The first winter


 炎のような夕日が、遺跡群の向こうへ沈んでいく。それにつれ、遠くに霞むエボンドームのシルエットも紫の闇へ静かに溶けていった。
 風が強く吹いていた。霊峰に磨かれた風は、身を切るように冷たい。

 ここからの眺めは、最初に来た頃からちっとも変わってない。
 こんな言い方は変かもしれないけど、変わらない景色にちょっと安心する。
 懐かしい、って感覚なのかもしれない。
 オレと、ユウナと、オレ達を取り巻く色んなことが、ものすごいスピードで変わっていく毎日。こっちは二年のハンデを背負ってのスタートだったから、ユウナとは最初、ぎくしゃくしたりもした。
 あ、今はもうバッチリだから。愛の力は偉大ッス、なんつって。
 今じゃオレもビサイド村にそれなりに受け入れられてるって思えるし、オフシーズンは半ば当たり前みたいに島で過ごす。ユウナが住んでいるからっていう理由が大きいけど、オレにとっても第二の故郷みたいな気がしてる。じいさんばあさんの小言は時々うるさく感じるけど、それも前ほど嫌じゃない。
 前は、オレとユウナの気持ちの問題で、他人からどうこう言われる筋合いはないし、面倒ならビサイドじゃなくたって、どこでも好きな場所へ二人で行けばいいと思ってたんだ。
 でも今は少し違う。島の一員として、ユウナにふさわしい男として認めさせてやる!って気持ちでいる。
 ユウナを誰よりも幸せにするって決めたんだから、それくらいやってのけないとな。
 
 変わっていくことを怖がらないでいたい。
 でも時々は、変わらないものを確かめて、一息つきたいんだ。
 
 例えば、この。
 大昔に滅んでしまったガラクタのくせに、泣きたくなるぐらいきれいなこの景色を。
 振り向けば微笑んでくれる、愛しいただひとりを。
 
 ふいに、幻光の輝きに混じって、白いものが薄闇を舞った。見間違いかと思って目を凝らしたけれども、きらりと光を弾くそれは本物だと確信する。

 オレの手が、思わず空へ伸びる。
「あ、雪!」



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 機械戦争によって千年前に滅んだ都、ザナルカンド。かつて召喚士が多く住まい栄華を誇ったこの地は、シンの恐怖がスピラを支配する長い間、エボンの聖地であった。
 シンは驕れる人々への罰であり、人がシンに対抗する唯一の手段は、召喚士が聖地で授かる究極召喚。他には何もないとされてきた。そして究極召喚によってシンを退け、つかのまスピラにもたらされる平安は、ナギ節と呼ばれた。
 人々はシンの恐怖に震えエボンの教えを信じ、ひたすらナギ節を夢見るだけだった。シンを消し得る力を求めて旅する召喚士に、全ての希望を託しながら。

 そんな暗黒の時代も今は昔。
 スピラに終わらない平安をもたらしたのは、大召喚士ユウナ。その偉業の大きさは、歴代の大召喚士と比べようもない。何しろ、シンはもう、二度と復活しない。永遠のナギ節が始まり、スピラは繁栄の螺旋を上りだしている。
 そしてこれは一般には知られていないことだが、スピラは、つい最近まで再び存亡の危機に陥っていたところを、ほとんどの民がまったくそれとは気づかないまま救われていた。機械戦争の忌まわしき遺物、ひとたび動き出せば星ごと破壊しつくすであろう究極兵器ヴェグナガンの起動をすんでのところで食い止め、現文明の崩壊を防いだ人々がいたのだ。そのうちの一人は、誰あろうユウナその人だった。

 一度ならず二度までもスピラの窮地を救った救世主。二度目の偉業はそれほど多くの人が知ることはなかったものの、民衆から大きな賞賛を浴び続ける毎日に変わりはなかった。
 けれども当の本人といえば、その地位に不釣合いとしかいえない身軽さでスピラ中を飛び回る毎日だ。
 二度目の旅が終わり、ルカを飛空挺で飛び立ったあの日、彼女はまるで何かにせき立てられるようにビサイドへの進路を希望した。
 
 予感。いや、確信だった。
 
 少年と少女は、輝く海で奇跡の再会を果たした。
 
 さて、問題はここからである。
 二人は末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。……という訳にはいかなかった。──若い二人にとっては残念なことだが、世の常に照らし合わせれば全くもって当然ともいえた。世間は甘くないのである。
 大海に囲まれた南の果て、狭い島で身を寄せ合い、エボンの教えに従って慎ましく暮らす人々の考えを保守的であることを責めるのは酷というものである。
 ビサイド村に住む人々の数だけ生じた想いは、その多くが、やっとビサイドに戻ってきたユウナをもう二度と離すまいと彼女を縛りにかかったのだ。特に頭の硬い年寄りは、幸せそうな笑顔で村に現れたユウナに安堵し、そして軽薄そうな金髪の青年が隣でへらへら笑っているのを見て額に青筋を立てた。忘れるはずもない、二年前、従召喚士が祈りを捧げる場へ踏み込むなどという、許しがたい掟破りを働いた男だ。心優しいユウナが気遣ったか、後に彼女のガードとなったと伝えられたが、いつぞやユウナが寺院に反逆を企てたという噂が流れてきた時などは、あの痴れ者が召喚士をそそのかしたに違いないと、まことしやかに囁かれたものだ。

 スタートラインがそれだから、最初のうちは再び海からやって来た異邦人への風当たりは強かった。が、彼が村に溶け込もうと重ねた努力の結果、本人が覚悟していたよりも早く報われることになった。もとより若い者は屈託なく付き合ってくれたし、最初こそ冷淡だった年寄りたちの態度も、寺院での様々な雑用を引き受けるうちに、驚くほど軟化した。
 最初のうちは、点数稼ぎとあからさまな愚弄を受けて、運んでいたツボをそのまま床に叩き付けそうになったことが二度や三度ではないが、そのたびにユウナの顔を思い出して我慢したかいがあったというものだ。
 これは断じてインチキエボンに加担したわけではない。祈り子には世話になったし、寺院にはブラスカ像が祭ってある。ユウナの父親に敬意をはらっての奉仕作業と思えば腹も立たない。その横に並んでいる、歴代召喚士の名前は忘れたが、まあこれもついでに敬っておくことにする。
 そして、古い考えに縛られ教えにしがみついている老人達には、最初は気味悪さと怒りしか感じなかったのだが、島で暮らしながら冷静に観察しているうちに、彼らはただ、決まりきったおつとめを順番にこなし、静かな毎日を繰り返したいだけで、たまたまエボンの教えがルーチンワークの中身に向いていただけなんじゃないかと思えてきたのだった。
 そのために、ユウナを巻き込んだあげく寺院に縛りつけようとするのには辟易するが、最近では彼女もしたたかになって、上手にバランスをとりながらご老体の方々をあしらうことが増えてきた。
 他の地に住むエボンの民のことも気がかりだから……と、しれっと出発を告げるユウナと、大召喚士の言葉に感激して目頭を押さえる老人達の姿を交互に見比べて、現役ガードの青年は吹き出しそうになるのをこらえようとあさっての方向へ首を向ける羽目になった。
 そして今日も今日とて。
 大召喚士ユウナ様は、最果ての地と呼ばれるこのザナルカンドを、恋人と一緒に訪ねたというわけだった。
 
「やっぱさー、骨休めといったら温泉だよ!」
 通信用スフィアの向こう側、リュックが飛び跳ねんばかりのテンションでもって力説したのが発端だった。かつて決死の登山を強いられたガガゼト山は、昨今では温泉観光地として名を馳せている。
 たまには集まって楽しく騒ごうという企画が膨らみ、どうせなら温泉一泊旅行という流れで、ガガゼトに新しくできた旅行公司に集合とあいなった。
 昔は旅といえば、やむにやまれぬ事情で故郷を離れ、砂埃にまみれ雨に打たれながら目的地を目指す、いわば苦行や試練に近い代物だった。道中には魔物との遭遇をはじめ、危険が数多く存在した。
 ガガゼトなど、その最たるものだったのだ。
 けれども昨今では、道の整備が進み旅行公司の件数も増え、さらにマキナを用いた乗り物の登場で、格段に速く楽に移動できるようになった。
 人々の生活が豊かになるにつれ、旅の意義もまた変化している。非日常を楽しむレジャーとしての意味合いが強くなってきた。
 そこで二人は、リュックとの約束の前に、思い出の地ザナルカンドへ足を伸ばしたというわけだ。
 いっときは観光名所になりかかって多くの人でにぎわったこの地は、今ではサルが時折群れで姿を見せる以外に静寂を乱すものはいない。増え過ぎたサルの狼藉のせいで観光地として立ち行かなくなったという噂もあるが、そこのところは定かでない。
 観光資源として魅力的な場所ではあったが、あまりにも濃い幻光の影響で強大な魔物が頻繁に現れるために安全が確保できず、採算が合わないために急速にさびれていった。
 
 命の危険を顧みずこの地を訪れるという行為は、よほど思い入れがあるか、あるいは腕に覚えのある者のみが行う、いわゆる酔狂の部類に入るものだろう。
 そして、ティーダと共にザナルカンドの土を踏んだユウナは、そのどちらにも当てはまっていた。



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 横たわる遺跡郡の荘厳さは言い尽くせないほど、胸に迫った。
 寂寥ただよう遺跡都市の景観も、愛しい彼と二人きりで見ていると思うと、不思議に心躍る。幻光に霞む巨大な建物の群れは、何と美しい佇まいを見せていることか。
 初めて訪れた時には、自分も彼も、ここからの眺めを楽しむなど、とてもそんな余裕はなかった。こうして心持ちが変わるだけで、目に映る景色はまったく違った色を帯びて見える。不安を必死で押し隠していたあの頃が、懐かしく思い出すことのできる今は、何て幸運なことだろう。
 ユウナは、傍らに立つ愛しい人の横顔をそっと見上げた。すっと鼻筋の通った端正な顔立ちは、夕映えの残光を浴びて紅潮しているようにも見えた。
 見つめるユウナの視線に気づいて、ティーダが顔をこちらへ向けた。眼差しを合わせるだけで、温かな気持ちが胸を満たし、まるで夕焼けを飲み込んだような心持ちになった。
 
 薄明かりを残して暮れなずむ空。同じ場所で同じ空を見上げるわたし達。

 思い出の場所──小高い丘の上で、キミは長い間立ち尽くしている。
 立ち上る幻光の輝きに照らされるその背中を、わたしもまた、ずっと見つめている。

 最初にわたし達がここを訪れ、キミがその場所に立ったのは、シンを倒す旅の途中だったね。
「最後かもしれないだろ?だから──」
 急斜面を軽い足取りで上ったキミは、幻光の海を臨む高台の上でそう言ったね。
 焚き火を囲む輪の中で、わたしは優しい語りかけに耳を澄ませた。
 キミがぽんと肩に置いていった手の、温かな余韻を噛み締めながら。
 その頃のわたし達の間柄は、召喚士とガード。もちろん、命を預け合う深い信頼関係を築いていた。
 けれども想いを真に結び合うには、わたし達はまだ、子ども過ぎた。揺れる心の距離を測りかねて、傷つけたくないと思う気持ちがかえって互いを追い詰めていたね。
 失ってはならないものを失ってはじめて、人はその重さに気付く。失う『覚悟』だなんて、ただの思い上がりだった。

 二度目にここを訪れたのは、キミがスピラに戻って来て間もなくのこと。そこかしこにサルが小さな群れを作る以外は、静かになったザナルカンドに、今度は二人きりでやって来た。
 キミのルーツを探し、確かに生きる証をつかみたくて、再びザナルカンドの地を踏んだ。
「お互いに大事に思っていればさ、そしたら大丈夫」
 約束された未来など何処を探したって、無い。
 祈り子様達が全知全能でないことだって、知っている。
 けれど、わたし達はこの場所で確かにひとつの答えを得た。
 
 そして今日この時、佇むキミを包むザナルカンドの光景は、三たびの経験にも関わらずなお幻想的で美しかった。
 思い出の詰まったこの場所を訪ねるたびに、ここがわたし達にとって特別な地なのだと思いを新たにせずにいられない。
「あ、雪!」
 天を指差したキミの声に、わたしもはっと天を見上げた。幻光の靄に覆われた大気の向こうで、星がぼんやりと光っていた。雪雲は見当たらない。
「ユウナ!こっちこっち!」
 丘の上ではしゃぐキミに急かされて、斜面を駆け上がる。差し出された手を握ると、力強く引かれてふわりと体が空に浮いた。勢いあまってその胸に飛び込む格好になったわたしを、キミは両腕でぎゅっと抱きしめるように捕まえた。

 腕の中に納まったまま、パーカーから覗く素肌の胸に頬を押し当てる。
 とくん。とくん。
 キミの命が刻むリズム。

 見上げると、確かに言うとおり、幻光虫とは違う白いものが、ひらひらと寒風に乗って踊っているのが見えた。
「不思議。雪雲は見えないのに」
「強い風で、ガガゼトの雪が飛ばされて来たのかもな」
「初めての冬だね」
 わたしは言葉を重ねる。
「キミと一緒に過ごす、初めての冬」
 キミが頷く。その笑顔が眩しい。

「もう、『最後かも』なんて言わない」
 抱き込まれた胸から直接響く声は普段より低く、深いところに共鳴するようで、わたしは小さく身震いをする。
「言わなくても、いいんだ」
 ぽつんぽつんと降りてくるキミの言葉は、今年一番の粉雪みたいに、わたしの心にふんわりと舞い降りて、ずっと頑なだった場所にやんわりとしみこんでいく。
「今年の冬も、来年の夏も、その次の季節も、ずう〜〜〜〜〜っと、一緒だ」
「ずっと?」
「うん!ずっと、ずっと、ずう〜〜〜〜〜っと」
 見上げたわたしを、海のような青がじっと見つめる。
「ユウナがイヤって言うまで」
 快活に笑ったキミの瞳は、強い決意の輝きを帯びていて、わたしの内側を強い幸福感が満たした。

[FIN]
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こないだブログで言及してた小説X-2.5補完とは別物です。微妙にリンクしてるようなしてないような感じですけど。
今までのティユウ観がちょっとぶれかねないインパクトで、おのれどうしてくれよう2.5……
あ、うちは安定のゆるゆるほのぼのなので、都合のいいとこだけネタを拝借して捏造します。それこそが二次の醍醐味ですよね?^^
(20140204)

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