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 最近ひとつ気付いたことがある。以前の旅では見られなかった現象だ。ただ、いつ頃から始まったのか、最初の兆候がいつだったのかは分からない。もしかしたら、再会したときには既にそうだったのかもしれない。
 いつの間にか見事に色づく楓の葉のように、小さな変化の連続だったことは間違いない。ともあれそれは、今では疑いようのない確実な変化だった。

 大通りを一本入った路地を、心地よい温度の風に包まれて歩く、心浮き立つ午後。大好きな人と一緒の散歩が、互いの足取りを一層軽くしていた。
 この頃ではユウナが半歩先を歩くこともしばしばだ。特にスウィーツの店などは、ティーダが歩いたことの無い、入り組んだ路地の先をユウナのほうが熟知していたりする。 この日も期間限定発売の一品、栗のモンブランを求める目的で、二人は練習の空き時間を利用して散策を楽しんでいた。

 内陸から吹く風が、ルカに秋を運んでくる。移り変わる季節を映して、町並みを染める陽射しもその色合いを穏やかなものに変化させつつあった。

「ユウナ様だ!」
 路地をすれ違う人々が、佇む人々が遠巻きに呼びかける。その名にこめられたものは、単なる親しみや憧憬だけではない。例えばごひいきのブリッツ選手にかける声とは、全く異なる重みを持って響く。
 大召喚士と呼ばれる者の中で、ただ一人の生者であり、そしてそれまでの大召喚士が誰もなし得なかった偉業を達成した点においても、彼女はスピラにとって特別な存在だと言えるだろう。
 永遠のナギ節。スピラの空を、二度とシンが覆うことはない。
 民の悲願をかなえたこの少女に、世界中の賞賛と尊敬が集まるのは至極当然の成り行きと言えた。そして当の本人は、人々の注目に対してどこかとまどうようなはにかみを未だ隠さず、それでも慕う人々を疎かにすることは決して無い。
「大召喚士様」
 立派な身なりの老紳士と青年の二人連れに呼び止められた彼女は、左右違う色の瞳に少し悪戯っぽい輝きを満たし、にこやかに訂正したのだった。
「元召喚士です」

 気付きは、確信に姿を変えていた。
 歩を並べていると、気のせいでないことが分かる。

 シンを倒す旅路では、人垣に行く手を阻まれるたびに、ユウナは呆れるほど愚直に応えていた。
 大召喚士ブラスカの娘でもあり、その才能を早くから有望視されていた彼女のことは、スピラ中つとに知れ渡っていて、誰もが希望を若い召喚士に託そうと待ち構えていた。
 彼らの望みを実現するのは召喚士たる自分の使命だと、一言も洩らさず真正面から受け止め心に刻まんと、頑ななまでに思いつめているように見えた。

 スピラ中の、人のみならず生き物も、大地も海もそして空にさえ惜しみなく向けられるユウナの愛情は、旅をしていた頃とちっとも変わらない。
 けれども。
 時には呼び止める声ににこやかに応じ、またある時はすまなさそうな顔をして詫びながらも、溌剌とした、それでいて優雅な足取りが鈍ることはない。
 その仕草は、あたかも妖精が、捕まえようとする手をするりとくぐり抜けて飛び回るようにも見えた。

 二言三言の後に一礼すると、ユウナは見送る視線に背を向けて、再びティーダに並んだ。 心の中では、自分を最優先にしてくれる可愛い人の気持ちが嬉しくて、地に足が着かない心持ちなのだが、それと悟られないようにするには、若干の苦労を要した。ユウナにも、立場というものがあるだろう。勝手に下がる目尻をどうにか引き上げ、真面目な顔を作って尋ねてみる。
「いいの?」
「だって、せっかくのデートだもの」
 自称元召喚士は、あっさりと答えた。
 スピラ中の尊敬と憧れを一身に集め、誰からも愛される大召喚士は、今、たった一人の男に独占されている。嬉しい反面集まる羨望を考えると、それが小さくないだろうことは容易に想像がついた。
 けれども、だからといって引く気もない。新しい時代が始まった今、希望は誰かに託すものではなく自身でかなえるものだ。
 そして何よりも彼女自身が望むのだから。何か起ころうとするならば、彼は自分の愛する人を全力で守るだけの、そう、至極簡単な話だ。
「オレ、いつか世界中を敵に回すかも」
 冗談交じりに口に出してみたら、
「あ、それ嬉しいな」
 ユウナは花咲くような笑顔を見せた。

「そしたら、世界でわたしだけがキミの味方だよ」








− 世界を敵に回しても −


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