「夏ニ咲ク」・後日談
 三日後。
 どさくさ紛れにユウナをステージに引っ張り上げてイベントを大成功させた仕掛け人は、ぬけぬけとカモメ団の母船を訪ねて来た。先日渡すはずだったと言い訳のように持ってきたスフィアは、当たり障りのない、というよりは箸にも棒にもかからないといった部類の内容だった。シンラが新しく始めた研究のため大量にスフィアを使う予定があったので、かろうじてつき返されないですんだ程度の代物だ。
 彼の用件は、もちろんそんな物を届けることではなかった。

「見ていただきたいんですよ、とにかく。」
 ブリッジで客人を迎えたリーダーの態度は、甚だ非友好的だった。こめかみに新しいタトゥーかと見まがうほどくっきりと浮かぶ青筋が、彼の心中を過不足なく表している。まんまと皆に言いくるめられて留守番を押し付けられた挙句、ユウナのステージを見損ねたことをまだ根に持っているらしかった。
 対するトーブリは、いつにもましてテンション高く語りまくる。アニキのご機嫌も都合もてんでおかまいなしだ。
 ハイペロから受け取ったスフィアを、ペルペル族の男は勿体つけて差し出した。
「ユウナさんのシークレットライブフィルムで市場にうって出るんです。一大センセーションになりますよ。これは。」
「それで出演料の交渉というわけか。このダチさんが窓口になるぞ。」
「ういうい。」
 横合いからダチが身を乗り出す。勝手に意気投合してマネージメント話に入る二人。呆気に取られていた皆はシンラの冷静な一言を耳にして我に返った。
「…で、スフィアの映像、見る?」
 心なしか緊張を孕んだ静寂の中、スクリーンが明るく輝きだす。誰かがごくりとつばを飲み込むのが聞こえた。
 目も眩むばかりのスポットの中、活き活きと歌い踊るユウナの姿。モニターの中でライブの臨場感が鮮やかに再現されている。

―――が。映像は、見る者にそこはかとない違和感を覚えさせていた。その原因をいち早く指摘したのはパインだった。
「……見事な編集だな。誰かさんの出番が思い切りカットされてる。」
 彼女は紅玉のような瞳をすがめた。バックバンドを別にすると、ステージ上には4人で上がったはずだった。けれどもこの映像を見ると約1名の姿が見えないのだ。一応礼儀を保ってみせる剣士に対し、あくまでシーフの少女はノリが軽かった。
「きゃはは!ホントだー!ティーダいないことになってるよ〜〜。」
「ぶわっはっはっはっ!」
 リュックの笑いにアニキが便乗する。唖然とスクリーンを見ていた青い瞳が、恨めしげな抗議の光を帯びて兄妹に向いた。編集段階で存在を抹殺された上笑いの種にされては、当の本人がおもしろい筈もない。
「つーかさ、すっげぇ失礼だぞこれ。」
 それきりむくれて押し黙った彼に、最年少の先輩ハンターは更に容赦ない言葉を浴びせる。
「悪い虫がついてると、売り上げに響くんじゃない?」
「ひゃーははは!」
「頭数を減らして出演料を下げさせる魂胆かもしれないぞ。」
 ここぞとばかりに笑い続けるアニキ。とてもフォローとはいえない出来のパインの言葉。ティーダはもはや乾いた笑いを漏らすことしか出来なかった。

 どうにも収まりがつかないのは、彼だけではない。
「――何か、…納得できないっす。」
 何か、のあとにムカツキと続けそうになったユウナは慌てて言い直した。彼に対するこの仕打ちは彼女にとっても不可解でしかも理不尽にしか思えない。
 意を決した表情の大召喚士が靴音高く踵を返した時、ブリッジの扉が開いてハイペロの一人が入ってきた。
「リーダーさ〜ん?あっちの部屋でサインくださ〜い?」
 別室で行われていた交渉がまとまって、アニキのサインを待つばかりになったのだ。
「おう、今行く。」
 恋敵の不幸を散々笑って溜飲を下げたアニキが意気揚々とブリッジを出て行った後、
「忘れてた〜よ。ユウナさ〜ん?」
 トーブリの部下はすーいとユウナに近寄り、のん気な動作で何かをつかみ出した。
「あっちはみんな用〜。未公開映像をあげる〜よ?」
 オレンジ色に光る球体を、ユウナは両手で受け取る。それを横合いから半ば奪うようにしてリュックはシンラに手渡した。
「ね、ね、中身何かな。」

 シンラの両手がコンソールを走る。
 スクリーンを囲む五つの背中に、ハイペロの男はあくまでのんびりと告げた。
「親展扱いだ〜よ?ユウナさんに〜」
 驚愕に、全員が一斉に扉のほうを振り返る。その間に映像は流れ出した。音声データは入っておらず、無音のままカメラがステージに寄っていく。
「ちょ、ちょっと親展って…!!」
「水臭いこといいっこなし!」
 慌てて手を伸ばすユウナとコンソールの間に、リュックが絶妙に割って入った。その隙にシンラがしれっと停止ボタンを押せないようにブロックしてしまう。

 ステージ上で踊るティーダの短いショットが続いていた。伸びやかな四肢がキレのある動きでスポットを弾き返す。金色の髪がステージに鮮やかな軌跡を描く。音声は無くとも、見ている者の身体にさえリズムを刻みつけるようだった。

「…ふーん。」
 意味深なシンラの声。椅子の上で足をぶらぶらさせながら、爪先で拍子をとっている。
 間奏部分、ダンスシーン。ユウナのしなやかな身体が、弾むようなリズムに乗って舞う。振り向きざまの、花開くような笑顔。先のスフィアでは分からなかったけれども、視界に彼を認めるたびにその表情をほころばせているのだ。
「んふふー。」
 三日月形に笑っているリュックの眼。身体を揺らしながらスクリーンを食い入るように見つめている。

 ユウナは華麗なステップでティーダに近付くと、マイクを向ける。額をつき合わせるようにしてマイクを分け合い、二人は声を合わせる。音声は無くても、小気味の良いシャウトが聞こえてくるようだ。
 ついと離れた歌姫に、ダンサーは名残惜しげにアイコンタクトを送る。視線が絡み合い、溶け合う。そして彼女は妖精のような身のこなしで振り向くと、ステージ前方へ最高の笑顔で踏み出した。

 繰り広げた本人達さえ知らなかった甘い一部始終を、カメラは容赦なく捉えていたのだった。 
 
 夏の思い出を閉じ込めたスフィアは、再生を終えて静寂の色を取り戻した。
 と同時に、当の二人は石化の呪縛からようやく解き放たれた。ティーダが慌てて弁解しようとするのをぴしゃりと抑えてパインが言い放つ。
「虫、決定。」
「オレは虫じゃねえっつーの!!」
 無情に断じた声にティーダは抗議したが、その声は今ひとつ確信に欠けていた。
「確かに、売り上げに響きそうだし。」
 天才少年の冷静な声が、更に青年の弱みをえぐる。ステージの上でトランス状態だったとはいえ、この映像を目の当たりにしては誤魔化しようがない。
 それにしても、スフィアに映っていたユウナの顔―――煙るような睫毛から覗く色違いの宝石に、ふっくらと美しい桜色の唇に、甘く切ない艶めきを刷いて。
 瞼の裏、光の中で微笑む彼女を思い浮かべるだけで、全身が総毛立つような感覚と共にステージの記憶が体内を鮮やかに駆け巡る。
「でもさ、なかなか拝めないよ〜。こんなに色っぽいユウナんの顔。」
「世に出たら、大変なことになりそうだな。」
 ライブの残像に一瞬呆けていたティーダは、不穏当な仲間の発言によって一気に現実に引き戻された。慌てて回れ右をすると、一足先に扉をくぐり駆け出すユウナの姿が眼に入った。

 廊下を駆けていく華奢な背中に向かって叫ぶ。 
「ユウナ!どこ行くんだよ!?」
「決まってるじゃない!トーブリさんのところ!」
 追いついたところは、エレベーターのドア前。ユウナはイライラと表示板の光を睨んでいる。
「…やっぱ怒ってるッスか?」
「トーブリさんを?」
「いや、じゃなくってさ。…オレを。」
 恐る恐る尋ねた青年の日焼けした顔を、オッドアイがきょとんと見つめた。
「キミを?どうして?」
 曖昧に笑って返しながら、彼は内心胸をなで下ろした。恥ずかしくて、或いは怒ってブリッジを飛び出したのではないようだ。不思議そうにしていたユウナは、彼の取り越し苦労にようやく気付くと悪戯っぽく笑った。
 小さな音がして、扉が開く。
「キミが怒られるなら、私も同罪だね。」
「運命共同体ってヤツかな、もう。」
「そうそう。今さら慌てても遅いんだから。」
 一緒に乗り込みながら、ティーダは照れくさげに笑って頭をかいた。満足げに頷く彼女は、彼のもう一方の手に自分のそれを重ねると少しだけ背伸びした。合わせて彼も少しだけ膝を屈める。
 同時に エレベーターのドアが閉まった。




 桃の食べごろを思わせる頬をして、ユウナはティーダと共に秘密会談へと乗り込んだ。
 カモメ団とトーブリの間で交わされた契約書の最後には、出演者本人の強い希望として一文が追記されたという。
 ―――ライブ映像スフィアの編集過程で生じた未公開映像集は、決して公開しないこと。
 これによって、大召喚士ユウナが所有する「とあるスフィア」は、文字通り一点物のお宝スフィアとなったとかそうでないとか……

-FIN−




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蛇足と知りつつ、くっつけました。トーブリって抜け目ないと思うんですよ。(笑)
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