目覚ましが鳴るのを待たずに、気持ちよく目覚めた朝。
 マリンは、元気よくベッドを飛び出した。寝坊をしていては勿体ない。そんな風に思えるほどに、窓から差し込む朝日を清々しく感じた。



朝の風景 #2 -morning sun-



 着替えて部屋を出ると、廊下にはスープを煮る美味しそうな匂いが漂っていて、ぺこぺこのお腹が鳴いた。
 働き者のティファは、朝も早い。朝ごはんのしたくを済ませがてら、店の仕込みも始めているだろう。
 マリンはティファの姿を探して階段を下りた。店のフロアへと続くドアは、ほんの少し開いていた。
 クラウドが仕事に出かけるところらしい。扉の向こうからティファの声が聞こえ、二言、三言とクラウドが返している。
 その内容はくぐもって聞こえないが、柔らかなトーンに染まった二人の声の調子から、慕わしいやり取りだろうことは、容易に想像がついた。

 二人の声が、ふと途切れた。
 マリンは踵を返そうとして、そこでふと悪戯心に駆られた。
 元気のよい朝の挨拶を添え、ドアを元気よく押し開けて中に駆け込んで行く。
 もちろん、いかにも起きたばかりで、今しがたここへやって来た風に装うことを忘れずに。

「おはよう!」

 玄関ドアのガラス部分は、眩しい朝日に満たされていた。
 近づいていた二つのシルエットが、慌てて離れた。

「お邪魔だった?」

 無邪気な仕草で首を傾げたマリンは、いかにも楽しそうに尋ねた。悪びれた様子のない少女を、ティファは横目でちらりと睨んだ。
「何のことだ」
 クラウドがとぼけた。ポーカーフェイスを装ったその顔の、整った眉の真中に、僅かなしわができている。
「大人をからかうもんじゃないわ」
 ティファが、横合いからたしなめた。普段は透き通るように白い肌が、耳まで真っ赤だ。これでは、いくら気難しげな表情を作っても威厳は今ひとつだ。
「はあい、ごめんなさあい」
 表向きしおらしく詫びながら、マリンは内心肩をすくめていた。彼の、良い家族であろうとする努力は着実に実を結び、近頃ではだいぶ様になってきたのは認める。けれども、一番大事なところで、まだ遠慮が見えるのがじれったいことこの上ない。
 じれったいことにかけては、もう一方のご当人だって相当なものではあったけれど。
 別にやましいことをしている訳ではないし、ましてや本当の「家族」になる日を間近に控えている二人なのだ。だから、もう少し胸を張っていればいいものを、お互い一向にぎこちなさが取れる気配が無い。むしろ婚約を発表してからこっち、人の目がある場所では不自然なほどに離れたりするから、歯がゆくてしょうがない。
 遠慮も隠し事も、もうたくさんだ。
 堂々と仲良くしたらいい。ずけずけと物を言ったらいい。図々しく甘えて構わない。

 家族なんだから。
 許し合えるはずだから。

 星の死を食い止める戦いの中で、自分の知っている人、知らない人、たくさんの命が望まない死を迎えた。多分、綺麗事では済まされない色々な出来事があっただろう。幼い自分には到底理解できないような、葛藤や苦しみだってあった事ぐらい、容易に想像がつく。
 だけど、辛い記憶に囚われて、そこにある幸せに手を伸ばすことをためらうのが「大人」だというなら、それは間違っていると思う。

 お花のお姉ちゃんも、きっとそう言うよ。

 賢い娘は、心に浮かんだままのその言葉を、口に出すことはしなかった。自分が殊更言う必要はない。エアリスの声は二人の胸にもきっと、空を渡る澄んだ鐘の音にも似て響いているはずだから。

 例えば空気のように、いつでも傍にいて、私たちに微笑みかけてくれているはず。
 もしも誰の口にもその名が上らなくなっても、それは忘れたからじゃない。
 ずっと ずっと 大好き。

「じゃあ、行ってくる。あまり遅くならないうちに帰る」
「いってらっしゃい」
 微笑んだティファに頷き、彼がドアノブに手をかける。そこへマリンの声が割って入った。
「ねえクラウド、何か忘れ物してない?」
 意味深に響いた問いに、クラウドが不思議そうな顔をしてポケットを一通り探った。バイクのキーも、ゴーグルも、仕事に出かけるのに必要な物は洩れなく身に着けているのを確かめる。
 顔を上げて娘を見返すと、彼女はくすっと笑って続けた。
「ティファにちゃんと”行ってきます”のキスをした?」
 怒るよりも呆気にとられて口をパクパクさせている女と、渋面を作ることで動揺をどうにか誤魔化した男に、茶目っ気たっぷりの光を浮かべた大きな瞳を向けて。

「さっきも言われただろう。大人をからかうもんじゃないぞ」
 しかつめらしい表情で言ったクラウドが、ふと目元を和らげた。こほんと一つ咳払いをして、おもむろに口を開く。
 厳かな声の響きとは裏腹に、僅かにほころんだ口許は、悪戯な少年そのものだった。
「もう、済ませた」
 投げかけられた言葉の意味を悟ってマリンが顔を輝かせた時には、男は風のようにドアの向こうへと消えるところだった。
「〜〜〜〜〜!」
 隣のティファが上げた非難の声は、全く言葉になっていなかった。彼女には悪いがいつまでたっても物慣れないリアクションには、笑わずにいられない。
 そんなに赤い顔をして頬を膨らませたって、睨んだって、可愛らしさを感じこそすれ、怖くも何ともない。
 少女は、今度こそ心からの笑顔になって、自分もドアに飛びつくと勢い良く開けた。
 愛車にまたがる”父親”の後姿を、優しい色の朝日が包んでいた。
「行ってらっしゃい!」
 走り去るバイクの爆音に負けじと、娘は力いっぱいの元気な声で家族を送り出した。
 及第点を取るまでに、随分時間がかかったね。と、いささか辛口な評価を下しながら。




 幸せを学び始めた家族の、小さな風景。



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久しぶりの更新ですな。(他人事のように)
しかも相当毛色が変っている気もしますが…たまには、こういうのも、え?ダメですか?
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(08.01.08UP Written by どれみ)
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