<<SITE TOP <GALLERY <GIFT <頂き物SS 結城遥様より












―――  きっと   それが    真実  ―――












潮の香りを含ませた冷えた風がユウナの柔らかな髪を揺らす。
その様を見ながら、ティーダはゆっくりと瞬きをしていく。
何かを確かめる様な彼の眼差しは、ユウナの横顔へと真っ直ぐに注がれていた。
船の甲板を照らす灯りは松明という彼にしてみれば頼りのないもので、それが一層彼女を幻想世界で生きている人物の様にティーダへと印象付けていた。
そっと、彼は光を吸い込む様な冥い色彩で揺蕩う海へと顔を向けていくと、視線を幾ら伸ばしても遮るものが無い水平線から境目が溶解した空へと眼差しを向け、ゆっくりと息を吐き出していった。

(あぁ、星が良く見えるんだな……)

ふと遠くを見遣って浮んだ言葉は何気ないもので、それが一層自分自身が現在居る場所と、知っていた街との違いを鮮明に思い知らせていく。
月が昇る夜さえも眠る事のない街―――自分の故郷であるザナルカンドは、果てしなく遠い場所にある、らしい……そう”聞いた”事が頭に浮ぶと、余計にこの暗い海と対極にある綺羅綺羅しい星の輝きが彼の胸に突き刺さり、残酷な程に故郷が遠いのだと知らしめてくれた。
その一瞬で胸の奥から湧き上がった熱が目の奥に辿り着く前に、ティーダは乱暴に顔を左右に振り逃れようとする。
顔を振った事によって彼の金の髪が視界を過ぎり風に流されていく。
そうやってこの胸に蟠る物も風に紛れて何処かに飛んで行ってくれたら良いのに、と、ティーダが思っているとユウナの気配が小さく揺れた。
惹き寄せられるようにティーダが顔を向けると、彼女は綺麗に微笑みながら彼を見ていた。

「何スか?」

何か楽しい事でも有ったっけか?と、彼が沈黙が降りる前までの会話を思い返していると、ユウナは目元を優しい色に染めて笑い話し出した。

「あのね、キミはザナルカンドでブリッツボールの選手だったんだよね?」
「あ……あぁ。 そうッスね。 一応、ザナルカンドエイブスのエース!!」
「一応、なんだ」

笑いながら言われた言葉にティーダは頭部を掻くと、「一応ってのは、今は違うからッスね」と苦く哂いながら続けていく。
その言葉を柔らかい笑顔で受けながら、ユウナは考えていた疑問を目の前で強い眼差しを持った”別の街”から来た彼へとぶつけて行った。

「ねぇ、他にはどんなお仕事が有るの?」
「他?」
「うん。 だって、ジェクトさんもキミもブリッツの選手でしょう? 私、ザナルカンドでのお仕事ってそれしかしらないから…もし、もしもだよ? 私がザナルカンドで生活をしていたら、どんな仕事についていたのかなって、今、思ってたんだ。」

少しだけ楽しげなユウナの様子にティーダは考えるように首を傾げると、徐に腕を組んで空を見上げていった。

「ユウナ……ね………」

彼女の名前を確認する様に呟いた彼は素直に考え込んでいるらしい。
唸り声が聴こえて来る様な低い声にユウナは小さく笑うと、ふと思い付いた様に瞳を輝かせ彼を見上げていった。

「そう。 ―――あのね、召喚士は有った?」

彼女の確認をするような言葉にティーダはユウナを見下ろすと、小さく首を振って否定の意を伝えていく。

「無いッスよ。 ガードも無かったかな」

ハッキリと否定された己の言葉にユウナは柔らかな笑みを広げると、先程よりも朗らかにさえ聞える声ですまなそうにしているティーダへと話しかけていった。

「そうなんだ。 じゃあ、違うお仕事はどんなのが有ったの?」
「ん〜〜……ユウナがしそうな仕事、だろ?」
「そうだね」

小さく一つ頷いて肯定している彼女の細い髪が海風で揺れる様を視界に入れつつ、ティーダは「あ〜…っと」と言葉を濁していたが、終いには両手を”降参”を表す様に挙げてユウナへと聞いてきた。

「じゃあ、ユウナはどんな仕事に就きたいんスか?」
「どんな仕事が有るのかが解らないから聞いているの」
「あ、そっか!!」

口元を両手で覆って笑うユウナの言葉にティーダは両手を頭の後ろで組んで空を見上げていく。
彼女に合う職業とは何だろうと思いながら。

「ユウナは何でも真面目に仕事しそうッスよね……」
「……そんな事は無いと思うけど」
「そうッスか? 何か学校の先生とか似合いそうだよな」

彼が一番最初に挙げてきた職業にユウナは目を瞠ると小首を傾げながら聞き返した。

「学校の先生?  どうして?」
「だって、子供好きだろ?  ビサイドから出る時に子供達に懐かれていたようだったし……優しい先生になりそうだし!」

彼の”子供好き”という言葉に成程と頷きかけたユウナだったが、その言葉に頷く事は無く、困惑を映した笑顔で彼へと応えを返していった。

「でも、私………人に教えるのって下手だよ?」
「へ? そうなんだ?」
「うん……多分。 人に教える事って無かったから、予想でしかないけど……でも、先生か、良いな……他にも何か浮んだりする?」
「他……他ッスか?」
「うん。 他に」

楽しそうに瞳を輝かせてティーダの言葉を待っているユウナが、両手を船の縁に置いたままで待っている。
その期待に満ちた眼差しにティーダは脳の奥にまで思考が届くように瞼を伏せると、眉間に皺を寄せながら考え込んでいった。

「ショップの店員……ありきたり、ッスね。  司書……まぁ、似合わなくも無いけど……。 いっそ、歌手!って……何か違うんだよなぁ〜〜」
「ティーダ?」
「うっわ! ごめん!!」

腕を組んで外界を遮断しながら考え込んでいた彼の顔を下からユウナが覗き込むと、突然視界に入った彼女の心配そうな瞳に見つめられたティーダが大きな声を上げて素早く飛び退いた。
彼の素早い行動に目を丸めていたユウナは、一度瞬きをするとくすくすと楽しそうに笑い声をたて小さく頭を下げていった。

「驚かせて、ごめんなさい。」
「あ……や…そうじゃなくってさ! ユウナは別に俺を驚かそうって思った訳じゃないって知っているから、謝らなくって大丈夫ッスよ」
「うん、ごめんね」
「ほら、また!! 謝る必要は無いって!」
「あ……」
「な!」

ティーダの言葉に口元を押さえて目を瞠ったユウナにティーダが満面の笑みで肯定していき、暫く黙って見つめあった後大きな声を出して二人一緒に笑い出した。

「何か、久しぶりに大きな声を出して笑った気がする」
「―――そうなんだ?!」
「うん、久しぶり……気持ちが良いんだね、大きな声を出して笑うと」
「そうッスね!」

口元に笑みを浮べながら二人が顔を見合わせていると、ティーダが「あ、そうか!」と大きな声で納得をしたような言葉を漏らした。
何事だろうと、ユウナが小首を傾げていると、彼はユウナを真っ直ぐに見て朗らかな笑顔を向け話し出した。

「俺が仕事を思いついても、何かしっくりこないのは……」
「――こないのは?」
「ユウナの今の仕事以上のモノが思い付かないからかもしれないな!」

ティーダから齎された答えにユウナは穏やかに微笑むと、「そっか」と小さく言葉を零した。

「ユウナ?」

その何処か儚げな様子にティーダが訝しげに彼女の名前を呼ぶと、ユウナは船の縁に両手を乗せたままで幾万という星が瞬く空を見上げていった。

「………何か、俺…悪い事言った?」

遠慮がちに掛けられた言葉にユウナの柔らかな髪が左右に揺れる。
そして一つの星が流れた後で、彼女は淡く微笑みながらティーダを真っ直ぐに見つめていった。

「違うよ。 あのね、そうじゃなくって……何ていうのかな……。 ホッとしたの」
「え?」
「私は、私なんだなって」

ユウナが確かめる様に言った言葉に、ティーダは豊かな感情が裏切る事の無い訝しげな表情をその顔に浮べていく。

「何だよ、それ、意味解らないって」

少し拗ねた色を滲ませたティーダの言葉にユウナは淡く微笑むと、夜の潮風で冷えた腕を自分で抱きしめ小さく震えた。

「寒い?」

ティーダの窺うような声にユウナは一つ頷いた。
確かに幾分か冷えてきた夜風はユウナの体温を攫い、確実に彼女の体の芯を凍えさせている。
微かに青ざめて見える顔色にティーダは温かく灯った船の中への入り口を見遣り、自分を抱き締めているユウナへとその手を差し出した。

「じゃあ、帰ろっか?」
「そ、だね」

疑問もなく差し出された手にユウナは己の手を重ねていく。
そして、自分を連れて行く様に歩き出したティーダの広い背中を見つめながら、ユウナは意識して小さな息を吐いた。
同じ時間だけ彼も海から吹きつけてくる風にあたっていたと云うのに、その掌は肩の力がゆっくりと抜けていく位に温かかった。
何も知らない、彼に聞いた”もし”という例え話を思い出し、ユウナは唇を強く噛んでいく。

(私は、”召喚士”でしかないんだよ)

己に言い聞かせるように心の中で呟き、そっと彼の背中から視線を外すとユウナは暗い海へと視線を伸ばした。

(此処は、彼の住んでいた夜も光が消えることの無いザナルカンドじゃないし、私は彼と同じ場所で生活をしていた訳じゃない)

一つ一つ、確認をするように言葉を思い浮かべていく。
その作業は何処か鍵を掛けていく事に似ていた―――カチリ、カチッと音をたてて封じ込まれていく”何か”をユウナは淡く笑う事で自分から切り離して行った。

(だから……)

己の思考の中でさえ続く事のない言葉に、ユウナの笑顔に影が降りる。
しかし、それが深まる事は無かった。
思考の海へと沈んでいたユウナの掌を握るティーダの掌に、微かな力が加わり篭る。
それは彼女に彼の存在を知らしめる様な温かく力強い拘束だった。
何時の間にか床板を見下ろしていた視線をティーダへと戻すと、彼は変わらず前を向いてユウナの手を引いていた。
その歩みは止まる事も無く、速まる事も無く―――ただ、ただ…ゆっくりと。

「あ!」

突然、声を上げて立ち止まった彼にユウナは同じ様に立ち止まる。

「どうかした?」

彼の背中にぶつかる事も無く歩みを止めたユウナがティーダに問うと、彼は普段の朗らかな笑顔とは違う優しげな笑みを浮べてユウナへと振り返った。
その笑顔にユウナは、自分の胸が一際大きな高鳴り打った音を耳にしながら、己の発した言葉の答えを待っていた。
空いている左手で自分の胸元で緩く拳を握り締めているユウナの不安そうな表情を見下ろしたティーダが、「あのさ…」と前置きをして明るいだけではない嬉しげな笑みを浮べて話し出した。

「オレさ、考えてたんだけど。  ユウナの今の仕事以上のモノが思い付かないからかもしれないって言ったけどさ、ユウナがユウナらしい仕事が一番だって言いたかったんだ!」
「……私らしい……」

彼女が彼の言葉をなぞる様に繰り返すと、ティーダは大きく頷いて一旦区切った話を続けていった。

「ユウナが一番頑張っている仕事がユウナの仕事だろ? 逃げる事も出来るし、休むことも出来るけど、それをしないっていうのはユウナが今の仕事にちゃんと向き合っているからじゃないんスか? 今は召喚士でもさ、旅が終ったら別の仕事だって出来るんだし、その時の仕事がユウナの一番ってのはダメッスか?」
「そうだね……」
「いや、オレも何を偉そうに言ってんのかって感じだよな!  気に障ったら、ゴメンな」

その彼の最後には語尾が沈んだ言葉に、ユウナは髪を揺らしながら勢い良く首を横に振った。

「そんな事無い。 キミが一所懸命に考えてくれたんだし、そうだよね……他の仕事も何時か出来たら良いな」
「出来るさ、ユウナなら!!」

そのティーダの眩しい笑顔で贈られた言葉に、ユウナは淡く微笑んだ。
ユウナの穏やかな笑顔にティーダは一層笑顔を深くすると、強く吹き付けてきた冷たい風に身体を震わせ「また冷えて来たッスね。 早く船の中に入ろう」とユウナの手を引いて甲板から船内へと階段を降りていった。
一段降りるたびに揺れる彼の黄金色の髪を見ながら、ユウナは酷く切なげに瞳を揺らし俯いた。

旅が終ったら……それは即ち己の死を意味している事を彼は知らない。
それが時に自分を救ってくれている等とは、彼は夢にも思って居ないだろう。
ユウナにとっては彼はこの世界の痛みを未だ知る事の無い”憧れ”の象徴だ。
妬みでも蔑みでもない、それは憐れみでも痛みでもなく、ただ純粋に好意で満ちた憧れなのだ。
けれども、彼が未来を示唆する時―――その時だけは胸の奥が小さく痛み辛かった。
自分がその未来に居ないことが、では無く、彼が自分の未来を知って胸を痛めるのだろうという事だけが―――ただ、辛かった。

(ごめんなさい)

胸の中だけで謝る。
それは自分の自己満足でしかない事を解ってはいたが、無意識に言葉が浮んできた。
その謝罪の言葉でユウナは、もし、などという可能性は最初から自分の中には無かったのかもしれないと、酷く重苦しい心の中で思った。

(キミと話す小さな出来事も、小さな約束も……全部全部、凄く楽しいから。 だから、キミの笑顔をちゃんと最後まで見たいから、旅の最後を私は言わないよ)

そう胸の中で呟いて、ユウナはティーダの手の温かさに意識を向けていく。

(……ごめんなさい)

もう一度だけ謝ると、ユウナは階段を抜けた彼の背中の先から向けられる沢山の視線に背中を正した。
それは、召喚士という唯一無二である彼女が選んだ運命が齎したものだった。

真っ直ぐに前を見て、微笑を称える。

―――それが、”もし”などというあやふやなモノではなく、彼女の中の中心に坐する揺ぎ無い真実だと、繋いだ温かな手を自分から抜き取る様に離し、最後の一段から足を離すと床板へとゆっくりと降り立った。











結城遥さんから、素敵過ぎる贈り物をいただきました…っ!
EB2006の企画として行われたチャットにてお話した際、どんなティユウが読みたいか、リクエストを受け付けてくださったのです。FF10ファン結城さんファンとしては、ぜひぜひ旅途中をということで盛り上がったのですが、それが今回、満を持して形になりました!
繊細な美しさに彩られた文章から、二人の息遣い、ユウナの切ない気持ちが伝わってきます。やっぱりFF10の世界、大好きだーっ!と改めて思いました。
連絡船のあたりの、ユウナが自分の中に芽生えた恋心に気づく時期、大好きです。

結城さん、ありがとうございました!

結城 遥さまの素敵HPはこちらから。



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