Yes,HOME.


 暮れも押し迫ったルカのメインストリートは、いつにも増してせわしなく、そして活気に満ちていた。
 街路樹越しに流れる陽気な音楽が新年を迎える準備をせきたて、街の喧騒と交じり合って買い物客の背中を押す。華やかに飾り付けられたショーウィンドウが、行き交う者を手招きする。

 多くの人で溢れる往来を縫って、ティーダは家路をたどっていた。その足取りは、ほとんど駆けるようだ。
 自分の帰りを待っていてくれる人がいると思うと、足もひとりでに速まる。
 彼は賑やかな商業地区を抜け、坂道を上がり、山の手に立ち並ぶメゾンの一角を目指した。

 すっきりと都会的なデザインのエントランスをくぐり、居室の玄関ポーチにたどり着く。
 ティーダは僅かに上がった息を整えながら、ポケットから取り出した鍵を差し込んだ。指先をひねると、カチリという密かな音がして、錠が開いた。

 最愛の人の待つ場所。ドアの開くこの瞬間を、彼はいつも心待ちにしていた。
 家に帰るのが楽しみだと思うようになったのは、波瀾万丈と呼んで差し支えない彼のこれまでの人生において、ごく近年のことだ。

 母親に先立たれた幼い頃から、陽気さと明るさと楽観を身上に生きてきた。寂しさをひたすら押し隠し不幸になるまいと自分を鼓舞したのは、亡き母のためでもあり憎い父親への意地ともいえた。伝説の男と誉めそやされるジェクトを越えるには、誰にも、ただのひとりにも弱音を吐く訳にはいかないと思っていた。
 だから、ある日ふらりと現れて父の友人だと名乗ったあの男とは、衝突した記憶ばかりが鮮明だ。不安と寂しさを悟られるのが怖くて、虚勢を張った挙句突っかかってばかりいた。アーロンのほうも、まるで少年の心を読んでいるかのように、出来すぎた後見人を演じていた。干渉せず、関わりを望めば応じ、けれども決して本心を明かすことはない。それが悔しくて、ますます反発した。

 そんな少年にとって、がらんと広い家にわだかまる冷たさは、10年の歳月をかけても馴染み難いものだった。ルーキー時代は、独りきりの家に帰るのが嫌で、遅くまで遊び歩いた。夜通し騒いでくたくたに疲れきった身に、家族の気配がしない部屋の空気は余計によそよそしく感じた。

 ザナルカンドでの思い出は、いつもほろ苦さを連れてくる。
 父親の影をねじ伏せようともがき、理不尽の数々を恩人の男にぶつけた日々を思い起こすにつけ、自分の子どもさ加減に赤面する他ない。
 けれども今にして思えば、アーロンもまた秘密を隠しおおせたまま何食わぬ顔で自分の面倒を見ていたのだから、お互い様というやつかもしれない。

 今、こんな風に過去を懐かしむことが出来るのは、素直に自分の弱さをさらけ出せる場所を見つけたからだ。
 自分が自分でいられる拠り所。ありのままを受けとめてくれる、愛しいただひとりの傍。

 扉を開くたび自分を取り巻く、迎え入れるように温かな気配。その空気を感じるだけで、疲れも吹き飛ぶ心地がする。
「ただいま!」
 ティーダはドアを閉めるが早いか、大きな声で呼びかけた。ユウナの「お帰り」を一刻も早く聞きたくて。
 まるで贈り物の包みを開けるときのように、期待で胸が膨らむ。

 彼が、戻る場所のあることをこんなに幸せと思えるのは、夢の都が確かに存在し少年を育んだ、紛れもない証だ。
 誰も触れることの叶わない幻でも、そこで過ごした頃の記憶が、僅かな痛みを伴って感じるこの郷愁が、故郷ザナルカンドを真実にしてくれる。



 ティーダの呼びかけに、返答は無かった。
「おーい、ユウナ〜?」
 コートを脱ぎながらもう一度呼び、耳を澄ました。が、やはりユウナの声はしなかった。拍子抜けしながら、廊下を奥へ向かう。
「…出かけたの…かな」
 わずかにしぼんでしまった気持ちを抱えながら、あれこれと考えを巡らす。
 仕事が予想外に早く済んだから、告げておいた帰宅時刻よりも随分と早い。買い物にでも行ったのか。
 それなら、ダイニングかリビングがのどこかに書置きでもあるだろう。
 とりとめのないことをあれこれ思いながらも、彼の眼はきょろきょろとその姿を探し求め、そして…
「…あ、居た」
 リビングを覗いたティーダは、そこにユウナの姿を見つけて思わず笑み崩れた。
 彼女は、リビングのソファに居た。肘掛に頭を預けて、うたた寝している。
「ユウナ?」
 小声でそっと呼びかけてみたが、反応は無い。
 テーブルの上には文庫本が置いてあって、天からブックマークの飾り玉が垂れている。昨日から夢中になって読み耽っていた一冊だ。読書の合間に少しだけ休むつもりが、眠り込んでしまったのだろう。本好きのユウナらしい。
「こんなところで寝てると、風邪ひくッスよ?」
 傍らの膝掛けをとって、上からかけてやりながら、ティーダは彼女の寝顔を覗き込んだ。

 頬はほんのりと淡い桃色に染まり、口許は心なしか微笑むようだった。
 彼はソファの前に座り込んで、座面に頬杖をついた。
 愛しい眠り姫は、未だ目覚める気配が無い。

 早く目を覚まして、オレを見つめて。

 透き通るように白く、きめ細かな肌。ほっそりと優しい線を描く鼻梁。その無垢な艶かしさに、思わず触れたくなる。
 ティーダは、衝動をおさえるために、両腕を組んでその上に顎を乗せた。自分の勝手で起こしてしまうのは忍びなかった。
 けぶるような睫毛の向こうから瑠璃と翠の瞳が現れるのを、今か今かと心待ちにしているその裏で、いつまでも、可愛い恋人の安らかな寝顔を見ていたいとも念じている。
 薄く開かれた唇から漏れる、あえかな寝息。引き寄せられるようにして、彼は伸び上がり、顔を近づけた。
 一瞬のためらいを置いて唇を寄せ、眠るユウナにそっと口付ける。
 数え切れないほど何度も繰り返してきた行為のはずなのに、無防備な彼女への口付けは、まるで初めてであるかのように、彼の心臓をあぶった。

 とろけるように柔らかく、瑞々しく、そして甘く。
 永遠にも思える一瞬。
 触れ合わす部分から生まれた全てが、彼の五感を支配し酔わす。

 小さな春情を成就させた満足感と、眠ったままの恋人を求めることへの背徳感が、熱となって全身を巡る。

 もう少しだけ、このままでいて。

 相反する望みの狭間で、彼は今、とても幸せだった。








[FIN]
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タイーlΦ(l´lДl`l)Φlーホ!!
ティーダがただのHENTAI☆ですね、それもこれもユウナが可愛すぎるからいけないんだ(キリッ
ありがちなネタは承知で、裏で既に書いたパターンの逆をいってみました。続きはご自由に脳内再生でお願いしますという、がっかりクオリティが何ともうちらしいじゃないですか。 10年前にFF10と出合い、勢いでサイトを作ってしまって以来、ずっとティーダ至上主義ですほんとです。
途中、ザナルカンドの回想を書き始めたら止まらなくなってどうしようかと思いました。おっさんラブ。


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