スピラにおける災厄と破壊の象徴、シン。
 その体内へ、初めて足を踏み入れた者達。
 彼らは駆ける。太陽の恩寵を拒む螺旋の中心を目指して。

「ほんと迷路みたいだね、ここ。ねえ、あたし達、迷ってたりなんか、してない…よね?」
 最年少のガードは、肩を自分の両手で抱きながら、薄気味悪そうに天を見上げた。
「刻んできた目印は見当たらないし、方向はこれで大丈夫だと思うわ。地図があるわけじゃないから、何ともいえないけど」
 落ち着き払ったルールーの声が、不安がるリュックに静かな励ましを与えた。沈着な黒魔女の分析は、常にパーティーに冷静さを取り戻し、指針を提供する役割を果たしている。
 ティーダは頷いたが、本当は確かに感じていた。
 間違いなく、この先に、ジェクトがいる。
 この光景は父親の心象風景そのものだ。薄れていく人としての意識を歌でかろうじて繋ぎとめ、息子の到来を待ちわびている。

「大体さ、早いとこ終わらせて、こんな辛気くさい場所から出たいよな」
 背筋が凍りつくほどに薄ら寒い光景が、果てもなく広がる世界。螺旋の中心を睨み据えたティーダは、敢えて軽い調子で決意を口にした。
 ここから出られた後の自分を待つものに、今から恐れることをしたくなかった。
 誰一人欠けることなく、勝利の喜びを分かち合いたい。
 最後の時まで。





the way to dawn




 巨大な魔物の咆哮が、闇の壁を揺るがした。
 召喚士の頭上に振り下ろされたかに見えた強烈な一撃は、白銀の刀身によって弾き返された。誰よりも敏捷な動作で彼女をかばったガードの少年が、返す切っ先で反撃を見舞う。
 流れる剣が光の弧を描き、素早い斬撃が敵の動きを止める。そこへ黒魔導士の放った巨大な火柱が引導となって、巨体は地響きと共に横倒しになった。

「ユウナに手を出そうなんて、百万年早いっつーの!」
 見る見るうちに形を失い、溶けるように消えていく魍魎。幻光に彩られた輪郭の残骸に、アルテマウェポンを収めたティーダは挑発的な笑みを向けた。精気に溢れた青の虹彩は、闘いの昂揚も冷めやらぬまま炯炯と輝いている。
 生への嫉みと現世への報復から解放された寂しい光が、無数の帯となって立ち上り、虚空の闇へと吸い込まれていく。
 こうしてひとつの戦闘が終わった。散り惑う幻光虫の群れを見送る間もなく、一行はまた足早に歩き出す。
 彼らには、先を急ぐ必要があった。
 世界を救う、これが最後の旅路。

 スピラは危機に瀕していた。今やその命運は、光差さぬ迷宮の奥を目指す召喚士ユウナとそのガード達にゆだねられている。
 愛するもののため、己の信ずるもののため、この世界を救うために彼らは奔る。
 ただし…
 悲しみの海を渡り、前人未到のダンジョンに飛び込んだ彼らが交わしていた会話は、およそこの深刻な状況に似つかわしくないものだった。

「ねえねえねえ、あたしだってか弱い女子なんだから、たまにはかばってよー!」
 次の戦闘のために忙しく薬の調合を行いながら、最年少のガードが不満げな声を上げている。歩きながら右手にはどこからか取り出した瓶、左手には薬包紙を持ち、包みの中身を瓶の口へ注ぎ込んでいる。その傍ら、おしゃべりにも余念が無いという忙しさだ。ニギヤカ担当と本人が自負するだけあって、迷宮の重苦しい空気を払拭するのに十分な明るさを提供してくれる。ただ明るいを通り越して、少々うるさ過ぎるのは、珠に瑕というべきかもしれない。
「リュックはもともと後ろに引っ込んでるだろ?後方支援担当とか言っちゃってさ」
 ティーダが即座に切り返すと、リュックはつーんとそっぽを向いた。
 悲愴感の欠片も無いやりとりだが、この極限の緊張状態に、そして、やがて来るべき未曾有の恐怖に屈しないための、大切な対抗手段でもあった。
「そりゃユウナんは特別だろうけどぉ」
 そこまで言ったリュックの、不平たらたらだった口調が不意に改まった。渦巻き模様の浮かんだ瞳が、三日月形になる。
「『オレのユウナ』に手を出すのは、百万年早いんだもんね」
 爆弾を投げ込まれ、ティーダはぎょっとして思わずのけぞった。
「ちょ…っ!誰がそんなこと言ったよ」
 彼は食ってかかったが、リュックはぴょんぴょんと逃げ回るばかりで、発言を改めるつもりはないようだ。
「あれえ?言ったよね。そうとしか聞こえなかったけどなぁ」
 薬包紙と瓶とを手に持ったままけらけらと笑っている様は、さしずめ元気印の面目躍如といったところだ。
「だから言ってないって。なあ、キマリ?」
 勇猛なる一族ロンゾの戦士は、大きな歩幅を持て余すようにのっそりと歩いていたが、急に話を振られると、少々迷惑そうな様子で耳を僅かにそばだてた。
 ユウナの守護者たる使命を己に厳しく課し、彼女が召喚士になる以前からガードとしての役割を務めてきたキマリにとって、ユウナは、スピラ中の何よりも優先されるべきものだった。だから彼は、味方を求めてすがるティーダの視線を飄々と受け流し、澄まして答えた。
「キマリには、『オレのユウナ』と聞こえた」
 寡黙な獣人の発した言葉は重々しく響いた。が、人間よりも頭一つ分高いところから見下ろす金色の目は、溢れんばかりの茶目っ気を帯びて光っている。
 思いもよらないどんでん返しにティーダは二の句が継げず、抗議も忘れてぽかんと口を開けた。沈黙を余儀なくされた少年を尻目に、リュックが親指を立ててロンゾの青年に突き出した。そして彼女のアイコンタクトに対し、キマリは、最近練習の成果が著しい”笑顔”で答えたのだった。ただし、その表情を笑顔と呼んで良いのかどうかは、いつもガード衆の中で意見の分かれるところだったが。
 やり取りを聞いて大笑いしていたワッカが、横合いから口を挟んだ。
「キマリも言うようになったな。いつ覚えたんだそんな技」
「ラーニングの相手は、敵だけとは限らない。リュックはキマリのよい手本だ」
 そう言って、キマリは小鼻をほんの少しだけ得意そうにうごめかせた。がっくり頭を垂れていたティーダは、やおら跳ね起きて、ロンゾとアルベドの思わぬ強敵コンビをきっと睨みつけた。
「諸悪の根源はやっぱリュックか〜〜!」
 エースの発する怒りの熱波も、ニギヤカ担当の彼女にかかっては夏の微風同然。
「あはははは! 顔、真っ赤だー!」
「言ってないっつーの!」
 言い捨てたティーダが、やおら先頭へと駆け出した。形勢不利と判断したか、これ以上は泥仕合と踏んだか、それとも単に顔を見られまいとしただけなのかは、定かではない。
 とんずらを決め込んだ後姿を、にやにや笑いで見送っていたリュックは、ふと気配に気づいて振り返った。そこには話題の種にされたもう一人の当事者が、熟れ切った桃のような頬をして立ち尽くしていた。
「よかったね、ユウナん。百万年守ってくれるってさ」
 にっこり笑ったリュックと、涼しい顔をしているキマリを交互に見比べながら、ユウナは困惑のため息をついた。
「もう、キマリまで…」
 気恥ずかしさで身の置き所もないほどだったが、見守るガードの視線は温かさに満ち、先頭を行く少年の背中は、照れてはいたが、拒絶はなかった。
 だから彼女は、火照る頬も心臓の高鳴りも、自分が生きている証に感じられて、不思議と胸の隅で嬉しさを覚えずにいられなかった。

「口には出さなくても、キマリには聞こえた」
 折れた角を頭に頂いた青年の口調に、揶揄の響きはなかった。
 彼がその獅子に似た面差しを崩すことは稀で、口を開くことさえ多くはない。それでも、武に優れているばかりでなく実直で情に厚いことを、ガードの仲間達は誰でも皆心得ていて、寄せる信頼も大きい。
 しかし、ともすれば他人を寄せ付けず、何を考えているか分からないと受け取られがちだったキマリが、これほど仲間との結びつきを深めたのは、恐らくティーダがいてこそだろう。
 あの、海から来た少年は、ただひ弱で無力だと断じたキマリの評価を覆すのに、それほどの時間を必要としなかった。召喚士を守るガードにふさわしい力を僅かのうちに示したばかりでなく、閉じた鎧戸の間からさえ差し込む太陽のように、人の心を照らし動かす。そして苦難の連なる長い旅の中で、彼はいつしか召喚士とガードという立場を超えてユウナを支えていた。
 彼を縁(よすが)に皆が力を合わせ、永久不変だと諦めていた未来をも変えようとしている。
 キマリの言葉に頷いて、リュックも口を開いた。
「うん、言った言わないは、この際どっちでもいいんだ。大事なのは、あいつと、それからユウナんの気持ち」
 さらりと言ってのけた従妹を、まだ顔を赤くしたままのユウナが見つめた。いつもくるくるとよく動く、渦を刻んだ鮮やかな緑の瞳は、真っ直ぐ彼女を見つめ返した。
「あいつなら、ユウナんをずっと守ってくれる。あたし、応援してるからね」
 大人びた調子で言うと、リュックは頬に再びえくぼを作った。

 幻光虫が無数に飛び交い、人の想い、人ならざる者の想いを映して濃密な影を落とす。

 蒼く筋を引く残光の中、少年は、先陣を切って駆けていく。彼の振りかざす、若さという名の青いエネルギーは、停滞に沈んだまま緩慢な死を迎えつつあるスピラに、確かに新しい風を吹き込んだのだ。
 夜明け前の闇が一番深いのならば、この先は、きっと。
 幽かな光に透ける彼の金髪は、掲げる灯よりも力強い光をユウナの胸に投げかけた。



[FIN]
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FF10七周年企画サイト「HazyMoon」さまに投稿したものと、拙宅企画EB2008での期間限定SSSを合わせてUP。
拍手にUPしたものも微妙に話が続いていたり、5つのお題その1「素敵だね」とも続いているつもりだったり…します。

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