、受け入れる者が選んだ喪失の痛みを。
遥かな高みに輝く志を、地に押し留めることなど、叶うべくもない。
斜陽の刻を迎えずして、明日の到来は無いのと同じように。
− 太陽 −
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