強い風が拭き過ぎるたびに粉雪が舞い上がり視界を閉ざす。雪の道を踏み分け、四人は頂上を目指した。




 目的の場所に着いたのは、太陽が中空を過ぎたところだった。
 岩場の天辺に勇ましい立ち姿を披露しているユウナ像には…見事なツノが生えていた。
「ぷっ」
 派手に吹き出した声の主はリュック。抗議の視線にコホンと咳払いをしたものの、無造作に結い上げた金髪が未だふるふると小刻みに揺れている。
「このまま立派な行いを重ねれば、その内本当に生えてくるかもしれないな。頑張れよ」
 パインはといえば、呆然と見上げる本人の肩をぽんとたたいた。ある意味リュックよりずっと人が悪い。

 失礼千万な仲間の反応にむくれつつ、ロンゾ族の好意には感謝しないわけにもいかない。
「ありがとう、キマリ」
 誇らしげに像を見上げている族長に、ユウナはにっこりと笑顔を作った。

 彫像の肩越しに、霊峰の山頂が鈍く光っている。
 その先は、ザナルカンド。千年の夢を貪る螺旋の中心があった場所。ユウナと、そしてかけがえのない仲間たちが力を合わせ未来を勝ち取った場所。

「でも、立派過ぎると困っちゃうな」
 ユウナはぽつりと呟いた。

「何で?」
 何気なく問い返したリュックは、目を見張った。目の前で微笑んだオッドアイは、迷いを含んで今にも泣き出しそうに見えたから。
「本当の私は、こんなに・・・弱い。迷ってばっかりいるの」
 
 繋がった先にキミはいない。

「思い切って過去を捨ててしまえば、新しい一歩を踏み出せるのかなって…でも、それも何だか恐くて」

 闇に囚われた彼を光で消し去る時、キミとの繋がりがもし消えてしまったら・・・。


 遥か先の峰まで続く白い道が、遠く霞んで見えた。

 初めてこの道をたどった二年前、召喚士だった自分の隣には彼がいた。ガードの仲間とともに手にした長剣で魔物を退け、困難な状況と先行きの不安に凍え沈んでいく一行を元気付けてくれた。
 吹雪の中、進むべき方向さえ分からなくなった時、そっと手を差し出してくれた。
 淡い黄金色をした彼の髪が、その笑顔が、握った掌の温かさが。
 まるで自分だけの太陽が行く手を照らしてくれるように感じた。

 不安を、迷いを同時に抱えながらも、ゆるぎない決心を胸に登り続けたこの道。
 同じ道を見ているはずなのに、なぜこんなに心が揺れているのだろう。

「この先どこへ向かうのか…そう考えると恐いんだ…」

 ぽつりとこぼしたユウナは、驚くほど儚げに見えた。
「ごめん。急に変な話しちゃったね」
「変じゃないよ」
 透明な微笑を、リュックは気遣わしげに見つめた。
「そうだな。いっそ過去を捨てられたら、って考える気持ち・・・分かる気がする」
 パインが雪雲に覆われた空を仰いだまま、呟いた。秀麗な目許に僅かに自嘲を乗せたのは、自らを振り返っての事だろうか。

 偉業を成し遂げた大召喚士。なよやかに見えてその芯には計り知れないほど強い意志が宿っている。
 自慢の従姉がめったに弱音を吐かないことを知っているだけに、かつてガードを務めた彼女の心配はひとしおだった。
 リュックはぶんぶんと勢いよく頭を横に振り、それから顔を上げた。
「いっぱい迷ったって、不安に思ったって構わないよ。今すぐ答えを出さなくても、きっといいんだと思う」
 大好きな、そして尊敬する仲間に言い聞かせるように、そして自らを励ますように。
「ユウナんの歌のお陰で、スピラの人がみ〜んな心を一つに出来たよ。みんなの力で途方もないことだって出来ちゃうんだ」
 頷くユウナの両手を取って、固く握り合わせる。
「あきらめたらダメなんだよ。あたし達もさ、応援するから」
 組まれた二の腕にぶら下がるようにしてパインを引っ張りながら、リュックは拳を握って天へ突き上げた。逆境の中で決して希望を失わずに生きてきた魂の強さそのものが、新緑の瞳をよりいっそう輝かせている。
 大人っぽい微笑を閃かせ、銀髪の剣士も頷いた。
 仲間の思いやりは心に温かく沁みた。柔らかな春の日差しを浴びた蕾のように、ユウナの顔が綻んだ。
「未来は皆の力で変えられる。前の旅でそれは明らかだ」
 二人の励ましに力強い言葉が重なる。重々しい戦士の声が、霊峰の空気を奮わせた。



 過去の集積としてではなく、未来へ続く回廊として「今」を生きたい。
 こんな風に考える時、いつもキミを近くに感じる。
 不思議だね。見ることも、触れることもできないのに。

 キミは、今、何を見ているのかな。


 もう、あんな思いをしたくないんだ。
 誰かのために誰かが犠牲になる…あんな思いを誰にもさせたくない。


 話すことをずっと避けていた。言葉にすれば、過去のものに、思い出になってしまうような気がして恐かった。
―――後悔…なんてしてない。多分。
 嘘…それは嘘…心のどこかが悲鳴を上げている。ああするしかなかった。ずっとそう思ってきた。無理矢理ねじ伏せてでも納得させなければ、自分が壊れてしまいそうだったから。

「そうだね。失くすことを恐れて動けなくなるのはいや。私、欲張るって決めたんだ」
 かつて召喚士として旅をした少女は、再びの旅路に立った。
 自分の言葉に、かつて聞いた少年の声が重なる。


 欲張りすぎれば、かえって何もかも失くす…そう諭した大人に、彼は叫んだ。
 そんなんじゃ、何も変えられない。と。

「変わっても変わらなくても、ユウナはユウナだ」
 幼い頃から見守ってきた少女へ、キマリは言った。
 無骨だけれども、慈しみに溢れた言葉だった。




 そう、この道が例えキミに繋がっていなくても。

 異界の底、闇の中で私を地上に導いてくれた金色の影。
 あれは確かにキミ。そう信じてる。
 キミの確かな歩みを、私は追いかける。
 偽りのない自分の気持ちを、なくしたくない。 

 雪をまき上げ吹きすさぶ風の渡る先、遥か北の聖地へと続く白い道。
 ユウナは、それを長い間、見つめていた。









[FIN]




------------------------
Slv5、このままプレイを進めてホントにティーダに会えるのかと、自分もユウナと一緒に戦々恐々としていた頃です。ツノの生えたユウナ像は、ちょっと笑いました。

←Back


*presented bySunny Park* Copyright(C) 2001-2006 Doremi. All rights reserved*