い の れ よ 
え ぼ ん=じゅ
ゆ め み よ 
い の り ご



は て な く さ か え た ま え


「風、気持ちいいねぇ…」
 連絡船リキ号の舳先に立っていた少女が真っ青な空に放った言葉は、潮風と一緒になって、彼にまとわり着いていたわだかまりという名の薄膜を吹き飛ばした。
 ユウナの隣に立って風を受ける。彼女の言うとおり、確かに気持ちがいい。
 蒼穹は高く、海原を渡って吹き付ける風は強く、甲板を渡る潮の香りは、鼻の奥につんとしみた。
 水平線に湧き上がる雲の峰。何の憂いもなくのんびりと進む船上の時間。信じられないような体験を立て続けにしたことが、まるで夢のように思えてくる。
 急におかしさがこみ上げてきて、ティーダは喉の奥でくくっと笑った。時を同じくして傍らの彼女もくすくすと笑い出す。
 何故だか止まらなくなって、彼らはひとしきり笑いあった。
 こんなに屈託なく大笑いしたのは、久しぶりだった。

 けれども次にユウナが口にした言葉は、ティーダを驚かせ、いやおうなく苦い現実に引き戻した。
 彼女はジェクトという男を知っていて、その人物からザナルカンドのことを聞いたという。
 奇しくも自分の、そう、大嫌いな父親と同じ名前だった。
 彼は、呆然とするほか何もできなかった。疑問符と推測と不安と正体の知れない憤りとが胸に渦巻いて、口を開こうにも言葉が見つからない。それでもやっとのことで、喉の奥から事実を搾り出す。
「オレのオヤジも、ジェクトっていうんだ…」
 それを聞いたユウナは、パッと表情を明るくした。
「すごい!わたしたちが出会えたのは、きっとエボンの賜物だね!」
 呆然と水平線を見つめていたティーダの視界に、美しい少女の捧げる感謝の祈りがちらりと映りこんだ。
 故郷ザナルカンドでブリッツボールのおまじないだった仕草は、ここスピラではエボンなる神を称える祈りだという。だからなのか、村でも船上でも人々の行うその動きは、儀式めいていていかめしい。
 けれどもユウナのするエボンの祈りは、少し違って見えた。流れるように優雅な仕草は美しい舞踊を見ているようで、呼吸をするのにも似て自然な動作に見えた。それはもしかしたら、召喚士という誰よりも寺院と縁の深い身であるためかもしれない。
 無邪気に喜んで、彼女は身を乗り出した。混乱と困惑にさいなまれながら、海から来た少年は少女を傷つけまいと言葉を選んだ。
 父親はあの日、海での練習中に死んだはず。だからスピラへ来られる訳がない…
 常識にしがみ付いて逡巡から逃れられなくなった彼を救ったのは、にっこりと笑ったユウナの一言だった。
「キミはここにいるよ」


は て な く さ か え た ま え


 それは、ティーダと彼の父親とが辿った数奇な運命の道筋を解き明かすだけでなく、ひとつの夢が、このスピラで確かなものに変化した瞬間だった。




[FIN]
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せっかくいいところだったのに、次の瞬間…パパのいけず(笑)
何気に大好きなシーンです。ユウナちゃんの、この何気ない一言は、ティーダの存在の根源に関わる重要ワードだと信じてやまないのです。
短いですが、FF10八周年のお祝いとして書きました。

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