The sea in the room



 ヒーリングシアターの作り出す青い光に照らされて、部屋の中は水の底に似た静けさを保っていた。
 さざめきながら天井を流れていく光の波。ちらちらと明滅する泡の粒。ぼんやりと見上げていると、本当に波に身を任せているような心持ちになってくる。
 ユウナは褥に背を預けたまま、そろそろと右手を上げて顔の上にかざしてみた。水中を模した映像が腕にまとわりつき、指先が、乗せたネイルが、ほの明るい光に青く染まる。
 雑貨屋で昼間買い求めた照明雑貨は、おもちゃじみていると思いきや想像以上の美しさで、彼女は満足げなため息をひとつ漏らした。
 視界は寒冷色に覆われていたけれど、もちろん寒さは感じない。すぐ傍らの温もりが、彼女の身も心も満たしてくれているからだった。

*

「…ほんっと、よく降るな」
 窓を叩く激しい雨に恨めしげな視線を送ってから、ティーダはソファにひっくり返った。やり場の無い怒りを、どうやらクッションに叩きつけることに決めたらしい。派手な雨音に混じって、ボスッというくぐもった音が部屋の中に一度ならず響いた。
 昨夜遅くから、ルカを含む沿岸地域は大きな低気圧に覆われ、今朝の天気予報は一日中雨マーク。しかも豪雨の恐れありときた。夏の高気圧に覆われて晴天が続くのが常の地域にしては、珍しいことだった。
 そのせいで、とっておきの予定──新しくオープンしたアミューズメントプールを二人で制覇する今日の計画が、あっさりと流れてしまったのだ。
 お互いに忙しいスケジュールをやっと調整して実現した、せっかくの貴重な休暇。この日のために準備もした。
 しかし人間が地上でいかなる努力を重ねようとも祈りを捧げようとも、空模様の気まぐれはどうしようもない。
 天に負けず劣らず機嫌の悪い恋人と罪の無いクッションの受難。ユウナはその様子を眺めながら、しょうがない、という言葉を飲み込んだ。正直を言えば、自身も残念でたまらなかったのだ。
 この日のために水着も新調した。試着姿を披露したとき、照れながらも”似合ってる”と請合ってくれた彼が、プールサイドでどんな言葉をかけてくれるのか、密かに楽しみにしていたのに。
 無情の雨は、そ知らぬ顔で降り続けている。
 朝から数えたら何度目になるか分からないため息を吐き出したティーダは、意を決したようにソファから跳ね起きた。
「出かけよう、ユウナ!」
 さっきまでの低気圧はどこへやら、満面の笑顔だった。陽気な光をみなぎらせた青い瞳が、塞いでいたユウナの心を射抜いた。
「今日は、珍しいルカの土砂降りを楽しむってプランでどうッスか?」
 弾んだ声が、屈託の無い笑みが、彼の周りだけ晴天であるかのような錯覚を起こさせる。たちまち気分が浮き立つのを感じ、ユウナもにっこりと笑顔になった。
「どうせ濡れるなら、水着着ていく?」
 彼女の茶目っ気たっぷりな提案に、ひとしきり高い笑い声を発したティーダは、
「それ、確実にオレ一人が変態みたいだって」
と、やんわり拒絶した。

 それから二人は、横殴りの雨をくぐって街歩きを堪能した。そして、ユウナが新しい水着デビューの舞台に選んだのは、二人きりの部屋に作り出されたおもちゃの海だった。

*
 
 不意に横合いから伸びた手が、見上げる彼女の目に映った。自分のそれと同じ様に青みを帯びて、自分のそれより一回り大きくて肉厚の手が掌に触れ、指先をいとおしむように包んだ。
「起きてるの?」
 ユウナはそっと囁いた。澄ました耳に返答は届かず、傍らに横たわった彼の貌も柔らかな金の髪に隠れたままだ。けれども右手を包んでいた彼の左手がほんの僅か離れたと思う間もなく、指の間に彼の指先が滑り込み、まるで返事の代わりだとでもいうように彼女を絡めとった。
 固く組んだ指の付け根から、痺れるような熱が伝わってくる。
 想い人の逞しい前腕に浮いた筋を青い揺らぎが撫でていく様は、訳もなくなまめかしくて、ユウナは胸をかすかに喘がせた。
 彼女の狼狽を見透かしたように、彼が自分の腕を引いた。小麦色の滑らかな膚に覆われた逞しい胸に、半身を預ける。世界で一番愛しい存在に包まれる至福の瞬間。
「まだ寝てる」
 忍び笑いを含んだ声が、ユウナの耳を甘く侵した。夢心地に誘われるように、彼の首へ手を回す。
 作り物の海に沈んだ二人は、今一度お互いを強く抱きしめた。





[FIN]
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いやーん変態////水着コスプレイ(黙れ)
しかしティーダを想像するとあらびっくり、DDFF3rdコス通常営業で揺るぎない。


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