天蓋は、漆黒の繻子織に金剛石を敷き詰めたようで、星明りに照らされた静かな波は黒々とうねる。
 天の北極を示す二等星を目印に、連絡線ウイノ号は夜の航海を続けていた。



フラクタル




 海風の渡る甲板で、歓声が弾けた。
 後に『ジェクトシュート・改』の名で呼ばれ、あらゆるチームのキーパーを震え上がらせることになる技が、スピラで最初に披露された瞬間だった。

 ビサイドオーラカの選手達は、夜も更けようというのに、興奮冷めやらぬ様子で練習を続けていた。ルカ入りを間近に控え、最後の調整に余念が無い。万年最下位という不名誉な成績を持つ彼らだったが、エースの登場に、今回のトーナメント戦は一味違う展開になる手ごたえを感じていた。
 先日、ビサイドの海岸に突如として現れ、 度肝を抜くシュートで呼びかけに応えたこの大型新人は、つい先程も見たこともない超絶技巧で、チームメイトを唸らせたばかりだ。

 選手達のパス練習を上機嫌で見守っていたワッカは、ふと気になって件のルーキーに声をかけた。戯れにパスのやり取りに混じっていた彼が、投球の合間に時々眉をしかめ、肩の辺りを気にしているのを発見したからだった。

「おい、ティーダ」
 名を呼ばれた少年は、快活な動作で監督兼コーチの元へ走ってきた。
「なに?」
「肩、どうかしたのか」
 ティーダの肩に手を置いて、ワッカは尋ねた。もしや痛めているのではないかと危ぶんだのだが、コーチの心配は杞憂に終わった。
「パスのフォームが、イマイチ決まらないんだよな。なんか変な癖がついたかも」
 ぐるぐると腕を回しながら、彼は首を傾げて見せた。
 少年の肩は、記憶にある弟チャップのそれよりも、僅かに低い位置にあった。同じ年頃の選手と比べても小柄の類に入るが、小気味良く鍛え上げられた身体は、ブリッツに対する並々ならぬ情熱と努力とを過不足なく表していた。
「見てやるから、ちょっと投げてみ?」
 ワッカに言われて、ティーダは素直に従った。時々おっかない女魔導師にやり込められていることもあるけれど、兄貴肌のこの青年を彼は信頼し、また頼りにしていた。南国育ちの大らかな気質がそうさせるのか、この面倒見の良いお人好しと話していると、知らない世界へ独り放り出されてしまった心細さも先行きの見えない不安も、僅かながら楽観的なほうへと向いていく。
 この世界と故郷ザナルカンドを繋ぐものがブリッツならば、この世界でのブリッツと自分とを繋いでくれるのがワッカ…そんな気がしていた。
 ボッツを呼ぶと、投げられたボールを受け取りざま、鋭いモーションでパスを送り返す。ボールは青い弾道を描いて真っ直ぐに飛び、MFの伸ばした腕に収まった。
 傍目には、何の遜色も無いように見えたものの、放った本人だけが一瞬渋い顔になった。
 ほんの僅かと言えばそれまでだけれど、やはり思い通りでない感触に納得がいかない。ティーダは投げたその手で、かりかりと後ろ頭をかいた。
 ワッカは何回か繰り返させながらしばし腕を組んでいたが、やがて彼の言う”癖”の原因に、ふと思い当たった。
「分かった。剣だ」
「…けん?」
 にわかには意味が飲み込めず、ティーダはきょとんとした顔を向けた。
「剣を使うのに必要な筋肉が、急についちまったってことだ。なーに、ちっとフォームを変えれば平気だろ」
 まだぽかんと口を開けている少年の背や腕、そこかしこをぽんぽんと平手で叩きながら、コーチが分析して見せた。
 スピラに住む者は、大なり小なり武器や魔法で魔物から身を守る方法を、幼い頃から習得する。
 だが普通の人々が護身用に身に着けているナイフ等とは違い、戦闘用の剣は、ひととおりでない修練を必要とするものだ。そのために、討伐隊やガードならばともかく、使いこなせる者はそれほど多くない。
 戦いに関して全く不慣れな様子だったティーダは、村を出たばかりの頃など剣の握り方さえおぼつかなかった。それがここまでの短い道中の間に、見違えるまでに上達して、もはや素人とは呼べないレベルの剣さばきを見せている。
 自らをザナルカンドから来たと話すこの少年が、本当に今まで武器を手にしたことがなかったとすれば、天与の才能が備わっていたとしか言いようが無い。そしてよほどの短期間をして剣を振るうための筋肉を得たことになる。

「あ、なーるほど。だけど今からフォーム弄って、明日の試合に間に合うかな」
 ワッカの解説に膝を打ったティーダは、右掌に目をやり、握り締めてみた。心より先に身体が、この異世界に順応しようとしている。剣技を体得し、ガードとしてユウナを守るという選択肢を手に入れたことは、理屈とは別の次元で、くすぐったさに似た高揚感があった。
「お前なら大丈夫だろ」
「ちぇっ、他人事だと思って、言ってくれるよな」
「他人事なもんかよ。何せ、優勝がお前の肩にかかってるんだからな。頼むぜ」
 能天気な安請け合いに、ティーダは苦笑を隠しきれない。対して監督は、エースの恨み言を豪快に笑い飛ばした。
「お前にはバトルの才能もある。なあ、冗談抜きで、いっそのことガードにならないか。そしたらユウナも喜ぶしよ」
 この島育ちの、素朴を絵に描いたような青年に限っては、世辞や気遣いというよりも、実際、単純にそう考えている節がある。けれども先程、偶然にも立ち聞きしてしまった彼とルールーとの会話を思い出し、ティーダは胸の内に複雑な感情を再び抱えることになった。
 異世界であるはずのスピラでも、大嫌いな父親の影がまとわりついて離れない。
 ぼんやりと生返事しながら、召喚士の少女を無意識に目で追った。甲板に彼女はいなかった。練習を始めてほどなく、迎えに上がってきた女ガードに連れられ、船室へと戻ったからだ。厳しい旅であることを考えれば、休養もまた大切な務めなのだろう。分かっていても何とはなしに落胆している自分が、どこか可笑しかった。

 パス練習を繰り返す選手達の向こう側では、舳先に立つ見張り番が、遠眼鏡を目から外し、大きく伸びをした。目指す大陸は夜の闇に阻まれて、朧な輪郭さえまだ見せていないのだろう。運行を脅かす諸々もまた発見された様子はなく、航海は順調と見えた。
 ティーダはさまよわせた視線をそのまま、空にやった。星が、今にも零れ落ちてきそうに近い。

 不意に、森の入り口でガードの依頼を申し出た彼女の、たおやかな佇まいが思い浮かんだ。
 ガードじゃなくてもいいのと呟いた唇の紅さ。ごめんなさいと俯き、伏せられた睫毛の長さ。

 本当は理由(わけ)を知ることなど、無意味だったのだ。
 島を囲む海岸線が無限大の輪郭を保つように、人が持つ心の形も、どこまで拡大しても果てのない、複雑な美しさを持つ曲線から成り立っているに違いないのだから。
 それなのに、心模様を読めないことに苛立って、突き放した言い方をした。ジェクトの思い出話を楽しそうに話す声が耳にこびりついていて、その綺麗なオッドアイに、自分は「ジェクトの息子」としか映っていないのではないかと疑心暗鬼にかられていたせいだ。
 ユウナが悪いわけではないのに、謝らせてしまった。
 何とまずい答えを返したのかと、自分が嫌になる。あのときは、きっとどうかしていたのだ。

 ユウナは、確かに出会いを喜んでくれたんだ。
 突飛に聞こえるに違いないオレの話を、真剣に聞いて、信じてくれた。
 つい今しがただって、もっと可哀そうだねと笑った彼女は、オレを真っ直ぐ見つめてくれた。
 それだけで十分じゃないか。

 もしガードになると言ったら、ユウナはどんな顔をするだろうか。
 驚いて、それからにっこりと嬉しそうに微笑む彼女を想像しかけたとき、ワッカの声が聞こえた。
「ま、ルカで知り合いに会えれば、お前にとっちゃそれが一番いいんだろうけどな」
「…そうだな」
 知り合いはともかく、帰る手立てが見つからないとも限らない。そうなればきっと、北へ旅を続けるというユウナ達とはそこで別れることになるのだろう。その事実は、一抹の寂しさを呼び起こし、ティーダの気持ちを思いがけなくも沈ませた。
 この船の航海が、もう少し長いものだったらよかったのに。そんな埒も無いことを考えながら、彼はマスト越しに流れる銀河を仰いだ。








[FIN]
------------------------------------------------



9/9 こそっと加筆修正。
旅序盤ということを差し引いても、かなーり糖度が低いですな。需要が果たしてあるのかないのか、答えは聞いてn…(強制終了)

あとがきの続きは無駄に長いので下に。

お気に召したら、ぽちっと一押しをお願いします WEB CLAP


 [Back]


キーリカの森入り口の、ワッカでなくともビックリな告白タイム、一番最初にプレイしたときは、「素で分からなくて言ってるんだったら相当ニブいし、ユウナの気持ちに気づいた上ではぐらかしてたら、百戦錬磨だな。一体どっちなんだろう。後者だったら小一時間正座で説教ね」というのが正直な感想でした。だってあいつ、立ちポーズのCG見た時の第一印象、

チャラ男?

にしか見えなかったんだもん。
再プレイしても「何それ」だの「分からない」だのとほざく(笑)ティーダの反応がイマイチ理解できなくて、その辺りを自分なりに消化したいと思ってました。というかティユウファンとしては納得できないので、自分のことでいっぱいいっぱいなティーダに反省させてみたかった。(失笑)

 ユウナの好意に薄々気付くも、ガードになって深入りしたら元の世界へ余計帰れなくなりそうだし、ユウナの本心がジェクトへの憧れにあるのかも、という懸念は実際ティの中にあったと思います。
ルールーは自分の体験と照らし合わせて、ユウナも自分と同じく手の届かない場所にいる者への思慕を目の前のティに重ねていると解釈してるんですね。でもやっぱりあの時点でユウナは既にティ本人に恋心を抱いていた気がするのです。
でもほんとは理由なんかどうだっていいよ。ユウナのそういう可愛い大胆さと一途さがこれまた大好きなのさvvティーダの果報者!罰当たり!ちょっとは反省したらいい!(笑)
ユウナサイドから解釈してみたい気持ちは無くもないのですが、己の首を絞めるだけなのが目に見えているので、自重しようと思います。


[Back]