プライド
 快晴の空の下、海からの風が潮の香りを乗せて港町ルカを吹き抜けていく。トーナメント戦の開幕日とあって、市街の表情はいつにも増して華やいで見える。ビサイドオーラカがグアドグローリーを下した第1試合の後、観戦を終えた人々は、興奮冷めやらぬまま広場のそこかしこでブリッツの話題に興じていた。
 そんな中、召喚士ユウナの一行は、中央広場で無為な時間を過ごしていた。試合はとっくに終わったというのに、合流時間を過ぎてもティーダはなかなか現れなかったのだ。
 痺れを切らし、世話の焼ける先輩を迎えに行ったリュックは、メインゲートでいささかおもしろくない光景を目にしていた。選手控え室から通じる階段の前にできた人だかりの中心にいるのは、自分達を散々待たせたその人。ビサイドオーラカのキャプテンは、周りを取り囲んだファンの女の子達と熱心に話し込んでいた。
「こら〜!いつまで待たせるんだ〜!?」 
 ずかずかと近づくガード仲間の気も知らないで、若きエースは能天気な笑顔をよこした。

「じゃあ、よろしくっす!」
 名残惜しげな女の子達に向かって手を上げるティーダを、リュックはイライラしながらせき立てた。
「女の子相手に愛想振りまいてないで、早く行くよ!」
 エメラルドグリーンの瞳に浮かんだ剣呑な光に気付いて、彼は不思議そうに問い返した。
「何だよ、おっかない顔して。」
 
 突然勢いよく向き直り、リュックはティーダの胸元に指を突きつけた。 
「オトメの身になって考えてみればわっかるでしょうが!?」
 広場に響いた甲高い声に、行きかう人が何事かと振り返っていく。けれども当の本人は、悲しいかな彼女の怒る理由が未だにつかめない。
「んなこといわれても、オトメになったことないッスから。」
 その剣幕に閉口しながら、ぼそぼそと弁解する。正直なのか、とぼけているのか分からない返答に、闊達な少女はさらに食ってかかった。
「この間の美人といい!ユウナに悪いって思わないの?」
 話がいつの間にか逸れ、時間に遅れた件はどこかへ飛んでしまっている。 
「何だよ人聞きの悪い。この前のメグだったら、フリーのライターだって説明したろ?」
 彼が血相を変えて反論にかかったところへ、
「往来で内輪もめは、よしなさい。」
 静かな、けれども強い語調が二人を制した。ルールーの艶姿の後ろに一行が続く。ちらりとユウナの方を見やってから、冷静な先輩ガードはリュックを諭した。
「あまり、先走るのはどうかと思うわよ。」
 うんうんと偉そうにうなずくティーダに向かって、美貌の魔女は冷ややかに言い放った。
「あんたには遅れた理由も含めて、後でちゃんと説明してもらうから。」


 結局、女性陣に納得いく説明をしないまま、ティーダはリンと会うとやらで再び単独で出かけてしまった。つむじ風のごとき逃げ足の速さだ。「とんずら」は、人に対しても有効らしい。
 憤懣やるかたない様子のリュックを見かねて、ワッカが口を挟んだ。
「まあ、そう責めちゃ気の毒だぞ?やましいことしてる訳じゃねえから安心しろって。」
「やましいかどうかはともかく、ユウナに秘密にするようなことなの?」
ルールーの問いに、正直者の青年は、ぎくりと頬を強張らせた。
「そりゃ、まあ…何だ、その…」
しどろもどろになる男の目を、女は見据えた。そのうろたえぶりから、何かを握っていると確信する。何といっても付き合いが長いのだ。それくらい彼女にはお見通しだった。
「男にゃな、そりゃ色々あるんだよ。」
 苦し紛れの返事に、彼女はぴしゃりと返した。
「その色々が知りたいのよ。」
 隻眼の鋭さにたじろぎつつ、赤毛の男は腕を組んで虚勢を張った。
「黙ってろって言われてるんでな。」
幼なじみの舌鋒と、リュックの加勢によって繰り出される波状攻撃を何とかしのいだものの、次の攻撃に、ワッカはあっさりと落ちた。それまで黙って聞いていたユウナが、深々と頭を下げたのだ。
「お願いです、ワッカさん。教えてください。」


トーナメント決勝戦の朝、まだ眠たげなティーダのわき腹に向かって、リュックは挨拶代わりのパンチを繰り出した。 紙一重でかわしたものの、彼はバランスを崩して両手を大きく泳がせる。
「今日!みんなで応援に行ったげるから、しっかりやるんだよっ!」
上機嫌で言葉を継ぐ緑の瞳の少女は、少年の広い背中をバンバンと叩いた。
「マネージメントまで考えてるなんて見直したよー。唯のブリッツ馬鹿かと思いきや。」
 たっぷり3秒間眉を寄せた彼は、ワッカの方を振り向いた。笑ってごまかす先輩を睨みつけてから、しかめっ面のままで言い返す。
「馬鹿は余計だって。」
 ビサイドの海にもう少しきちんとした練習場を整備したい。先立つものを集めるため、リンに知恵を借りてチームの公認ファンクラブを立ち上げ、平行してスポンサーを募ることにした。ここのところの単独行動には、そういう事情があったのだ。
「それならそうと早く言えばいいのに。こっちの手持ちから出すって言う手もあるでしょ?」
 ブリッツトーナメントを制してレアアイテムを手にできれば、旅の助けになる。リュックの素朴な意見に、ティーダは首をすくめた。
「やっぱ大事な旅の資金に手をつけるわけにはいかないッスよ。それに…」
 照れくさそうに、ぷいと横を向いて続ける。
「金に困ってるなんてカッコ悪い話、チームの沽券に関わるっつーの。」
 女にとっては些細なことでも、男にとってプライドとは、相当に大事なものらしい。


 ミヘン街道を南下しながら、ティーダはユウナに並んで話しかけた。
「ブリッツのことで忙しくしてるの…」
 いつになく神妙なガードの物言いに、召喚士はまじまじとその顔を見つめた。
「ユウナがいやなら、やめるッスよ?」
 ティーダのストレートな言葉は、しばしば彼女を驚かせる。くすぐったさと嬉しさに、我知らずこぼれた笑みを隠しようもなくて、少女は両手を自分の頬に当てた。 
「キミの信じるとおりにすれば、きっとうまくいくよ。」
 それだけ言い、紙の束を取り出して少年に手渡す。今度は彼が驚く番だった。無造作に開いた紙面に視線を落とすと、一瞬目を丸くする。
「公認ファンクラブ、私達も入会させてね。」
 6枚の入会申込書。それぞれが直筆だった。ブリッツに、チームに入れあげている自分を咎めるどころか、逆に応援してくれる仲間の気持ちに頬が熱くなる。それにしても、キマリやアーロンが、どんな顔をしてこれを書いたのか想像もつかない。胸を突き上げる感情を抑えきれずに、エースはガッツポーズを決めた。
「こりゃ今日の試合、負けられないッスね!」

 ルカスタジアムの中央に浮かぶスフィアプール。巨大な水の球の中で、優勝を争うキーリカビーストとビサイドオーラカの、息詰まる戦いが繰り広げられている。魚のような身のこなしで泳ぎ回る選手の間を、ボールが目まぐるしく行きかう。人を超えるとも言われるスピードとテクニックを駆使して織り成すパフォーマンスに、スタジアムを埋め尽くす観衆は酔いしれた。召喚士ユウナも例外ではなく、今はオーラカを、というより一人の選手を夢中で応援する女の子に戻っていた。激しくぶつかり合う選手達に声援を送り、手に汗握るトリッキーなプレイに感嘆の声を上げる。
 1対1で迎えた後半3分、オーラカのパスカットが成功し、選手達は一斉にビースト側のゴールへ向かって泳ぎだした。ゴール前、ついにティーダの手にパスが渡る。立ちふさがるディフェンスを一旦フェイントで引き付け、薄くなった左側から鋭く切り込んでいく。激しいタックルを鮮やかにかわして金髪のエースはしなやかな肢体をたわめ、次の瞬間華麗なフォームでシュートを放った。
 青い軌跡を描きながら、ボールはキーパーの手をかすめてゴールへと吸い込まれていく。ネットに突き刺さった稲妻が視界に映ると同時に、長いホイッスルの音が鼓膜を打った。
 酸欠で赤くかすんだ意識野を、眩暈がするほどの陶酔感が侵していく。何度味わっても尽きることのない、最高の瞬間。
 水を通してなお押し寄せてくる大きな歓声に、彼はくるりと宙返りすると両手を高々と上げた。ブリッツを愛する全ての人へ、支えてくれる仲間へ、そして、いつでも自分を信じていてくれる彼女に感謝の気持ちを込めて。

 優勝を手にした英雄の凱旋を待ちきれなくて、ユウナは人の波を泳ぐようにしてメインゲートを抜け、選手控え室前のフロアへと急いだ。
 地下フロアは、すでに熱狂的なファンやコメントを求めるプレスの面々でごった返していた。
 控え室の扉が開いて、誇らしげな顔の選手達が揃って出てくる。幾分湿った髪と気だるげな表情に激闘の名残を残しながらオーラカのエースが現れると、わっと皆が優勝者達を取り囲んだ。
オッドアイの少女が人の波に押されて脇へ押しやられる、その瞬間。彼女を目ざとく見つけたティーダは、あっという間に人垣をすり抜けてその腕を取った。
「悪い!連れがいるんでお先に!」
 空いたほうの片手で軽く詫びの挨拶をすると、少年は少女をエスコートしながら悠々と階段へ向かった。呆気にとられて皆が見守る中、二人の後姿は人込みの中に消えた。


「抜けちゃって、よかったの?」
 眩しい光が惜しみなく降り注ぐ連絡橋の上、意気揚々と歩き続けるティーダにユウナは小声で尋ねた。
「広報役も、たまには代わってやらないとさ。」
 少女に向けられた笑顔は、初夏の太陽を思わせた。
「本当は、金がらみの話なんて考えずに、ブリッツだけやっていられたら良かったんだけどな。」
 名実ともにオーラカの救世主である若者は、手を頭の後ろで組んでぼやいた。
「乗りかかった船だし、しょうがないっすね。」
 小麦色に焼けた精悍な横顔に見とれながら、ユウナはこみ上げてくる嬉しさをかみしめた。人のため、こんなに一生懸命になれる彼が誇らしくて。彼に出会えたこと、一緒に旅を続けられることに感謝して。
 広場の向こうで、リュックが大きく手を振って招いている。ガードの顔に戻った少年は、仲間達に向かって優勝賞品を掲げて見せた。

 彗星のように現れたエース、ティーダの活躍と、リンの助力によって、ビサイド・オーラカは名声と実力の両方を飛躍的に上げていった。劇的に生まれ変わったこのチームが台風の目となって、スピラのブリッツボールを更に面白くしたのは言うまでもない。

       -FIN-        

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