アオイトリニゲタ

 機械仕掛けの都市、ザナルカンド。日も高いうちから、むき出しの欲望が、そこかしこで渦巻き、不夜城に乱反射する。そびえ立つビルは人々を飲み込み、吐き出し、無機物で構成されていながら、さながらそれ自体が巨大な生き物のように見える。
 
 雑踏を縫うように、男と少年の二人連れが歩いていた。親子にしては年が近い。
 街灯の柱に貼られたポスターに目をやった少年のほうが、傍らを歩くサングラスの男に話しかけた。
 持ち出した話題は、ポスターの中身についてである。
 五日ほど前から近所で見かけるようになった張り紙には、迷子の鳥を探す内容と飼い主の連絡先が載っている。写真の中では、青い小鳥が、かわいらしく小首を傾げていた。
 夏の強い日差しにさらされたせいか、”探しています”と大きく書かれた見出しも、写真の下にびっしりと並んだ細かな文字も、もうほんのりと色褪せている。
 アーロンと名を呼ばれた男は、連れの少年にちらと目をやった。親友の忘れ形見であるこの子どもは、ティーダという。身寄りのいなくなった彼の後見人を務めるため、男はこの街にやってきた。

「無事に見つかるといいな」
 そう続けたティーダは、いつの間にか青い鳥を探して空に視線を彷徨わせていた。
 この猥雑な街で一羽の小鳥を見つけ出すなど至難の業だし、第一、野生を知らないひ弱な生き物が、苛酷な環境で生き抜けるとも思えない。アーロンはそう思ったが、口には出さずにいた。ことさら、心優しい少年の素直な願いに免じて…という訳ではなく、単に口数少ない男の性である。

「それにしても、何で逃げたんだろ」
 熱心に空を見上げている少年の高い声は、純粋に疑問の発露を呈しているだけで、保護者である男に答えを期待している風ではない。ましてや飼い主の不注意だなどとつまらない回答を求めている訳でもないだろうから、彼はそっけなく答えた。
「さあな」
 果たして彼の読み通り、ティーダは呟いた。小首を傾げる様が、写真の小鳥にそっくりだ。
「狭いカゴを抜け出して、広い空を飛んでみたかったのかな」
 男は仰向いた。
 林立するビルに切り取られたザナルカンドの空は、狭い。それでもこの世界しか知らない少年にとっては、箱庭の上に広がる空が、空の全てなのだ。
「おばさんの飼ってた鳥も、死んじゃうくらいなら、逃がしてあげればよかったのに」
 少年がぽつりと続けた。
「近所のおばさんが言ってたんだ。つがいの鳥は、どっちかが死んでしまうと、残った一羽は後を追うように死んでしまうんだって…」
 注がれる無垢な視線を受けて、アーロンは残されたほうの眼をサングラスの奥ですがめた。
 いつ、どこでだったかは思い出せないが、そんな話を彼も聞いたことがある。あるいは少年自身の口から聞かされたのかもしれない。
 いずれにしても、ティーダが亡くして間もない母親を鳥に重ねていることは明らかだった。しかし彼には、幼い子どもと侮り、甘い幻想に同調して誤魔化すことはできなかった。
 だから男は、敢えて言い放った。
「飼い鳥は、かごの外では生きられん。ネコやカラスに襲われて喰われるのが関の山だ」
案の定、少年は傷ついた顔をし、それを悟られまいとして口をへの字に結んだ。
「ふんだ。おっさんの話は身も蓋もないっつーか、夢がないんだよ。アーロンの意地悪!ニンピニン!レイケツカン!」
 目許を真っ赤にして怒る少年を前に、男は我知らず口元を引きゆがめた。いかにも覚えたてな文句の羅列は子どもっぽく、そこが妙に微笑みを誘う。
 語彙が増えたことは喜ばしいが、悪口のスキルばかり上がるのは、男が男を育てている以上仕方のないことか。ひとまず、言いたいことを十分言えずに怒りを溜め込んでいた以前より、ずっとましな傾向だ。
 しかし、おっさん呼ばわりされる不愉快さよりも先に少年の成長を嬉しく思うあたり、自分の保護者ぶりも堂に入ったものだ。

 皮肉とは別の感情に促されるまま、アーロンは言った。
「夢や幻の話は嫌いなんでな」
 男の低い声には突き放したようなところがなく、むしろしみじみとした響きを伴っていた。聡い少年は、言葉の裏に隠された何かを敏感に感じ取って黙り込み、青く澄んだ目を彼にまっすぐ向けた。
 本人は当てずっぽうで言ったに違いない”冷血漢”は、的を外していない。今、彼の体内を巡っているのは赤い血潮でなく、彼の目的は、少年を安寧とは対極の未来に導くこと。少年の父親に託されたとはいえ、そしりを受けるのに十分ふさわしい非道ぶりであろう。
 男はとうに笑いを収めていた。
 多くを語ることは許されない。それでも、真実を欲する無垢な瞳を前にすると、時々こんな風に衝動を抑えきれなくなる。

 その青い翼を鍛えておけ。
 その爪と嘴を研いでおけ。
 夢で編まれた檻から、大空に放たれるその時に備えて。

「お前は、かごの鳥には、なるな」
「はあ?何だよ急に」
「言葉通りだ。いずれ分かる」
 曖昧な返答にティーダは不服そうだったが、男がもはや一瞥もくれず再び歩き出したのを見て取ると、黙ってついて来た。
 遅れまいと追いかけてくる軽やかな靴音を聞きながら、アーロンは再び天を仰いだ。
 この空が摩天楼にかぶさる天蓋ならば、華やかに輝くネオンとライトは、さしずめ天蓋の縁取りだ。
 そしてザナルカンドの街は今日も、作り物じみて美しい。

 青い鳥の逃げた空。この空はどこにも繋がっていない。




[FIN]
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大好きなヴォーカルコレクションの中で、唯一怖くて聞けないのがアーロンのモノローグ…怖い。
小生意気な仔ティと、子育て奮闘中(笑)のアーロンのこと考えると、楽しすぎて妄想が尽きません^^

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