「ここら辺は、相変わらず風が強いッスね。」
 強い潮風を頬に受けながら、ティーダは鈍い色に輝く海を見下ろした。
 ホバーのエンジンを切ると、岩を吹き抜ける風の音が耳を打った。
 軽やかな動作でタンデムシートから飛び降りたユウナも、ほぼ断崖に近い海岸を覗き込んだ。

 誰にも知られずミッションを完遂するため、二人はジョゼ街道を外れて入り江伝いに目的地を目指す。
 先にたって足場を確保しながら、ユウナが岩を伝って降りていく。青いオーバースカートが風にあおられて軽やかに翻った。
「ここ、滑るから気をつけてね。」
「うっす。」
 唇を引き結んで背にした荷を担ぎ直し、青年は岩場へ一歩を踏み出した。




Amazing Period





「リュック、どうしたのそれ。」
 ユウナが思わず声を上げる。ジョゼ寺院へ呼び出された彼らは、リュックの引きずって来た荷物に驚き、それからまじまじと眺めたのだった。
「信じらんないよ、あのバカオヤジ。人が手塩にかけて改造した武器を、コレクターに売り飛ばそうとしてたんだ。」
 手際よく包みをほどく手元を見つめていた二人は、やっぱり、と顔を見合わせた。
 三対の視線の前に、『天の叢雲』が現れた。
 忘れるはずもない。
 テーブルの上で鈍い光を放つ太刀は、かつて共に旅し彼らを導いた人物の愛刀だ。
 伝説のガードが使用していた武器とくれば、刀剣コレクターにとって垂涎の品。飛空挺に保管されたままの品々に目をつけたシドが、ひともうけを企んだのだ。
「他のガラクタはともかく、これだけは譲れないよ。ほんっと改造に苦労したし…。」

 心なしかいつもより口数の少ないリュックを前に、二人もただ感慨深げに大剣を見つめる。
 アーロンの一閃に救われ、幾度死線に活路を見出したことだろう。

「しっかしさあ。自分の剣が骨董品扱いされているのを知ったら、アーロン怒るだろうな。」
 冗談めかして言いながら、ティーダは手を頭の後ろで組んだ。

 見上げる視界にはエボンの宇宙観を現わす壮大な天井画。贅をこらした装飾が、かえって時代から取り残されたわびしさを感じさせる。
 寺院が栄華を誇っていたのも、もう過去のこと。かつて信仰の要だったこの建物は、今ではアルベド族マキナ派の拠点だ。
時代はまるで生き物のように、常に変化している。

 緋色のコートを身にまとい、太刀を担いだ後姿が脳裏に浮かぶ。振り返った表情はさぞかし迷惑そうに違いない。
 今はもう思い出に住む仲間をほろ苦く思い出した青年に、同じ時代を生きる仲間はくすくす笑いで同意した。
「ほんとだね。」
「言えてる〜〜。」
 ひとしきり笑った後、リュックはひとつのプランを彼らに打ち明けた。
「でさ、ものは相談なんだけど…。」












 断崖を背にして、二人は長い間そこに佇んでいた。
 ここから見晴るかす鉛がかった海の色は、初めて見た時からそれほど変わっていないように見える。
 ミヘンセッション戦場跡。ここで大勢の若者が信じたものに裏切られ命を落とした。

 布と油紙で厳重に包まれた長大な荷物を地面に置き、ティーダは大きく伸びをした。
「初めて来た頃は、旅の意味とか召喚士の覚悟とか、全然分からなかった。」
 海に向かって呟く青年の広い背中を、ユウナはじっと見つめる。
 潮風に髪をなぶらせながら、ティーダは振り向いた。
「オレ一人だけ、なーんにも知らされてなかったからな。」
 軽い調子で恨み言を付け加えた恋人に、彼女はむきになって言い返す。
 彼にしたら他愛のないからかいのつもりだったのかもしれない。けれどそれはユウナの心に刺さってちくりと痛んだ。
「そんなこと言うならキミだって…教えてくれなかったよ。」
 何気なく口にした彼女の胸に、得体の知れない感情が湧き上がる。
 まるで小さなほころびに、みるみる亀裂が入るように。
「なーにがッスか?」
 眼差しは胸の想いを映し出すかのように揺れているのに、彼はあえてはぐらかした。
 それは、ユウナにとって挑発に等しかった。
 開けてはならないものの蓋に手をかけるような感覚。恐れを抱きながらも、自分を止められない。
「キミ一人で抱え込んで、最後まで黙っていたじゃない。」
 これ以上言ってはいけない。脳裏で警告が赤く点滅する。


―――私を追い越し、一人で駆けて行ってしまったキミは。
―――私を置いていったキミは。

 胸にしまっておくはずだった言葉。
 言いたくなかった。
 ううん、ずっと言ってやりたかった。

「――キミは、ずるい!」
 

 ティーダは空色の瞳を僅かに細め、無言のままユウナに向き直った。

 波の音だけが、痛いほどに繰り返される。




「オレ、謝んないよ。」
 
 静かな一言は、夕凪を思わせる穏やかさをたたえていた。

「後悔なんてしてないし、ユウナや、オヤジや、みんなのためにああするべきだったって胸張って言える。」
 はにかんだような笑顔は、静かな、けれど譲れない強い意志を内包している。 
「それは今も一緒。」

 震える声をしぼり出すように、ユウナは小さく繰り返した。
「ずるいよ…。」
 そんなこと、最初から分かってる。そんなキミだから好きになった。
 キミのせいじゃない。真実を知るのが恐くて聞けなかっただけ。

「一度消えたのだって、こうやって今ユウナと一緒にいるために必要なステップだったんだ。…ってそう思う。」
 彼の優しい言葉は、なぜかまるで呪縛のように彼女の唇を凍りつかせた。
 言葉にならずに出口を失った想いが、熱い塊になって体中を駆け巡る。
 胸が苦しくて、顔を上げていられない。
 こみ上げる涙を見られたくなくて、彼女は背を向けた。

 砂を踏む足音がすぐ後ろで止まった。海風に混じって鎖の触れ合う響きが耳に微かに届く。
 後ろから抱きすくめられ、ユウナは小さく息を呑んだ。

「ごめん。」

 あの時と同じ、そしてあの時とは違う。
 温もりも。
 回された腕の重みも。
 触れた背から直に伝わる脈動も。
 髪に触れる息遣いも何もかも。

 すり抜けてしまうこともない、心を置き去りに離れることもない。
 確かな抱擁が、何よりも疑いようのない真実を告げる。

 太陽の名を冠した彼が持つ"生命"。いのちが今ここに存在する証。


「謝らないって言ったくせに。」
 絹糸のような髪に顔を埋めたまま、彼は鼻声で呟いた。
「つうかさ、ありがとう。やっとユウナの本音が聞けたッス。」


 彼の温もりに包まれたまま、ユウナは瞳を閉じた。
 一筋の光が頬を流れ落ちる。

 覚悟を決めたつもりでいた。ううん、それは自分をごまかすための口実。
 だって、ずっと痛かった。痛みを忘れようとしてしゃにむに飛び回った。
 望むもの全てを手に入れるなんて有り得ないと、無くしたときの言い訳さえ考えてた。
 弱い自分が何より恐くて、それを誰かに知られるのさえ恐くて。

 キミも、苦しかったんだね。
 でも、もう大丈夫。
 わたし達、きっと大丈夫だよ。

「ううん、きっと私の覚悟が足りなかった。」
 呟きに、青年は静かにかぶりを振った。
 厚い雲に覆われた空の下、潮風を受けて緩やかに舞う金の髪は陽光が群れ集うように見えた。
 抱擁を僅かに緩め、囁く。
「覚悟なら、オレもうとっくについたッス。」
 肩越しに首をめぐらせ、ユウナは彼に問いかけた。
「聞かせて。キミの覚悟。」

 見つめる瞳は、まだ涙に潤んでいた。その輝きは清水に浸した一対の宝石にも似て、なおも尊く美しいものに思えた。
 胸に収めた愛しい花を、想いを込めてもう一度抱きしめる。
「ユウナと、もう絶対離れないって。」

 再び巡り合えた今だから誓えること。
 かけがえのないただ一人の"未来"をも受け止める覚悟。





 奇怪な岩の柱が空へ向かって伸びる中、二人は岩場の底にたどり着いた。
「懐かしいね、ここも。」
 ユウナはそう言って、岩石を軽やかに踏みよけ彼の隣に並んだ。



―――"伝説"を作っとかない?

「いつかスピラがピンチになったりしたときにさ、これきっと役に立つと思うんだ。」
ジョゼ寺院で、リュックは鮮やかな緑の瞳を一層輝かせ打ち明けた。
「あたし達が七曜の武器に助けられたみたいに。」



 かつてこれを握り、スピラ最後の大召喚士を守って戦った太刀の主は、今は異界の住人だ。リュックの改造によってカスタマイズされた、この巨大な一振りを扱える者は、現在のスピラには恐らく、というよりまず存在しない。
 見上げれば、断崖に切り取られた空から、弱々しい光がこぼれてくる。以前、シンを倒す使命を帯び召喚士として訪れた時とちっとも変わっていない。記憶に間違いが無ければ袋小路になった先に、ごく小さな広場があるはずだ。

 そこはスピラで最強と称される伝説の武器のひとつ、正宗が眠っていた場所。
 岩のくぼみに太刀を収め、厳重に封印する。

 金持ちの道楽のため売り買いされる位なら、人知れずひっそりと眠らせておきたい。後世の歴史が誤った方向に動き出した時、スピラを救う力となるかもしれない。
「せっかくのお宝だけど、できれば出番がないといいね。」
「言えてる。」
 隠し場所が目立たないよう岩を置いて偽装する。作業の手を休めないまま、二人は平和な未来を願った。
「いつか、武器を持たないで生きられる時代が来るかな。」
「来るのを待つんじゃなくって、今からオレ達が作るッスよ。」
 彼の眩しい笑顔は、暗雲を切り裂く一筋の光そのものに見えた。
「異界で見物してるアーロンやオヤジに文句言われないようにさ。」
 確信に満ちた言葉が、胸に勇気を呼び起こす。
 顔を見合わせ視線を交し合うと、ユウナの顔にも自然に笑みがこぼれた。






 新しい時代。新しい覚悟。
 若者達の物語は、まだはじまったばかり。











[Fin]
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読んでくださってありがとうございます。
書きたいことをとにかく詰め込んだ作品になりました。
ティユウ万歳!

Wieder2005のおかげで、こうしてたくさんの同志と一緒にお祝いできること、本当に嬉しく思います。
こんなところで恐縮ですが、主催者のお二方に、そして集った方々全てに心からの感謝を捧げます。


「再会」がテーマということで、再会再会覚悟再会覚悟再会再会再会再会最下位(ビサイドオーラカ?)再会覚悟再会覚悟・・・って脇道に逸れないよう必死でした(笑)
土方作業のシーンで終わるのはカプ話としてどうなんだとは思いますが、燃え尽きました。

ティユウ再会記念企画2005〜Wieder〜
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