Dedicated to FINAL FANTASY X-2

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記念日の約束

 夕刻の太陽が、珊瑚礁の海を金色に染める。
 佳き日を穏やかに締めくくる日没を見送り、波打ち際を歩く二つの影があった。

 アルコールに火照った頬を、潮風が心地よく撫でていく。
 半歩前を歩くティーダの足取りは、寄せては返す波と戯れるように軽い。ユウナの歩も知らず軽くなる。

 血潮を溶かしたような橙から、穏やかな夜の色へと変わっていく空。
 残り香のような陽光にさえ彼の金髪は良く映えて、まぶしい。

 彼が再びビサイドの海岸に現れた日から数えて、今日で1年。
 小さな祝いの席を設けようと言い出したのは、ワッカだった。
 
「うわー、すっげ…」
 早朝のロードワークを終えて村へ戻ったティーダは、広場に並んだ宴卓に目を丸くした。普段は民家の軒先に置かれている腰掛台やテーブルが持ち寄られ、篝火の焚き場をぐるっと囲んでいる。そして早くも色とりどりの壷や瓶が運ばれ、酒や茶や果汁、その他さまざまな飲み物が並びつつあった。
 集まる人数がちょっと増えたぞとワッカから聞かされてはいたが、想像していたのとずいぶん規模が違う。
「何の祭りだよこれ…」
 普段より五割増ほど賑やかな広場を唖然としながら眺めていた彼は、中央に幼い息子を抱っこして歩く男の姿を見つけた。
「うーっす」
「おう早いな。トレーニングか」
 走り寄ったティーダに、ワッカは白い歯をほころばせて応じた。
「イナミもおはよ」
 なじみのある顔に名前を呼ばれ、父親の首にかじり付いたイナミも、にっこりと愛想を返した。初めて見たときは乳飲み子だったのに、今ではもうよちよち歩き、いっぱしの表情を見せる。
「あのさワッカ、これって…」
 ティーダが、立てた親指で広場の盛況ぶりを指し示すと、彼はガハハと笑った。
「最初ルーと話してた時は、内輪でちんまりと祝うつもりだったんだがな。いつの間にか話が大きくなっちまった。ま、夏祭りまでまだ日があるし、飲める口実がちょうどできて大歓迎ってところだな」
 狭い島では常のことだったが、今回もご他聞に漏れず、目論みはいつの間にか集落全体にいきわたったらしい。隣近所に話が回るうち、気がつけばいつの間にか村をあげて準備する恰好だ。元来陽気で寄り合いが好きな島民にとって、祝い事は酒とご馳走を用意し宴を催す格好の口実だったに違いない。
 祝ってくれるのはありがたいが、まんまとダシに使われたという気がしないでもない。我知らず複雑な表情を浮かべた青年の背を、ワッカは空いているほうの手でバンバンと叩いた。
「みんながお前達のことを気にかけてるってこった。村中総出で祝ってくれるぞ。感謝しろ」

 女達が腕によりをかけた料理が次々と並び、香ばしい匂いをあたりに振りまいた。串に刺してあぶった肉、魚の揚げ物、網焼き、炒め物、炊き合わせ。ほっくりと煮た芋、豆。島の葉物も彩り豊かだ。いずれも持ち寄られた各家庭の自慢の一品で、それらが所狭しと並んだ。
 かくして島の住人は、大人も子どももご馳走の前に顔を揃え、祝宴は昼を待たずに始まった。
 ワッカの音頭に村人が杯を高く掲げ、二度までも世界の危機を救った大召喚士と、海から来た少年の帰還を祝った。
 触れ合う酒器の奏でる素朴な和音に混じって、どっと歓声が上がった。

 主賓のうち、女子どもに囲まれて料理や果物をすすめられるユウナは、いたって和やかな時間を過ごしていた。かたやティーダは、一年前の今日と同じく、今年もまた大勢の男衆から手荒な祝福を受ける羽目になった。
 ことに彼を最初に囲んだオーラカのメンバーは、のっけからもう酒が充分に回っていると見えた。
「もう飲める年だよな」
 口々に尋ねられて、ティーダは笑って肯定した。父親のことがあって酒には近づかないよう自分を戒めていたが、幸か不幸か、遺伝的には弱くない。
 その笑顔に少しだけ苦いものが混じったのは、悪意なき年配者の、あるいは沈めてやろうという明確な悪意に基づく若者の繰り出す、乾杯の波状攻撃だけが原因ではない。
 年月を数えるたびに、永遠のナギ節から始まる二年間の空白を突きつけられる。
───キミより、ひとつだけ年上になったよ。
 ユウナは、そう言ってくれたけれど。
 以来、彼はその話題を胸の底にしまいこんで、なるべく思い出さないようにしていた。
 ボッツが挨拶代わりだと前置きして、ティーダの杯に島特産の蒸留酒をなみなみと注いだ。
「オレ達のユウナちゃんを泣かしたら、ベノムタックルの刑だぞ。分かってるだろうな」
「泣かすかっての、……つか誰のユウナちゃんだよ!」
 切り返すエースの電光石火ぶりに、周囲が野太い歓声を浴びせる。ティーダはぐいと一口あおってから、傍らの酒瓶を半ばひったくるようにして、仲間に次々と注ぎ返した。
 いつにも増して賑やかに、くだけた調子の応酬が続く。
「チクショォォ、オレらのユウナちゃんを横からかっさらいやがって、この幸せ者めぇ!!」
 酔っ払ったジャッシュの手元は既に怪しい。
「だから誰のユ…おわっ!!」
 注ぎ手が、捧げ持った酒の瓶を勢いよく傾けたものだから、器はたちまちいっぱいになって溢れた。酌をされたほうの掌は酒びたしだ。
 先輩のありがた迷惑なサービスにティーダは顔をしかめ、周りはどっと沸いた。
「あーあ、もったいない」
「まあまあ、土の神様にも飲ませてやろうぜ」
「とにかくめでたいんだから飲もう!」
 大地から立ち昇る酒精の薫りが、陽気な酔漢たちを包んだ。
 
 酒の肴として供される話題は、自然と一年前の今日を振り返ったものになる。
 入れ替わりで訪れる村の、もう飲める年齢だろうと言われれば、笑って杯を受け取った。しかし、その味は時に苦い。
「あの頃のユウナ様がどんな気持ちでお過ごしだったかと思うとなあ…」
 年配のひとりが放った一言に、ティーダの頬が強張る。気安さも手伝っているのだろうが、アルコールで滑らかになった舌に乗せる言葉は、素朴で嘘がないだけにいっそ容赦がなかった。
 主賓の青年は切り返す言葉を探しあぐねたまま、説教の形をした理不尽な糾弾をひとしきり聞かされる羽目になった。本当は、放っておいた訳でもなく、むしろできるならすぐにでも飛んで戻りたかった。それができない事情がこっちにもあったのだ。そう言ってやりたかったが、ユウナを待たせたことには変わりない。不在の間ずっと彼女を悲しませた罪は、他人から言われるまでもなく自覚している。
 この人に限らず、島の人間は純粋にユウナを慕い、味方であろうとする。言葉の端々からそれが分かるだけに、古い人間の考えを一蹴するのも気が引けた。
 そして嵐と小言は頭を低くしてやり過ごすのが最も被害を小さくする方法だというのも、島で暮らすうちに覚えたことだ。
 一通りの小言が途切れたところで、キッパの呑気な声が割って入った。肉付きの良い頬に笑顔をたたえ、ティーダの肩をぽんと叩く。
「まあまあ、こうして反省してちゃんと帰ってきたんだし」
 ちょうどの頃合を見計らう手腕はさすがだ。反省のくだりは余計だが、とにかく助かった。ティーダが目でサインを送ると、彼も合わせた目で笑って見せた。
 キーパーのファインセーブに乗じて、ワッカがティーダの首に腕を巻きつけた。突然の攻撃に、思わず体が前のめりになる。
「おう、二度目は無いぜ。な?」
「ちょ、やめろってワッカ!!わぁーったって、ないないないない!!」
「責任持って幸せにしろよ!絶対だぞ!」
「します!!しますから離せって痛い痛い痛いーーーーっ!」
 暴れるエースの頭髪を乱雑にかき回して、監督は大声で笑い飛ばした。オーラカ監督の豪快な笑い声につられ、周囲もどっと沸いた。
「ちぇ、今更言われるまでもないっつーの」
 酸欠で目の前がくらくらする。痛む首をさすりながら、ティーダはひとりごちた。物凄く大切な約束をどさくさのうちに宣言した気もするが、ユウナを一生かけて幸せにする覚悟なら、もうできているから今更だ。
 いつの間にか、空白の年月を責める空気は霧散していた。

 仲間の援護を受けながら奮闘するエースに救いの手を差し伸べたのは、もう一人の主賓だった。ユウナは彼にガードの命を下し、供として連れ出したのだ。
「少し酔ったみたい。潮風に当たりたいな」
 悪戯っぽく笑った彼女に、彼も片目をつぶって応じた。
 二人は酒宴の輪を抜けて、海岸へ赴いた。

「楽しかったな」
 天を仰ぎ、ティーダは大きく伸びをした。
 頬に当たる夕日がの熱が心地よい。隣で微笑むユウナもまたほんのりと温かな色に包まれている。
「今日で一年か、すごく短かった気がする」
 今日の出来事を思い返すだけで、心の底から笑顔になれる。
 ビサイドのもたらす恵みと島の人々の情愛深さが身に沁みた。陽気で人懐こくて口の悪い彼らが、どんなにユウナを好いているかも改めて思い知った。
 微笑み返したユウナの美しい面差しに、ふと寂しさが混じる。彼女は、彼が何気なく口にした、"楽しかった"という言葉の意味を噛み締めていたのだ。
 過去形が、終焉の現実を思い知らせる。楽しい時間はあっという間だ。
 始まりがあれば、必ず終わりがある。しかし終わりがなければまた始まりもない。
「───キミを探す夢、今でも見ることがあるんだ」
 ユウナは、半ば無意識のようにぽつりと呟いた。強い潮風が、美しい栗毛をさらいその表情を隠す。
「そっか」
 ティーダはそれ以上、何も言わなかった。
 日が落ちれば床に就き、ぐっすり眠れば、また変わらない朝がやって来る。目覚めれば愛する人が傍らで微笑んでいてくれる。
 取るに足らないような何気ない毎日。その尊さを誰よりも分かっているのは、彼女が望んでも得られない苦しみを知っているからだ。
───苦しみを背負わせたのはオレ。
 失うことへの恐れは、幸せな日々を重ねることで薄れはしても、決して消えることはない。自分の罪も。
 だからこそ。
 何も言わない代わりに、そっとユウナの肩を引き寄せた。そして両の腕を回し彼女を包むようにぎゅっと抱きしめた。
───オレはここに居る。
 口先の気休めなど意味が無い。ただ、今自分にでき得る最善を尽くす。
 花に似たユウナの香りが彼を酔わす。腕に抱いた温もりを確かめながら、彼は誓いを新たにした。
───ここに居て一生ユウナを守る。

 長い抱擁の後、ティーダは口許に指をあてがい、吹き鳴らした。
 鋭い音が、金色に輝く水平線に向かって奔り、空を貫いた。
「約束したろ?だからオレ達、きっと大丈夫」
 そう言って笑う彼の心に、迷いはなかった。

 彼の力強い約束に、ユウナも指笛で応えた。世界で一番大切な人の笑顔が花開く。
 輝きの瞬間を心に刻み付け、二人は金色の珊瑚礁に沈み行く太陽を見送った。



[FIN]
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X-2発売10周年おめでとう!
あれから10年もたつなんて信じられません!10年でも20年でも、末永く幸せでいたらいいと思います!

昨年7月、FSSに上げた「一年目の約束」の増補改訂版です。ティユウ成分の多いところを先にお披露目しましたが、もともとはティーダが島の仲間とわいわいやってるのを書きたかったのでした。
今HTML組むために7周年のファイル見たら、3年前も同じようなことしてて自分の進歩のなさに絶望した。


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