予測し得ないそのプレイに、誰もが魅了されずにいられない。




Fantasista




 気持ちよく晴れた空のブルーに、スピラカモメの白が眩しく映える。
 スタジアム前の広場を埋めていた人だかりから、どよめきが上がった。
 にわかに騒がしさを増した人の輪の中心、一斉に視線の注がれる先には……
 今や、スピラ中の耳目を集める、希代のスーパースター。彼の人が姿を現していた。

 スフィアブレイクをはじめ、様々な娯楽の台頭によって一時は陰ったかに見えたブリッツボールの人気。それが彼の再登場によって、今や熱狂的ともいえる盛り上がりを取り戻している。
 その意味では、たった一人の選手が、スピラのブリッツボールそのものの命運を、左右してしまったともいえた。
 けれども今日、彼がこれほどまでに注目されるのは、ブリッツ選手であることが理由ではない。つい先日、彼がスピラ中を沸かせるほどに大きな話題を提供したからだ。

 朝のトレーニングが終わるのを待ち構えていた各局のレポーターは、一斉にビサイド・オーラカのエースを取り囲んだ。
「ご婚約、おめでとうございます!」
「ティーダさん、今のお気持ちは?」
「今から港へ行かれるんですか?」
「ユウナ様へは、何と言ってプロポーズなさったんですか?」
 てんで勝手に質問を浴びせだしたプレスと、スタジアムのガードマン達が発する制止の声で、広場は騒然となった。

「通して、通してってば。質問は記者会見で!」
「会見には、ユウナ様も同席されますよね?」
「プロポーズの言葉は?」
「ユウナ様は、何と?」
「あーわーてーるなって。後でちゃんと答えるから」
 他局を出し抜いて独占スクープを狙おうと、報道陣は執拗に食い下がった。声を張り上げたティーダめがけて、更なる質問が矢継ぎ早に飛ぶ。
 一般のファンに加え野次馬も押しかけ、辺りはもう、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「おめでとう!」
「ユウナ様とお幸せに!」
 混じったファンコールに余裕の笑顔を返したエースを、背後から監督がどやしつけた。
「このスットコドッコイ!こうなることは、分かりきってたろうが」
「だってさあ、裏口はもう押さえられてたし。突破するなら正面のほうが、距離が短いだろ?」
 もみくちゃにされながら怒鳴りあう二人の頭上に、連絡船の汽笛が響いた。
 2番ポートでは、定期便を迎える準備が忙しげになされているだろう。海を渡る風を、帆いっぱいに孕んで、連絡船が滑るように入港してゆく。
「やばっ!このままじゃ遅れるッス。道を開けて!」
 取り囲むプレスの面々は、彼の叫びを慇懃に無視し、決してどこうとはしなかった。
 ビサイド村で行われた婚約発表は、降って湧いたように突然のことだったので、ほとんどの局が取材し損ねていた。そのため情報が錯綜し、取材合戦が過熱していた事情もあった。スピラ一のビッグカップルがいよいよ結婚も秒読みという大スクープだけに、当事者から例え一言でも多く取材しようと、各局とも一歩も引かない。
「質問は、会見でまとめて答えるから!遅れちゃうって!」
 眉間にしわを寄せながらも器用に笑顔を作っていたティーダの瞳に、刹那激しい光が走った。マイクを突き出していた者のうち幾人かには、青い焔が燃え上がったようにも見えた。
「全く、付き合いきれないっつーの!」
 目の前の人壁に人差し指を突き出し、彼は最後通告を言い渡した。プロ選手である以上、常に衆人環視にさらされるのは、ある程度仕方がないと割り切っている。話題を提供するのも仕事のうちだ。それでも私生活をあれこれ取りざたされるのは、正直言えば辟易する。ましてや自分はともかく、大切な彼女にまで迷惑が及んではたまらない。
 営業用スマイルも、さすがに底が尽きた。報道を毛嫌いする理由はないが、これ以上付き合う理由も見当たらない。
「こういう時ってさあ、」
 彼は、組んでいた腕をほどくと、振り向きざま、顎をしゃくった。
「多少のフェイントも仕方ないよな。後は、ワッカに任せるッス」
 悪戯っぽい目配せに、兄貴分の男が苦笑いで応じた。
「この貸しは大きいぞ」
 面倒見の良さが滲み出た彼の答えに、ティーダは破顔一笑で頷いた。

 突如、エースが不敵な笑顔と共に、実力行使にうって出た。
 抜群の脚力を活かしたジャンプが、その身を石造りの欄干の上へと運ぶ。そこから彼は、見事なバランス感覚を最大限に駆使して、軽業師の曲芸よろしく走り出した。
 報道陣は自身の使命を忘れて、しばし呆然と見送った。
 橋の終わりから、街路脇の案内板へ飛びつき、その上に片足でバランスをとった。かと思うと次は街灯の柱へ飛び移り、するするとよじ登る。

 そうしておいて、ティーダは空へ向かって、ひらりと身を躍らせた。
 風に舞う髪が陽光を弾いて、金色の放物線を描いた。

 派手な音と共に着地したのは、埠頭に積み上げられた大きな木箱の上。
 険しい岩場を自在に跳び回るカモシカのごとく、並んだ荷の上を鮮やかな身のこなしで駆けていく。
「おー、速い速い。バカと何とかは、高いところが好きってか?」
 ワッカは日に焼けた額に手をかざすと、見る間に遠ざかる台風の目を見送った。

 相手ゴールへ切り込むが如く、その勇姿は速度を保ち、果敢な猛ダッシュは衰えることがない。
 コンテナからコンテナへと飛び移るたび、ドカドカガッシャンと騒がしいリズムが青空へ突き抜ける。
 荷の積み下ろしをする役夫たちは、頭の上から降ってくる騒々しさに仰天して顔を上げた。そして、あり得ない光景に怒号を発するのも忘れ、待ち合わせ場所へ急ぐ青年を、ただぽかんと見送った。

 船の到着を待つ人々の頭上を一跨ぎに飛び越し、宙返りしたティーダがタラップ付近へ降り立った。ぴたりと決まった着地に、周りから歓声と拍手が湧く。
 時を同じくして、船が桟橋へと横付けされる。
 ギャラリーに愛想を振りまいていた彼が、ざわめきの向こうに愛しい人の声を聞き分けて、弾かれたように天を仰いだ。
「ユウナ!」
 船べりに佇んで小さく手を振る彼女を視界に認め、ティーダは力いっぱい手を振り返した。





 100万人の賞賛よりも、ただひとりの微笑みを。





-fin-   
 …旬なタイトルのような、そうでないような。かっこいいような、そうでないような。
 カモシカじゃなくて、まんまサルだよな。と、書きながら思いました。
 カデンツァをお持ちの方は、プロポーズのいきさつがお分かりでしょうから、密かにニヤリとしていただけたかも。(笑)  

お気に召したら、ぽちっと一押しをお願いします WEB CLAP  

[Back]