Our Story


 翠玉の鏡をはめ込んだような淵に、水柱が二つ上がった。
 水面に、スカートの青い布地がふわりと広がる。
 男女の人影が、ひとつがいの魚のように寄り添い、泳いでいく。離れてはまた戯れるように近づきながら、岩に囲まれた小さな湖を進む。

 起伏に富んだ地形を持つこのビサイド島では、普通、村へ行くには切り立った海岸線に沿って山道を上り下りする以外にない。
 ただし、泳ぎの達者な者ならば、沈んだ谷を泳いで行けば、峠へ近道することが可能だ。

 限られた者だけが使うこの場所を進むことを選んだのは、先を急ぐというよりは、単に暑いからという、至極単純な理由だった。
 清らな水の冷たさ滑らかさを全身で感じながら、ティーダとユウナは水の道を泳いだ。 水面に落ちる木漏れ日は砂金を撒いたように輝き、水をかくたびに広がる波紋に溶けて複雑な文様を描いた。
 眩しい光に誘われて、ティーダは仰向けになって水面に浮かんだ。ちゃぷりと涼やかな水音の後、耳元を水の静けさが覆う。
 初めてワッカと一緒に訪れたときから、この場所は少しも変わっていない。
 再会したユウナは、知らない間に素潜りを覚え、ここを通れるようになっていた。
 潜りだけじゃない。色々な経験をして、見違えるくらい綺麗になっていた。
 森の緑に縁取られた空。その鮮やかさに、思わず目を細める。かざした手を透かしてなお、陽光が目に眩しい。


 一足先に岸へと上がったユウナは、水面に身を乗り出すようにしてティーダの到着を待っていた。
 仰向けのままゆったり水をかいた彼が、僅かに顎を反らして見上げた。そして、視界に納めたユウナに向かって、ぽつりと一言。
「いい眺め」
 彼女が不思議そうに自分の頭上に視線をやったのを見て、苦笑混じりに説明を加える。
「ユウナの濡れた髪とか、胸とか」
 きょとんとしていた彼女は、一呼吸後にようやくその意味を理解して真っ赤になった。左腕で自分の胸を抱くように隠し、空いた手で水面を薙ぐ。彼の顔に散った水飛沫が、木漏れ日の破片を弾いて光った。
「わっぷ」
 身体を捻って逃げたティーダは、潜った水面下でくるりと宙返りし、再び水から頭を出した。
「前から言おうかどうか、実はずっと迷ってたんだけど。」
 そんな前置きで始まった彼の言葉は、
「その服ってさあ、胸のところがちょっと…」
 そこで急に歯切れが悪くなって、しかもついには途切れて消えてしまった。続きを言うか言うまいか心底困っているらしい様子が、ただならぬ内容を予感させて、ユウナは急に胸騒ぎを覚えた。
「キミとお揃いなのが、わたしは気に入ってるんだけど。変かな」
 揺れるオッドアイは、少し心細げに見えた。ティーダはますます困って、ガシガシと後ろ頭をかいた。
「いや、変とかそういうんじゃなくて…むしろ似合ってるし可愛いんだけど、大胆過ぎて困るっつーか、見えそうでヒヤヒヤするっつーか……っああもう!」
 ごにょごにょと口の中で呟いていた彼が、業を煮やしたように一声吠えた。あぶくを残して金色の頭が水に沈み、それからまたざぶんと勢いよく飛び出した。
「あんまり可愛いから、他の男に見せたくないだけ!」
 半ばヤケ気味に白状された内容とためらいの理由は、少々思いがけないもので。そして当事者以外には、ほんの些細なことにもとれる事で。
 それが、彼女の心を無性に弾ませた。
 自分が愛しく思い、欲する気持ちの分だけ、求められることもまた嬉しく感じたから。

 聞く者によっては吹き出すような理由で、笑ったり怒ったり悩んだり。
 そんな、ごくありふれた毎日を、一緒に育んでいく。
 幼く、拙い方法で交し合うことから始めるしかなかった、互いの想い。決して短くはなかった道のりの中で、言葉にせずとも伝わるものがあることを覚えた。そして今は、あえて言葉にすることで、想いに名を与えること、それが同じ位に大切なのだということも。

 ユウナが踵で岸を蹴り、ひらりとジャンプした。
 水の中から頭を出したまま顔を赤らめている、世界で一番大好きな人を目がけて。
 水面に派手な飛沫が上がり、大きな水音に彼女の高い笑い声が重なった。
 慌てて受け止める逞しい胸に両腕を回し、しがみつく。
「やっぱ、変わったよな」
「そりゃ色々ありましたから」
 半ば常套句、半ばからかいともつかなくなっている一言に、彼女もまたほとんど常套句になりつつある言葉で返す。
「以前のわたしのほうが、良かった?」
「まさか!」
 ずぶ濡れになって笑っている腕の中の花に、ティーダも、つられるようにして笑い出した。その笑顔は溢れる陽光のように一遍の曇りもなく、熱と明るさとをユウナの心に注いでいく。

 不安なら、分かり合えるまで言葉を尽くそう。
 言葉を越えて、互いを触れ合わせることでだって伝えられる。
 時間をかけて、ひとつひとつ積み上げていこう。わたし達にはそれができる。

「いつだって、ユウナはユウナだ。変なこと言って、ごめんな」
「ううん、キミの気持ち、嬉しいよ」
 水の透明さを映した瞳に見つめられ、ユウナが微笑みで返した。優しい抱擁に身を預けて瞳を閉じれば、彼のくれる強く確かな安心が自分を包むのを、一層感じることができた。

 ずっと、キミを探し求めてた。
 今、キミが応えてくれることの、何という幸せ。

 これ以上を望むまいと、諦めの中へ自らを押し込んでいた二年間。平和になったスピラで、ユウナの時間だけが止まっていた。それを動かしたくて、半ば飛び出すようにビサイドを後にした。待っているだけの自分を脱ぎ捨てたくて、新しい服に袖を通した。剥き出しの手足が落ち着かずに少し恥ずかしかったのも、すぐに馴染んで気にならなくなった。キャミソールの胸元を飾る意匠に、用意してくれたリュックの気遣いを感じて嬉しかった。
 彼女にとって、二度目の旅は、進んで自らを変えようとする道のりだった。
 けれども、どんなに変わろうとしても、胸に抱いた想いだけは、時の移ろいにもどんな出来事にも変わることなく、それどころかますます確かなものになっていった。
 全てが、たったひとりの大切な誰かに通じる軌跡だった。

 どちらからともなく引かれあうように、唇を重ねる。

 ずっと続けよう、わたし達の物語。
 ささやかな、でも涙が出るほどにいとおしい、二人の日常。








[FIN]
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まったりティユウ。最近、重いものが書き辛くなってます。
でも言い訳させてもらえば、辛い旅をして、お互いあんなに苦しい思いをしながら頑張ったのだから、そのご褒美は、こんなもんじゃまだまだ足りない!と思うワケですよ。はい。
ビサイドの自然はいいですねえ。滝の流れる下をくぐる道なんか最高。
沈んだ谷も、ワッカとのエピソードとも絡めて大好きな場所。かなうもんなら行ってみたい。溺れること確実ですが。(←迷惑)

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Written by *Sunny Park*