A ray of Sunshine


「そろそろ出かけないと、本当に遅れちゃうよ?」
 ユウナの声は、心配を通り越して少々焦れていた。
 トーナメントの開幕を控え、スピラ中の強豪チームがルカに集結するこの時期、ビサイド・オーラカのメンバーも揃って遠征に出かけることになる。
 その集合時刻が刻一刻と近付いているのだ。

 窓際のカウチに寝そべっていたティーダは、壁の時計に視線だけ走らせた。
「あと十分後でも大丈夫ッス。」
「またそんなこと言って。」
 お気に入りの場所に伸びたまま動こうとしない彼。腰に手を当てて、ユウナはため息をついた。

 玄関には、当座の用意を詰め込んだ小ぶりの旅行カバンがひとつ。出番を待ちわびて所在無げだ。

「ワッカさんにも散々言い含められているんだから。連絡船だって、今度はもう待ってくれないよ。」
 前回の遠征時には、集合時刻どころか出港時刻になっても現れないオーラカのエースを待つために、連絡船が出港を五分遅らせた経緯がある。
 今日は何があっても遅れるわけにはいかなかった。
「だってあれはさ。ユウナだって…」
「とにかく!もうそろそろ出かけなくちゃ。今日の見送りは村の出口までだよ?」
 もぞもぞと反論しかけたティーダを、ユウナはぴしゃりとやり込めた。
 海へと続く森の小道で要らぬ道草をくってしまったのは、名残を惜しんだがための共同責任といえばその通りだったけれど、だからこそ同じ過ちを犯すわけにはいかなかった。
「ユウナ、冷たいッス…。」
 彼はカウチの上で膝頭を抱えると、子どもっぽく鼻をすすり上げた。
 お日様色をした前髪の間から覗いた瞳はいかにもしょげ返った様子だった。
 そのプレイでスタジアム中を魅了し、オーラカの、いやブリッツ界のエースとして君臨する人物も、彼女の前では形無しだ。

 聞き分けのない幼子みたいな彼を知っているのは、スピラ中でただ一人だけ。
 それが分かっているから、ユウナは毎度苦笑するしかないのだ。

「じゃあさ、ユウナはオレと離れて寂しくないワケ?」
 ついに開き直ってしまったティーダは、口をとがらせて彼女に難問をつきつけた。


「再会の楽しみができると思えばいいんだよ。それに…」
 ちょっと困った風に指を組むと、ユウナは小首を傾げた。そして

「離れていても、ここに、キミがいつもいてくれる気がしてるんだ。」
 そう言って自分の胸に手を当てる。そんなユウナを見つめるティーダは不満そうに口を開いた。
「オレはそんな風に割り切れないし…何だか妬けるッス。」
「え?」
 彼の口にした言葉をはかりかねて、彼女は少々たじろいだ。
 恋人の表情は、自分を困らせようと企んでいる時のそれだったから。
 スピラの救世主である稀代の大召喚士も、時にはただ困るしかないときもあるのだ。

「ユウナの胸に住んでるオレってやつにさ。」
 上目遣いに見上げた青い瞳はいつの間にか奇妙な余裕をたたえ、男っぽい美しさを備えた口元に薄い笑いまで浮かべている。
「オレがユウナを置いて出かけなくちゃいけないのに、そいつはユウナとずっといるッスか?」
 無茶な論法を展開するのは、二人でいる時間を引き伸ばしたいあまりのこと。
 そう思うと愛しさが勝る。心を鬼にするはずが、ついくじけてしまいそうになる。

 私だって思いは同じだよ?
 例え一時だってキミと離れたくなんかない。

 平衡感覚を失ってしまったかのように、足元がふわふわする。
 溢れ出て止まらない気持ちを、せめて微笑みで伝えながら。

 世界で一番愛しいただ一人との歩を、少しずつ縮めていく。
 空色の瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えながら、見つめ返し、そして。



 顔を寄せた彼女の唇が、彼のそれに触れた。
 ――――ユウナから贈る、キス。



 驚きに見開かれた青い双眸には、恥ずかしげに微笑む自分が映っている。
「胸の中のキミには、こんなことできないよ。それでも?」
 小首を傾げたユウナのまなざしに、ティーダは声を失ったまま、ただ首を横に振ることで応えた。
 時に歯痒いほど恥ずかしがり屋の彼女が、自分から口付けをくれた。その事実は我を忘れるほどの驚きを彼にもたらしていた。
「キミのここに、私はいない?」
 雪のように白い指先が彼の胸元に伸びた。日に焼けた肌に白い指先が沿わされる。


 悪戯っぽい瞳をして見つめ返すオッドアイに、彼は降参するしかなかった。
「完敗ッス。ユウナの言うとおりだ。」
「よろしい。」
 やんちゃ坊主の悪戯を許すような台詞で締めくくった後、ユウナは頬を染めて再び笑んだ。
「離れていても、いつも心は繋がっているよ。」

 例え傍にいなくても。
 離れていても感じてる。キミの温もり。




 このまま高まった気持ちを交し合う時間は、残念ながらもう残されていなかった。
「大変!」
 逞しい腕に包まれたままのユウナが、小さく叫ぶ。
「もう本当に時間がないよ。間に合うように送り出さないと、私がワッカさんに叱られちゃう。」
 美しい柳眉を困惑に曇らせ、見上げた彼女は恋人に訴えた。

 困り顔さえも可愛くてしょうがなくて、それが余計に自分を引き止めていることを多分自覚していないんだろうな…
 勝手な責任転嫁を自らの胸にしまいつつ、ティーダも渋々頷いた。自分一人の身にならともかく、万一ユウナとの時間を制限されるペナルティーなぞ課せられてはたまらない。
 名残惜しそうに抱擁をときながら、
「しょうがないな。うだうだしてても始まらないし…。」
 うん、と一つ頷いた青年の顔は、双肩に乗った使命と責任とを再確認したエースのそれに変化していた。
「じゃ、行ってくるッス。」
 玄関で一通りの持ち物を確かめて、戸に手をかける。
「見送りはここでいいッス。その代わり…」
 
 会えない辛さの分だけ、希望をうんと膨らませて。
 そうすればもっと素敵な再会が待っている。
 もっと、もっと。嬉しいことに欲張りになりたい。
「また、ユウナからくれよな。今日我慢した分のご褒美も一緒に!」


 熟れたリンゴのように色づくユウナの頬に「行ってきます」のキスをすると、ティーダは力強く今日の一歩を踏み出した。
 ビサイドの空に輝く太陽よりも眩しい笑顔をユウナの胸に残して。







-FIN-
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敬愛するベラッカさんへ捧げます。
別れ際が寂しくないといえば嘘になりますが、その分また会えたときの嬉しさってひとしおなんじゃないか。
そんな思いをこめました。
愛の巣箱よ、たくさんの感動をありがとう!
馴染み深いサイト名とはひとまずお別れという形になる予定のようですが(くすん)、これからも応援しています!

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