漆黒の天蓋に現れた満月は、柔らかな銀糸を地上に注ぐ。
 今宵、荒野の片隅に立つ四人、いや四匹の頭上にも。

FULL MOON


 レノは小さな舌打ちをひとつした。先刻の小競り合いで受けた傷が開いたのだ。
 薄めの唇の間から赤い舌が覗き、手の甲から滲み出した血潮をぺろりと舐めとる。
「こんなもの、舐めときゃ治るぞ、と。」
 ルードが用意してくれた救急キットをおとなしく使ったほうが良いだろう。サングラスの替えさえ持ち歩く用意周到な相棒の頼もしさを改めて感じる。
 真紅の尾を背中に垂らした狼は、孤独の美学とやせ我慢は紙一重なのだとの結論に達しつつあった。



 一方月に向かって咆え続けるティーダには、手傷を負った同族のことなど全く目に入っていないようだった。
 夜空に長い尾を引いて吸い込まれていく遠吠えは、もちろん愛しいユウナを呼ぶ魂の叫びだ。
 もはや狼というよりご主人を探す犬と化している。

 背後からギップルが、さも可笑しげに揶揄を飛ばす。吊り上げた口角から鋭い牙とともに、挑発的な文句が覗いた。
「お前さあ、狼のプライドと女とどっちが大事なんだよ。」
「ユウナに決まってるだろ!」
 呆れるほどの即答。青年の言葉は蒼天を思わす彼の瞳と同じく迷いがなかった。
「おー、それはごちそうさん。」
 自信満々にガッツポーズまでされたのでは、それ以上混ぜっ返すのもいっそ馬鹿馬鹿しい。頬にニヤニヤ笑いを貼り付けたまま、ギップルは黙った。

 所有の証は彼にとって間違いなく幸せの象徴。ティーダの首に巻かれた青い首輪を眺めながら、隻眼の狼は胸の中でひとりごちた。

・・・あいつならオレンジのスエードがきっと似合うだろう。金色の鈴を付けてもいい。
 人のことを散々いじっておいて、ちゃっかり自分は可愛いあの娘のことを考えているあたりが、ギップルの抜け目なく侮れないところである。


 さて、浮いた話で盛り上がる二匹を冷ややかな視線でひとなでして、孤高の狼は唇を引き結んだ。淡いブルーを帯び不思議な光を放つクラウドの瞳は、銀の月光を注がれてなお冴え冴えと輝いて見える。
 
 けれどもそこに居合わせた誰もが知らないでいた。荒野の彼方へ眼差しを馳せる彼の、涼しげな表情に隠された困惑を。
 先ほどからポケットの携帯が、静かに、しかし確実に彼を追い詰めていたのだ。
 三度のバイブレーションと少しの休止は、秘密の合図。ティファと固く交わした約束をどうやったら守れるか、あくまでクールな面構えを崩さないまま彼は絶体絶命のピンチを迎えていた。




 狼たちを見守りながら、満月が笑う夜。


-fin-






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微妙すぎるお笑い路線ですいません。がっくし。
維花ともみさん、桃李さん、nomさん、里緒さんに捧げます。(いらん)
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(05.09.19UP Written by どれみ)



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