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 打ち寄せる波の音が、優しい音楽のように、二人を包んでいた。

 あまた輝く星は、群れとなって天頂を飾り、銀河の片鱗から眺め上げる者からは薄く乳を流したように見えた。

「空の星をつないで形を描くって、昔の人も面白いこと考えたなあ」
 ティーダは伸び上がるようにして空を仰いだ。
 星にまつわる物語を聞いて眺めれば、天にひしめく小さな輝きの集まりは、なるほど太古の神々や伝説の生き物達の姿に重なって見えてくる。

 他の人が当たり前で片付けてしまうことを、彼は小さなことで感心する。呆れるくらい真っ直ぐ素直な人となりは、出逢った頃からちっとも変わっていない。
 長い祈りを経てようやく力を授かり、おぼつかない足取りで薄闇覆う試練の間へ出た時、キマリに支えられて顔を上げた彼女の目に飛び込んだのは、何の見返りも求めず”ショウカンシ”を助けに飛び込んできた少年の、驚く顔だった。
 あの邂逅から、全てが始まった。

 清澄な眼差しを、屈託の無い笑顔を向けられるたび、強い熱と光に似た感情が、ユウナの胸を満たす。
 出逢いは思いがけなく、そして眩しい。
 ずっと傍にいて欲しい。召喚士としてではなく、ひとりの少女として抱いたささやかな望みだから、少年もそれに応えた。

 あの時から、何も変わっていないと思いたかった。けれども最近、ときどき感じて愕然とする。近いと思っていたはずの距離が、酷く遠いことに。腕を伸ばせば届きそうなビサイドの太陽が、あの硬質な光を放つ星々と同じように、望んでも決して触れられぬ空の住人であるように。

「この岬から、こうやってまた星空を眺められるなんて思ってもみなかった」
 注がれる星の光を浴びながら、ユウナは呟いた。

 ビサイドは、わたしの旅の出発点。そしてキミと出逢った場所。

 生きて再びこの地を踏むことはないと覚悟して出発した。前夜、島の人々と語り明かしたこと、天を焦がす篝火越しに見上げた星を昨日のことのように覚えている。
 あの晩と同じ、金剛石を敷き詰めたような天蓋は、美しい光を地上へ降らせ続けていた。

「これからだって、何度でも見られるッスよ」
 ティーダの何気ない一言に、ユウナが念を押すように問いかけた。
「その時は、キミも一緒にいてくれるよね?」
 宵闇の中でおぼろげな彼の笑顔は、どこか困っているように見えた。
「…だといいな」
 少し寂しげに見える笑いを保ったまま、ガードはごく短い返事を口にした。
 ユウナは桜色の唇を開きかけたが、ふと黙り込んだ。
 この期に及んで己の心の安寧のために彼を追い詰めて、何が変るというのか。
 苦しみを悟られないよう懸命に押し殺している彼、そしてそれを知りながら何も出来ないでいる無力な自分。
 変化を恐れることの愚かさを学んだはずなのに、失うことへの恐ろしさに足がすくんで、一歩を踏み出すことができないでいる。


 耳の痛くなるような静寂が、辺りを支配した。
 否、それは錯覚であって、二人の五感が世界から切り離されていたに過ぎない。
 打ち寄せる波の音は、優しい音楽のように、変らず二人を包んでいた。


 あまりに曖昧で頼りない言葉だったけれど、それを責めることは誰にもできない。まして彼女には。
 優しい少年がくれた、精一杯の答えに、覚悟と同じ重さの秘め事を引きずって歩いていた、かつての自分が重なる。
 誠実であろうとすればするほど、唇は重くなる。嘘をつかないためには、黙っているしかない。
 それが分かっていたから、少女は、何も言えなくなった。

 ───キミは、消えないよね。

 飲み込んだ言葉は喉を焼き、胸に苦く落ちていった。

 わたしも最後まで走るよ。せめて置いて行かれないように。キミの望みがかなうように。
 二人の出逢いを後悔しないために。


 極度に張り詰めた金属線のような緊張は、高揚を含んだ少年の一声で唐突に掻き消えた。 
「あ、流れ星」
 ティーダが、小さく息を飲んで空の一角を指差した。西の空高く、仲むつまじい双子星の間を、小さな光が尾を引いて流れたのだった。
「ほらあそこ、今確かに流れたよな?」
 ユウナが顔を上げたときには、もう消えていたけれども、彼の嬉しそうな声音が、流星のきららかな名残を彼女にも残した。
「…残念だな。見逃しちゃったみたい」
 口惜しさを隠さないままに答えると、ティーダは高い声で笑った。
「大丈夫。ユウナの分も、お願いしといたから」
「お願い事、できたの?何て?」
 矢継ぎ早の問いかけに彼は照れ笑いで応じ、身をかがめて彼女に耳打ちした。
「またユウナと、流れ星を見られますように…ってさ」

 次は、二人一緒に。と続いた言葉に、無言のまま頷き、少女は広い肩へ頬を持たせかけた。寄り添う柔らかな温もりを、少年は控えめな優しさをもって抱き寄せた。
 例え待ち受ける宿命が逃れ難いものであっても、共にありたいと願う意志は、闇を貫き通す一条の光のごとく、強くそして確かだ。
 想いを噛み締めずにいられない。出逢えて本当によかったと。


 繰り返す潮騒が、優しい音楽のように、いつまでも二人を包んでいた。







− 出逢い −


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