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 つけっ放しのスフィアテレビが、ポートフェスティバルで賑わうルカの中央広場を映し出していた。
 南洋に浮かぶこの貿易都市では、今、スフィアブレイクの大会に合わせて秋の祭典が開かれている。生活が豊かになり、娯楽としての旅も一般的になった昨今では、ルカは訪れてみたい場所として更に注目を集め、旅行客の人気はベベルを遥かに凌ぐようになっていた。

「お待たせ」
 身支度を終えて寝室から出てきたユウナは、ソファの肘掛から覗く金髪に向かって声をかけた。
「着替えないの?」
 ティーダは、キャンバス地張りの座面に転がったまま首をめぐらした。装った恋人の美しい姿に目を細める。しかし口にした言葉は、
「出かけるの、やめよっか」
 という、ユウナにとっては少々意外に聞こえるものだった。
 軽い笑みに隠された真意を測りかねて、彼女が小首を傾げたまま恋人の顔を見つめ返した。
「…いいけどどうして?どこか具合でも悪いの?」
 彼女にしてみれば当然の問いだった。どうして急にそんなことを言い出すのか、不思議だったから。
 思いつくままに並べた理由のいずれにも、彼は軽く首を振るばかりだった。
 昨夜は、あんなに行くことを喜んでいたのに。
 建物のライトアップや夜通し行われるイベントのことを話したら、まるでザナルカンドみたいだと……

「何か考えごと、してた?」
 問いに対して、彼が曖昧に笑った。空色の瞳は僅かに揺れている。感情を隠すことが下手なのは、出会った頃から変わらない。
「ユウナは出かけたい?」
 逆に問い返されて、ユウナは美しい口許を軽く引き結んだ。ほんの少しの間、自分の望みを胸の中でもう一度確かめる。
「うん。一緒に歩きたい」
「了解ッス」
 ケリをつけるように、ティーダが躍動的な動作でソファから立ち上がった。着替えのためにドアの向こうへ消える逞しい背中を見送りながら、ユウナはそっと胸の中でひとりごちた。

―――キミと一緒に、歩きたい。

 あの夜、話してくれたよね、ザナルカンドのこと。じっと耳を澄ませば今でもキミの声を思い出せるくらい、鮮やかに覚えてる。スタジアムはいつも超満員で、みんな夜通し遊んで騒いで、すごく楽しいって。
 それから夜明け前の海がどんなに綺麗かも、キミは教えてくれた。
 いつか一緒に見られたらいいなって、ずっと思ってた。

 スピラもね、変ったんだよ。キミに見せたいものが、たくさんあるの。
 シンのいなくなった今は、みんなが豊かで幸せな暮らしができるようになって、夜、たくさんの明かりが灯るんだ。






 ランドマークの一つに数えられる中央広場のモニュメントは、植物のモチーフを配したイルミネーションで飾られ、ひときわ華やかさを増していた。

 手を繋いだ二人は、きらきらと明かりの踊る様をしばらく黙って眺めていた。ふと、 彼の握った掌に、僅かに力がこもった。
「自分だけ、こんなに幸せでいいのかな…って、ときどき怖くなるんだ」
ユウナはそっと、明滅する明かりに照らされた横顔を見つめた。
 青く澄んだ瞳は煌びやかな光の集合体を透かし、虚空を見上げるようだった。彼の言う他者が、この地上でないどこかの住人を指すことを、彼女は朧げに察した。

「考えてたんだ。ザナルカンドに住んでた皆だって、きっと消えたくなかっただろうなって」
 エボンジュの命が尽きることで、召喚されていた都市も、その形を失った。
 そしてそこに”生きていた”はずの彼の同胞もまた、自らの運命を選択する余地を与えられぬまま消滅の時を迎えたのだ。

「だけど、街ごと消えちゃったんだ。オレ以外、みんな」
 スピラが救われるために不可避であった厳然たる事実の、例えようもない重さ。
 ぽつり、ぽつりと唇の間から押し出される呟きが、石畳に落ちていく。

 少年の選択は、夢に浮かぶ楽土を住む者もろとも、無へと返す行為だった。
 幾万もの意識が、儚い泡となって天に昇って行った。自らの意思とは無関係に。
 もともとうつつのどこにも存在しなかった哀れな都市とその住人は、皮肉にも彼を道連れにすることで、その存在を明らかにし、そして消えた。

「オレが、消した」
 告白するその語尾は、微かに震えを帯びた。
 決して間違っていたとは思わない。大切な人のことを思う時、自分の選び取った道を誇りにすら感じる。
 けれども今、手を下した自分だけがこうしてスピラへの生還を果たし、ひとり生き残っているという事実に、言いようの無いやるせなさを覚えずにはいられない。

「ティーダ…」
 彼が故郷の名を唇に乗せたとき、ユウナの脳裏にもまた景色が浮かんだ。
 父のガードとなった異邦人から耳にし胸に描いた夢のような光景。旅立ちの間際まで繰り返しせがんで聞かせてもらい、そのたびに胸をときめかせた、熱狂溢れる真夜中のスタジアムや市民の華やかな暮らしぶり。
 旅の途中、グアドサラムで目の当たりにした、死者の記憶から再現されたという煌びやかな映像。
 少女の無邪気な憧れが作り出した光景は、いつしか彼と一緒に踏みしめ見据えた、同じ名を持つ廃墟の風景に置き変っていた。
 それでも、ユウナには分かっていた。ティーダが見せたいと言ってくれたザナルカンドは、確かに存在していたのだと。望郷の思いを込めて彼が呼ぶ故郷の名を、ただ真実として受け止め、信じることが出来たから。
 それならば彼が生きている限り、ザナルカンドもまた滅びてはいない。召喚された理想郷の夢は、実在するひとりの人間が持つ大切な思い出となって、今この世に形を成している。

 瞑目するティーダの横顔を、星屑のような明かりが仄かに照らしていた。
「ザナルカンドは、消えてなんかいないよ。だって…」
 光に濡れた瞳が、こちらを向く。視線を絡めたままユウナが微笑んだ。
「キミとわたしが、覚えてる」
 不変の事物など存在しない。けれどもうたかたとして消えるはずだった都市の記憶は、彼が受け継いだからこそ、今ここに在る。そして。

「その辛さを、せめて半分わたしに背負わせて」
 繋いだ手に、ユウナはそっともう一方の手を重ねた。スピラに最早シンの恐怖はない。永遠のナギ節が実現できたのは、大切な者を守りたいという彼の覚悟があってこそ。夢の都の記憶が、今、罪の意識となって彼の心を重くしているのならば、自分も等しく負うべきだから。
 否、義務でもなく、責任でもない。最愛の人と苦楽を共にすることは望みですらあった。

 泣かないで。苦しまないで。今度はわたしが聞かせてあげる。これから一緒に二人で歩く、新しいスピラのことを。

「わたし、キミといつでも一緒に歩きたい。だから嬉しいことも辛いことも分け合おう。……この先ずっと、ね?」
 見上げるオッドアイの真摯な輝きが、天上の光よりも強くティーダを射た。置かれた小さな掌の熱が、凍てついた呪縛さえ溶かし去っていくようだった。
「そうだな。ユウナと一緒なら、どんなことがあってもきっと大丈夫」
 そう言った彼の表情は、もう夏の空に似た晴れやかさを取り戻していた。
「おっし、今夜は、夜通し遊ぼう!」
「夜明け前には、海を見に港へ行こうね」
 ユウナが、果たされなかった約束の代わりをねだる。甘やかな声音が胸を満たす。
 失われた都市の物語は、思い出の中に今も綴られている。そしてここには、かけがえのない人がいて、思い出を分け合い、未来を約束することができる。
「もちろんッス!」
 愛しさに声を詰まらせながら、ティーダはくしゃりと笑って精一杯頷いた。
 

 夜空の星と競うように、広場を埋め尽くす地上の光。豊かに溢れる明るさは、肩を寄せ合う恋人達を祝福しているかのようだった。





-FIN-
 
妙に難産だった一品。ネタ出ししたものの長く放置→この夏参加した企画サイト様のお題のひとつに参加しようとリライトを始める→しかし間に合わずそのまま放置→散々こねくり回してやっと日の目を見る、といった具合でした。
白状すると、大好きなサイト様のとある作品に強い感銘を受けて書き始めたものなので、ネタを自分の中で消化し切れているか不安だったのが、エンドマークまで時間がかかった原因かも。
 お気に召したら、ぽちっと一押しをお願いします WEB CLAP

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