Dedicated to FINAL FANTASY X-2

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ファム・ファタール

 居間のソファに寝転んで、ティーダは本のページを繰っていた。今年上半期にベストセラーとなったもので、前から内容が気になっていたものだった。
 彼は自分のことを、読書家の対極にあると思っている。本を選ぶ動機の大半は、世間で話題になったか、そうでなければ可愛い恋人が熱心に読んでいたからという不純なもので、しかも小難しい内容だと感じてしまえばもう、その本はたちどころに良質の快眠グッズへと早変わりするという具合だ。
 それでも彼は、夕食後の読書タイムを十分に堪能していた。キッチンで何かしら作業するユウナの気配を感じながら、こんな風にのんびりと過ごすこと。それは時間を贅沢に使うことと同義だった。
 
 活字を流し読みしていたティーダは、とある行でふとした疑問に捕らわれた。
 引っかかったのは、登場人物の女性が主人公とのやり取りの中で披露した持論について。
『愛してるという言葉は、繰り返し口にすればするほど重みは失せ、陳腐に成り下がる』という彼女の説は、なるほどこの物語をたどる者にとって大いに納得できるものだ。
 …じゃあ、オレは?
 彼は本を伏せた。

 今日も、昨日も、その前も。自分が馬鹿の一つ覚えのように繰り返している言葉。
 半分気狂いだって言われても認めざるを得ないくらい、どうしようもなくユウナを恋い慕うこの気持ちは、誓っていつでも本物だ。
 それに、決して疎かに使っているつもりもないけれど…。
 戯れ半分だったり、またある時は制御のきかない熱情をぶつける言い訳みたいに口にしている自覚は…正直それは、ある。
 軽々しく言い過ぎて、もしかしたら、うんざりされてるかも…。

 胡坐を組んだ足の上に頬杖をついて、思いを巡らしてみても、一向に埒が明かない。
 考えれば考えるほど分からなくなる。まぶたの裏にいくつもの可能性と疑問符が重なってちらついた。
 膝から転がり落ちた本が、座面にぶつかって閉じた拍子に派手な音をたてたけれども、心に湧いた不安を打ち消すだけの理由を探すのに忙しくて、拾うどころではなかった。

 うーんと頭を抱えたところで、ユウナの心配げな声が耳から滑り込んできて、ティーダの意識を引き上げた。
「どうかしたの?」
 はっと目を開けると、愛する人の面差しが間近にあった。
 随分長いこと考え込んでいたようだ。
 真っ直ぐこちらを向いた美しいまなこは、澄み切って一片の曇りもない。じっと見つめられると、つまらないことに一人で焦っていた自分が滑稽に思えてくる。
 ティーダは腹を決めて、単刀直入に解決する方法を選んだ。
「愛してるって、あんまり言われると聞き飽きたりするもん?」
 率直に尋ねると、ユウナは少し驚いたように数回瞬きをして、それから少しだけ首をかしげた。
「いや、さ。オレ、確かに乱発し過ぎてる気がするっつーか…」
 やはり唐突に過ぎただろうか。彼は照れ隠しに頭をかいた。
 誘われるように、ユウナの表情も、はにかみを含んだ柔らかな笑みに変化する。
「嬉しいよ。キミになら、何度でも言われたい」
 恥じらいのためか頬を少しだけ染めて、両の指をもじもじと絡めながら、それでもユウナははっきりと答えた。
「そっか、よかった」
 彼は安堵の吐息をつきながら、本をテーブルに置いた。大きく伸びをすると、今更ながら妙な緊張に体が凝り固まっていたのを自覚する。決勝戦の試合前なみにプレッシャーを受けるとは、こと大切な人に関して自分がいかに弱点だらけかを思い知らされて、いっそ笑い出したくなる。
 清々しい気持ちで振り向くと、彼女の笑顔もいっそう眩しさを増したように感じた。  
「けどやっぱり、本も読むもんだな。たまには勉強しないと」
 そういえば、と彼は思う。ユウナは滅多に”愛してる”という言葉を使わないけれども、彼女の愛は疑うべくもない。そう感じることができるのは、溢れるほどの想いがこもった、何気ない一言や仕草が教えてくれるおかげだ。


 ───ありがとう。
 全てを終わらせた朝に、一歩踏み出す勇気をくれたのも。
 ───お帰り。
 そして、輝く海で再び出会う奇跡をくれたのも。

 ユウナの想いが、言葉が、夢を真実にしオレを生かしている。

 運命の女(ひと)だなんて、これもまた使い古されて擦り切れた陳腐な言葉かもしれない。けれども他人が何と定義付けようとも、自分の本質が揺らぎさえしなければ、それでいい。

「あ、そうだ。こういうのはどうッスか?」
 ティーダが手招きすると、ユウナは近付こうとして身を乗り出した。近付いた彼女の背と膝裏に腕を回し、素早く抱き上げて膝に乗せる。
 彼は、愛しい人を収めた両の腕にそっと力を込めた。己の背中に回された細い腕の温もり。体中で感じる、幸せという名の確かな重み。
 もう二度と離すまいと誓いを新たにしながら、この世界にただ一人の特別なひとと出会えたことに感謝しながら、抱きしめる。

 言葉で態度で”愛してる”と何度繰り返しても、ユウナのくれたものの大きさにはまだまだ足りない。
 オレがどんなにユウナのことを好きかって、全然表しきれてない。


 きっと一生分の時間をかけても足りないのだろうけど、生涯をかける覚悟なら、とっくにできている。

 色違いの宝石を思わす彼女の瞳が、長い睫毛の向こうにそっと隠れた。
 彼は言葉を紡ぐ代わり、思いの限りをこめて、その柔らかな唇に口付けた。






[FIN]
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X-2発売7周年おめでとう!
X-2は、ユウナがティーダを探し出して再会する物語だと信じてやみません。だって、そのためだけにプレイしたんだい!!(笑)

読んでお気づきの方も多いと思いますが、FSSに掲載の掌編・「愛してる」のティーダ視点となっております。
陳腐だろうと何だろうと運命で結ばれた二人なのです。王道万歳なのです。ティユウ愛してる!


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