北から吹く風が、金色の蝶を引き連れてやって来る。
 手を伸ばし、冬の贈り物を受け取ろう。

 

冬の贈り物




 リーダーの雄叫びは、頭を低くしてやり過ごすだけなのでさほど困らない。報告を終わってブリッジを出たところで、ユウナはパインに呼び止められた。先にエレベーターに向かっていたティーダも合わせて立ち止まる。
 どうも待ち構えていたらしい。廊下の壁に背をもたせかけたまま、銀の意匠を身に飾った女剣士は唐突に問いかけた。
「で、何を見つけたんだ?」
「え?」
 とぼけ顔の下に隠された秘密を暴き出そうとするように、意味深な視線がユウナの顔をひとなでする。腕を組んだままパインはたたみかけた。
「何もなかったって顔には、とうてい見えないけどな。」
 彼女の鋭い追撃をかわすのは、難しい。他人に興味を持たない代わり誰にも心を開かなかった以前に比べればよっぽどいい傾向だとは思うけれど。
 小さく苦笑いして、ユウナは大事な友人に今日の出来事を打ち明けた。






「ダチさんの情報によると、この辺りのはず。」
 飛び去る母船を見送ったユウナは、腰に手を当てて辺りを見回した。赤や黄をした木の葉が、黒々とした冬の大地に散りばめられている。
 人里から遠く離れた山間の地は、時折聞こえる鳥の鳴き声のほか森閑とした静けさに包まれていた。
「他に何か手がかりはあるッスか?」
 最近仮入団したばかりの駆け出しハンターが先輩に尋ねる。
 今回のミッションでユウナとチームを組んだのは、団員候補生としてセルシウスに乗り込むことになった青年で、名前をティーダという。ひと目で鍛え上げられていると分かる体躯に、鼻筋の通った優しい顔立ちが気持ちの良いバランスを保っている。陽に透ける蜂蜜色の髪は、彼の内面そのままを表すように明るい輝きを放つ。

 問われたユウナは、両手を組んだ。背筋を伸ばすと左足を軸にしてくるりと後輩へ向き直った。
「あっちの森が怪しいよ。」
「…それって、何か根拠があるのかよ。」
「ベテランハンターの勘って言って欲しいな。」
 先輩はウィンクしながら人差し指を出すと、顔の前で振って見せた。
「は〜い!ユウナ先輩について行くッス。」
 おどけた調子で、彼は勢いよく右手を上げた。やや神妙になってしまったのは、スフィアハンターとしての勘所がまだ掴めていないせいだ。これから経験を重ねて身につけるしかない。
 二年前、召喚士になりたてのユウナと出会い旅を始めた頃のことが思い起こされる。自分の境遇に戸惑い不安でしょうがなかったけれど、見るもの全てが新鮮だった。
 懐かしく思い出しながら、ユウナに半歩遅れて歩き出す。
 ハンターだろうと、ガードだろうと、すべきことは変わっていない。
 この手で守りたいのは、二年前も今も変わらないただひとり。
 
「ホントに微弱な信号だったから、そもそもあるかどうかも分からないって言ってたけどね。」
「とにかく探してみよう。せっかく新アイテムを持ってきたんだから、試してみるッスよ。」
「じゃあ、シンラ君印の”5.03号機”にご登場いただきますか。」
 5.03と言う数字は、実の所あまり意味がない。途中マキナ派リーダーの面白半分なアイディアが盛り込まれた結果、半端な小数点以下がついて呼ばれるようになった。
 正確なバージョンはとうに不明になっているといういい加減さだけれども、機能は着実に進歩していたのがアルベド族の真骨頂といったところだろう。スフィア波検索装置の本体と端末を分けることで小型軽量化に成功し、今ではポケットに入るほどの大きさまで漕ぎ着けた。




 風は少し冷たいものの、こうして歩いていれば寒さは少しも感じなかった。
 例え触れていなくても、すぐ傍に感じる互いの温もりがそうさせているのかもしれない。
 冬の空は高く、風の筆で刷いたように雲が白くたなびいている。


 目の前に広がった見事な自然の造形に、ティーダは思わず歓声を上げて駆け込んだ。
「うっわぁ、すごいッス!」
 至高の空に向かって、枝を真っ直ぐ差し伸べるイチョウの森。大木の根元は、鮮やかな黄色に色づいた葉にすっかり覆われていた。見上げれば、頭上にめぐらされた枝から金色の欠片が舞い落ちてくる。それは羽を広げた黄色の蝶が群舞するようにも見える。
 靴の底に、かさ、と気持ちよく乾いた音がした。金の絨毯を半ば跳ねるように踏みながら、子どものような笑顔で彼が叫んだ。
「ユウナも早く来いよ!」
 彼を追って栗色の髪をなびかせたユウナは、一面に敷き詰められた黄葉の上でしばし立ち尽くした。
「わ、すごい…。」
 イチョウの落ち葉によって色鮮やかに美しく装った地面は、足を乗せるのがためらわれるくらいだった。
 耳を澄ませば足元から聞こえるカサコソという音。
 

 真ん中にそびえるひときわ大きなイチョウ。太い幹を抱き抱えるように手を広げたティーダが、真っ直ぐ空を仰いだ。
 後から後から降ってくる鮮やかな黄葉は、時折彼の髪や肩を飾って軽やかに舞い落ちる。

 穏やかな初冬の午後、陽だまりの森に広がった小さな情景を、ユウナは胸に温かく満たされるものを感じながら見守った。
 見つめる視線に気付いたのか、こちらを向いた彼がはにかんだように笑う。

 陽光に映える金の髪、日に焼けたキミの顔。
 そうやって私に笑いかけてくれるたび、キミは本当の太陽みたいだって確信するんだ。

「こんなにたくさんの葉っぱ、毎年どこへ消えていくんだろう。」
 素朴な問いに、ユウナは自分の知っている限りを答えた。
「春までに幻光になって異界の深淵へ帰るの。枝から離れた瞬間に、葉っぱは命の終わりを受け入れているんだって。すぐに消えてしまわないで、冬の間小さな生き物を寒さから守る役目を果たしてから少しずつ帰っていくんだよ。」

 異界の深淵には命の流れが脈々と流れていた。その流れの中では自然のあらゆるものが一つに解け合うことが出来る。人も、想いも、スピラの命全ての源が、きっとあそこにあるのだろう。

「そしてまた芽吹きの季節には、異界の本流から流れてきた新しい命が形になるんだ。」
 命の環を描くユウナの言葉は、ティーダの心にほんの少しの切なさと、それをはるかに上回る強い感情をもたらした。
 胸の底から湧き上がる。喜びにも似た気持ち。命を守り消えていく葉も、生命の輪廻を経ていつか再び世界と出会う。

「…ってことは、オレやユウナの中には葉っぱだったものが混じっていたり、この先オレの一部が葉っぱになったりするかもしれないってことか。」
 分かりやすいけれども端的過ぎる例えに、ユウナはついくすっと吹き出した。
「あーっ、そこで笑うなって!人がせっかくシリアスに考えたのに。」
「ご、ごめん、だって…。」
 彼女はそう言ったきり、今度は本当にころころと笑い出した。ぷっとむくれた彼も、軽やかな笑い声につられるようにして早々と相好を崩した。
 ようやく笑いを収めて息を整えてユウナは顔を上げた。視線の先には、空の色をそのまま映したような瞳の色。

 太陽の恵みを一身に受けスピラの全てと繋がるキミが、まぶしいくらいに輝いて見える。
「そうやって生き物みんなの命がどこかで繋がっているって…素敵だね。」





 金色の葉が、それを教えてくれた。
 大地をめぐり空を舞う命の贈り物に感謝しよう。
 キミと私の命も、きっとどこかで繋がっているんだ。
 
 
 
 




「さーて、仕事仕事。」
 再び大木を見上げたティーダは、一つ頷くとおもむろに手を高く伸ばした。
「よっ…と。」
 彼は敏捷な身のこなしで、またひとつ特技を披露した。するすると樹を登っていくその姿は、見る間に枝葉の色に溶け込んでしまった。
「気持ちよさそうだね。そこ。」
「何か手がかりになりそうなもの、見えるかな〜と思ってさ。」
 任務をこなすポーズをさり気なくアピールしながら、黄葉の間から伸ばされた手がユウナを手招きした。
 彼女が樹の根元に寄った途端、ポケットの中の検索装置が小さな音を発した。
「あれ?装置が反応してる…。」
 取り出してみると、確かに微弱なスフィア波を受信している。発信元はどこだというのだろう。ユウナが試しに地面に近づけてみると強くなり、遠ざけると弱くなる。
 ティーダはくるりと宙返りして枝から飛び降りた。しゃがみこんで確かめている彼女の隣へ寄って、背を屈め覗き込む。
「ってことは、土の中ってことッスか?」
「この下に遺跡が埋まっているのかもしれない。ずっと昔、ここはシンの激しい襲撃で地形が変わってしまったって聞いたことがあるから。」
 二人は顔を見合わせた。スフィアを手に入れるには、地面を大掛かりに掘り返さなければならないことになる。
「スフィア発掘しちゃうと、この樹は無事でいられないよね…どうしよう。」
 眉根を寄せたユウナに、ティーダはこともなげに言った。真面目さを装いきれなかった彼の表情が、イタズラっぽい笑顔に変わる。
「簡単なことッス。何もなかったことにしよう。」
「そうだね。じゃあ、これにてミッション失敗っす!」
 快活な笑みをオッドアイにたたえた彼女も、嬉しそうに不名誉な宣言を口にする。







 かくしてこのミッションは、表向きは全くの成果なく終了した。
「ふーん。」
 ユウナの話を聞き終えたパインは、赤い瞳にちらりと笑みを含ませた。
「私は何も聞かなかったことにしとく。」
 そして所在無げに立っている青年の肩を、すれ違いざまぽんとたたく。
「ま、ガードのあんたが一緒だから心配は無用だったな。次はちゃんとこなせよ、新米さん。」
「言ってくれるよなパイン先生も。」
 証拠隠滅の密約を交わした二人は、にっと笑いあった。

「ありがとう。」
 背中越しに聞こえたユウナの声に、彼女はいつものクールな微笑で応じた。
「当然だろ。過去の遺物よりも、今生きてるもののほうが大事だ。」
 


 




 一週間後。
 一日千秋に感じた別行動の七日間を経て、二人は久しぶりにルカで落ち合うことになった。衆目の手前、抱き合ってしまいたいほどの嬉しさを精一杯の笑顔に変えて、ティーダとユウナは再会を祝った。

「はい、おみやげ。」
 まるで待ちきれなかったといわんばかりに、ティーダはポケットから何かをつかみ出す。
 ユウナがそっと差し出した両掌に、小さな包みがぽんと乗せられた。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろんッス。」
 ほのかな温もりが贈り主の気持ちをそのまま伝えるようで、ユウナは心が弾むのを感じた。

 包みの中から出てきたのは、シトリンをあしらったアースカラーのラリエットだった。
「ユウナ、普段はブルーとかピンクが多いけど、こういう色もたまにはいいかなと思って。」
「わあ、綺麗な色だね。」
 目を細めながら、ユウナはしばし見入った。イチョウの森で見た、まばゆいばかりの金色を思い出す。

 普段自分では選ばない色なのが新鮮で、それが余計に嬉しい。
 自分でもまだ気付いていない新しい私。キミはそんな私を見つけ、引き出してくれる。
 陽光をそのまま閉じ込めたような色石の輝きは、キミの笑顔がくれるあったかさに似ているよ。

「似合う?」
「ばっちりッス。」
「これに合う色の服を揃える楽しみができちゃったな。」
「ははっ。フツー順序が逆だよな。今から買いに行くッスか?」

 それにしてもなんと言う奇遇だろう。
 冬の森が見せてくれた美しい情景に思いを馳せ、ユウナも彼に贈り物をしたいと準備を進めていたのだ。
 ふと立ち寄った店で、手に取らずにはいられなかった色。
 慣れない作業はなかなかはかどらないけれど、彼を驚かせるその日を思うとワクワクして仕方がない。
 慌てる必要はない。冬はまだ始まったばかり。


 イチョウの絨毯を踏みながら、二人で見上げた冬晴れの空。
 同じ色の毛糸で編んだマフラーは、きっとキミに似合うと思う。

「ふふっ。嬉しいな。」
「何?」
「…冬ってこんなに素敵な季節だったんだ、って再発見できたから。」
 




 大陸から吹く冷たい風も、お互いの温もりを寄り強く感じあえる冬からの贈り物。
 低い場所で控えめに輝く太陽が、雑踏を並んで歩く二人の背を優しく包んだ。



-FIN-

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そりゃ一緒にいられさえすれば、例えガガゼトの山頂だって寒くないよねこの二人は(笑)


自然からの贈り物、ティーダからの、ユウナからの贈り物。
さて、ユウナちゃんがんばって完成させてね〜。




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*Written by* どれみ
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