← back to index
1
 道標の輝きに繋がる、記憶の光景。
 松明の明かりに透ける金の髪は、控えの間にいた誰よりも鮮やかに、目に飛び込んできた。
 本当は、出逢った瞬間から惹かれていた。
 ガードじゃなくてもいいから、ずっと傍にいて欲しい、それは召喚士にあるまじき不謹慎な我が侭だったかもしれない。
 けれども、召喚士として以前にひとりの人間として抱いた小さな望みを、少年は自身がそれとは知らないまま、救い上げてくれたのだ。





 シンという名の殻に守られ死と停滞に支配された迷宮で、夢は途切れることなく続いてきた。けれども今、未来永劫繰り返されるかと思われたその営みに、夜明けが近づいている。
  悲しみの海を渡り、死によってスピラを救わんとする者を討ち滅ぼし、夢見る魍魎を退けながら、ユウナ達は最後の迷宮を進んでいた。
 決着をつけること、夢に終止符を打つこと。自身のために、そして一番守りたい者のために、彼らは奔る。

 先を急ぐユウナの背に、ルールーが呼びかけた。
「ユウナ」
 静かだが厳しい声だった。少女は、ややうつむき加減で振り向いた。
「はやる気持ちは分かるけれど、前に出過ぎないで。危険だわ」
 先の戦闘で彼女はミスを犯した。ティーダが機敏にかばったことで事なきを得たが、一歩間違えれば命取りだ。
 黒衣の美女が向ける柘榴石の瞳は、怒りよりも心配の色彩を濃くしていた。だからユウナは、ごめんなさい。と言うことしかできなかった。
 姉と慕う彼女の言わんとするところは、もちろん理解できる。いや、理解しているつもりだ。けれども心が彼女自身を急き立てて、突き動かさずにはおかない。

 誰よりもかけがえのない人が、奔るから。この迷宮の向こうに待っている、彼の父親を救うために。
 残された時間は、きっとほんの僅か。時の砂は無情なまでの正確さで流れ落ちていく。

 うなだれたユウナとルールーの間に、殊更に明るい声が割って入った。
「ごめん、オレが前へ出すぎたんだよな」
 長剣を携えたまま、ティーダが立っていた。違うの、といいかけた少女にこっそり片目をつぶり合図してから、彼はしおらしく両手を額の前で合わせて見せた。
 賢い女魔導師は、年若いガードの顔をちらりとねめつけた。彼の意図するところなどお見通しだったけれど、ひとまず彼女は舌鋒を収めた。ただし、調子よくお説教をかわす傾向のあるこの少年に対し、釘を刺すことだけは忘れずに。
「自覚しているなら、責任を持って守り通すことね。ヘマをしたら許さないわよ」
「言われなくても」
 さらりといなした彼の目元は、しかし真剣な光を帯びていた。迷宮の奥を見据える瞳は、一点の曇りなく澄んで、強い。


 会えてよかった。一緒に旅が出来てよかった。

 不意に思い出す。西の海へと沈む夕日を見送りながら、やがて来る別れのために、近しい人々に宛ててメッセージを残していた時、唇から滑り出た言葉。
 全幅の信頼を寄せるガードひとりひとりに、感謝の気持ちを言葉にするうち、新米ガードである少年への呼びかけは、ふと淀んだ。
 召喚士になると決意を固めた幼い日から、ずっと最後の時を思い描いていた。己の命を投げうつことに、不思議なほど恐怖もためらいもなかった。大好きな人達のためになるならば、このスピラが例えひと時でもシンのいない平和な世界になるならば、こんなに嬉しいことはないと、ただ単純に考えていた。
 彼に出会うまでは。


 気がつけば少年の動きを目で追っていたり、そして視線が合うたびに鼓動が踊ったり。
 召喚士になるために長い間積んだ修練で、揺らがぬ精神を培ってきたつもりだったのに、彼のことに関してだけは、ちっとも役に立たなかった。
 彼の姿を脳裏に思い描くとき、胸を甘く満たす感情は、決まって僅かな痛みを連れて来た。

「ユウナ?」
 想いを通い合わせた今でも、不意に名前を呼ばれるだけで、こんなに胸が高鳴る。
「え?あ、はい…」
 呼びかけは少々訝んでいるようなトーンを含んでいたから、ユウナは慌てて背筋を伸ばした。ところが、ティーダがひょいと頬を寄せて大真面目な顔で囁いた事はといえば。
「つかさあ、魔物よりルールーのほうがよっぽど怖いよなあ」
 大胆な放言だったものだから、彼女はつい吹き出した。一度笑いの種が弾けてしまうと、ちっとも治まらない。
 くすくすと笑っているユウナと一緒にひとしきり笑って、彼が悪戯っぽく付け加えた。
「よかった、やっと笑った」
 不安や迷いごと包み込んでくれるようなその微笑みは、雲の切れ間から差し込む太陽の光を思わせて眩しい。
「オレも、笑って旅したいからな」
 彼が零すように呟いたそれは、返事を期待するでなく、ただ己の意志の輪郭をより強くなぞるためのだったのかもしれない。それでも、ユウナは彼の手をそっととり、頷いた。
 指先を大きな掌に滑り込ませるようにして絡めると、ティーダはもう一度、はにかんだように微笑んだ。そして彼女の思いに応えるかのように優しく握り返した。





 後悔はしない。素敵な恋をしたと思う。
 こんな時にも、ううん、こんな時だからこそ忘れないでいよう。
 恐れと痛みに押し潰されずに、前に進むための勇気は、いつもキミがくれる。




− 素敵だね −


2008.07.22加筆修正
お気に召したら、ぽちっと一押しをお願いします WEB CLAP
← back to index