二人の客人を迎え、ビサイド村にあるワッカの家は普段以上に賑やかさを増していた。
「それがね、ティーダったら。何と…」
「あ、ユウナ!それは反則ッス!大体あれはリュックが!」

 スピラ中を飛び回り、日ごと紡がれるカモメ団の武勇伝。
 かたや赤ん坊の天真爛漫ぶりに毎日振り回されながら、常に発見のある毎日。
 
 それぞれのいとおしき日常。二組のカップルは、お互いの近況を賑やかに語り合い、ひとしきり笑い合った。

月白(つきしろ)


「せっかく二人揃ったんだ。飯食って行けや。」
「あ、悪い。これからまだ一仕事あるッス。」
 気遣いは嬉しいけれども、夕飯をご馳走になれば宴会になることは目に見えている。唯でさえイナミの世話に忙しいルールーの台所仕事を増やした挙句、酔っ払いの面倒を見させるわけにはいかない。
「もう日も暮れるってのに、どこへ行くんだ。遠慮なら、するこたねえぞ。」
「こう見えても、売れっ子スフィアハンターは忙しいんだ。」
 笑って片目をつぶって見せるユウナ。
「売れっ子は結構だけどよ。次の強化練習には絶対合流しろや?でないとエースの称号剥奪だ。」
 愛想笑いを返したワッカは、急に渋面になった。ティーダを厳しい視線でひとなでするなり、そう宣告する。
 ビサイド・オーラカの鬼監督へと変化した父親の顔を、膝に座った幼い息子がきょとんと見上げた。
「うええ、そりゃ横暴ッスよ!」
「他の選手に示しつかんだろうが。ブリッツはチームプレイが大切だ。」
 慌てるエースの横っ面を、監督は逞しい腕を伸ばして小突いた。
「何なら合宿にするか?ユウナも顔を出してくれたら、あいつらの士気も上がって一石二鳥だ。」
 大真面目に説教しながら、いつの間にか目が笑っている。
 時々度が過ぎてうるさくもあるこの男の物言いは、二人を身内のごとく気遣う気持ちがあるからこそ。それが分かっているから、ティーダもユウナもビサイドへ寄る時には必ず顔を見せることにしているのだ。
「ま、それはともかくとしてよ。本当に時間ないのか?ルーの飯はうまいぞ。」
「今のノロケだけで腹いっぱいッス。」
「ふふっ、ご馳走様でした。」
 ユウナの追撃が間髪を入れず続いた。ティーダはしてやったりとばかりに唇の端を吊り上げた。援護のお礼にちらりと視線を送ると、当の本人は澄ましたままでくすくす忍び笑いを漏らしている。
 絶妙なコンビネーションプレイに、ワッカは金魚のように口をパクパクさせるばかりだった。が、やがてわざとらしくごほんと咳払いをした。
「んー、だがなお前。ブリッツとスフィアハンターの両立ってのは、正直どうなんだ?」
「次の練習はちゃんと合流するッス。オレ、船を下りるつもりだから。」
 あっさりとティーダは答えた。柔和な笑みを絶やさず聞いていたユウナの肩は、しかしぴくりと震えた。
「スフィアハンターの仕事はおもしろいけど、ブリッツの片手間にやれるほど甘い稼業じゃないってことがよく分かった。」
 奥底に決意を秘めた声はワッカにではなく、むしろ傍らで黙って聞いているユウナに向けられていたかもしれない。
「だから、そろそろケジメをつけなくちゃ…って最近思ってた。オレはブリッツ選手としてベストを尽くしたいッス。」
 重大な決定をさらりと言ってのける青年の瞳を見つめながら、ユウナもまた心の奥である決意を固めていた。胸のどこかで、こうなることをずっと前から予想していた気がする。それを迎えたとき、自分はどうするだろうかも。

「身辺整理にはまだ少し時間かかるから、今すぐ島に帰るって訳にはいかないけどな。」
 部屋にわだかまったシリアスな空気を自ら壊すように、黄金色の頭髪をかきながらティーダは舌を出した。
「身辺整理って、お前なあ。」
「今押し付けられてる雑用だけは終わらせてから足洗わないと、コワイ先輩に何言われるか分かんないッスよ。」
「あ、ひどーい。アニキさんはともかく優しい先輩ばっかりでしょう?」
「おーいお前ら、犬も食わないようなケンカはだなあ、」
 さっきのお返しとばかり冷や水を浴びせておいて、
「飯の後にしろや。」
 鬼の首を取ったように得意げな顔で、ワッカはにっと笑って続けた。
「そうそう、人数分作っちゃったわよ。悪いけどあんた達、お皿を出してちょうだい。」
 ルールーがテーブルに乗せた大鍋からは何ともおいしそうな匂いが漂い、若い健康な胃袋を刺激せずにはおかなかった。
 二人は顔を見合わせ頷き合うと、先を争うように立ち上がって食器を並べ始めた。





 
 日はすっかり暮れ、空にはひしめくように星が瞬いていた。今夜の天は雲ひとつなく晴れ渡っている。
 簡素な作りの扉が開き、地面に温かな団欒の光がこぼれ出た。

「ご馳走様。旨かったッス。」
 底抜けとも思われるような食欲を質、量ともにすっかり満足させた若者は、恩人に向かって屈託なく笑った。
「結局長居しちゃった。ごめんね。」
「何他人行儀なことを言ってるのよ。イナミのことなら、すっかり眠ったみたいだから気にしないで。」
 すまなさそうに肩を縮めているユウナをルールーは一笑に伏すと、家の中をちらりと振り向いた。さっきまで眠気のためにぐずっていた赤ん坊の泣き声は、父親の腕の中で次第に静かになりつつある。
「お休みなさい。」
「じゃ、次の練習日に。」
 さようならと挨拶するのは何かそぐわない気がして、二人はそれだけを言った。
「おう、またな。」
 寝かしつけに成功したのだろう。家の中から戸口へと出てきたワッカが、白い歯を見せた。

「いつでも寄ってちょうだい。待ってるわ。」
 ルールーの声は、家族を送り出すような優しさに満ちていた。ティーダとユウナは図らずも同時に口元をほころばせ、小さく頷いた。

 玄関で小さく手を振る夫妻にもう一度手を振り返してから、ティーダとユウナはすっかり夜の帳が下りた中を歩き出した。家々の前に焚かれた松明の明かりが、昼間のスコールで湿った土に光の輪を落としている。

「ごめんな、ユウナ。何の相談もなしに決めちゃってさ。」
「スフィアハンターをやめて、ブリッツに専念するってこと?」
 隣を歩くティーダを、ユウナは見上げた。松明の明かりに照らされた精悍な横顔がふとこちらを向く。透明な泉を思わせる視線は、真剣な光をたたえている。
「このままどちらも半端になるのは、一番イヤだからさ。オレ、やっぱりブリッツが好きなんだ。」
 驚きや落胆はなく、彼の決断をユウナはごく自然に受け止めていた。
「多分、キミはそう言うと思ってた。実は私も考えてることがあるの。」
 小首を傾げるようにして微笑む彼女のオッドアイが、悪戯っぽい光を閃かせた。
「何?考えてることって。」
 興味に目を丸くし覗き込んで尋ねるティーダに、ユウナは茶目っ気たっぷりに答えた。
「まだ内緒。」


 数歩歩いた所で、二人は寺院の階段を下りてきた小さな人影に気付いた。暗闇にも真っ白と分かる長髪と背を屈めた姿から、老婆であることが夜目に見て取れる。
「おお、大召喚士ユウナ様。今夜はまことによい晩ですな。」
 痩せた腕を大きく手を広げてエボン式の礼をとった人物に、ユウナはぺこりと頭を下げた。
「こんばんは。」
「ビサイドに、おいででしたか。何とまあありがたい…。」
 偉大なる大召喚士に会えた嬉しさに、島の老女はユウナの手を取らんばかりにして興奮気味に話し続けている。
 深い皺の刻まれた顔をくしゃくしゃにしている素朴なエボンの民。にこやかに応じるユウナ。半歩後ろで所在無げに眺めていたティーダは、その事実に気付いた途端、頬を引きつらせた。
 老人の顔には見覚えがある。初めて会ったのは2年前。
 「……うへぇ。……」
 心情を思わず声に出してしまったのも無理はない。掟を破った少年を罰当たりだと非難し、あの夜ユウナの傍へ一歩たりとも近付かせなかった、あの頑固老人だ。しかも再び島を訪れた時には、ユウナを「たぶらかした」とまで言い放った。
 更に悔しいことに、こんな老人を相手に口汚くケンカするのも…とためらう結果、いつも言われっ放しでいたのだ。
―――苦手ッス。このばあさん…。
 背筋がむず痒くなるのを感じながら、ティーダは胸の中で呟いた。
 悪寒の原因となった人物のほうも、青年の姿を認めて急に鋭い目つきになる。頭から爪先まで品定めするようにねめつけると、もぐもぐと何やら口を動かした。
 蛇に睨まれたカエルの気分というのは、きっとこんな気分に違いない。およそ臆病とは縁のない彼だったが、この場合は相手が悪すぎたと言うべきだろう。

「2年もお待たせするとは何たる失態。お優しいユウナ様が許しても、この婆は容赦せんぞ。」
 今日こそはと反論の言葉を探しながら身構えた青年を、白髪の老婆はじろりと睨み据えた。
「まことのガードならば、二度とお傍を離れるでない。」
「……へ?」
 相変わらず自分の言いたいことだけ言ってしまうと、老女はふんと鼻を鳴らした。毒気を抜かれてぽかんと突っ立っているガードの青年にはもはや目もくれない。もう一度ユウナにうやうやしく礼をして、小さくとも悠々とした足取りで歩き去った。

 松明の向こうに消えた小さな背中を呆然と見送っていた彼は、くすくす笑うユウナの声に、ふと我に返った。
「ちぇ、言われなくてもそのつもりだって。」
 笑われておもしろくないガードは口を尖らせ、大召喚士は更にぷっと吹き出した。
「2年かかって、やっと認められたね。キミ。」
「そりゃどーも。」
 手を頭の後ろで組んで空を見上げたティーダに、ユウナがはにかみながら近付くと、静かに寄り添った。
「ううん、私達って言ったほうがいいかな。」
 見開かれた蒼い瞳は、星明りを映して煌めいていた。少し照れたように微笑んだ彼は、肘を差し出す。自分の細い腕をそっと絡めながら、彼女が幸せそうに呟いた。

「こうやって一緒に歩けるって、素敵だね。」
 
 キミと再会できて、よかった。
 最初は、また夢じゃないかと思った。
 誰にも内緒だけど、涙で枕をぬらした日は数え切れないほどだったもの。

 もちろんキミが還りたいって強く願ってくれたお陰だと思う。
 それに私もキミと再会するために、色々と頑張ったんだ。

 でもきっと、それだけじゃない。
 私達の再会を応援してくれる沢山の想いをいつも感じていた…ううん、今も感じているの。

 それは歌姫の、千年を越えた切ない呼びかけだったり。歌に耳を傾け大切な人を想うスピラの人々みんなの望みだったり。
 人だけじゃない、海も空も、太陽や月さえキミがスピラに生き続けることを祝福してくれている気がする。

 大切な約束が、キミと私をいつでも繋いでいた。強い願いが必然の奇跡を呼び寄せた。
 キミは、私にとってかけがえのない人。そして世界に望まれてここにいるんだ。


 村の門をくぐると、闇は急に濃くなった。半ば無意識に力のこもった華奢な指先を、彼は包むように握り返した。
 腕を組み寄り添ったまま、二人は海を見晴らす丘まで上る。豊かな海は黒々と横たわり星明りに銀の鱗を光らせた。

 しばらく黙って海を見つめていた二人は、ふと辺りが幽かに明るくなったことに気がついた。夜目に慣れたのとは少し違う。
 首をめぐらし空を見上げたティーダが声を上げた。
「月が昇ったんだ。」
 森の上にかかった月は、今まで見たこともないほど大きくて丸く見えた。
 月白の優しい光に洗われて、見慣れたはずの風景が生まれたてのように新鮮な色を帯びる。



「私ね、嬉しいんだ。」
「え?」
「気付いてた?キミは”来る”じゃなくて、”帰る”って言葉を使うの。この島に。」

 ここがキミのホーム。
 スピラでの故郷。

 きょとんと見返したティーダは、次の瞬間笑み崩れた。
「ああ、そうだな。いつの間にか、ここが第二の故郷みたいな気がしてる。」

 ユウナに初めて出会い、真実に生まれ、そしてユウナに再び会えた。
 全ての物語の始まりがこの海にある。
 





 重なる二つの人影を月が照らす。白と蒼の滑らかな境界線をたどりながら淡く輝き、夜空を薄墨に染めた。
 クリームのように優しい波頭が幾重にも重なり、彼らの時間を優しく包んだ。








 再び始めよう。二人の物語を。
 月白に浮かぶこの海から。







-FIN-
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月白(つきしろ)・・・月が出るときに空が明るくなり、白く見えること。
…と、手持ちの辞書にはあったのですが、Webで調べたら結構違う意味も持っているみたいです。はは。(いいのかそれで)
何だかつかみどころのない単語なので、キーワードとして何とか無理矢理ねじ込むという荒業に出ました。
題名が先に浮かぶと、ろくな作品に仕上がらないジンクスをまたひとつ証明してしまった気もします。(汗)
ときに、ビサイド島のあのお婆さん。話すたびに腹の中で「コンチクショウ!」と思ったのは、自分だけではないと信じたいです…。

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*Written by* どれみ
*Presented by* Sunny Park http://fineday.jpn.org/