あの日のことは、今でもはっきりと覚えている。
 海のごとく幻光は広がり、波のごとくひたひたと打ち寄せる。久方ぶりだろう来訪者の私達を、かの地はただ静かに迎え入れた。


運命の交差
starting their tale  from TIYU_7THEME



 立ち昇る淡い帯は、横たわる廃墟の峰を夢幻の光で包んでいた。幻光虫の飛翔は青とも緑ともつかないもやの中に七色の煌めきをまとい、風鳴りにも、魂の慟哭にも似た叫びを伴って見る者の耳をも打った。


 夕暮れが近かった。赤い太陽が西の空をまばゆく染めていた。

 目の前で赤々と燃える焚き火を透かして見るその風景は、まるで時の流れから置き去りにされてしまったように見えた。
 初めて足を踏み入れたエボンの聖地。その荒涼とした風景は、生命の息吹をまるで感じさせない寒々しさに満ちていて、私は黒いレースに縁取られた自分の両手を、我知らず握り合わせた。

 皆、無言だった。私を含め、誰も、何も言おうとしなかった。
 本当の所、やっとここまで来た、そしてここまで来てしまったという実感が胸を塞いで…言葉を発することが出来なかった。
 妹とも思ってきた召喚士の少女は、ここザナルカンドで究極召喚を得るだろう。そしていずれシンを、その命をもって打ち倒すのだろうと。その想像は限りない恐怖を伴って私の心を支配していた。
 ナギ節をもたらしてくれる大召喚士の運命は、私達スピラに住まう者にとって規定の事実であり真実の理だったから。


 今考えたら何と愚かなことだろう。あのときの私は既に諦め、従おうとしていたのだ。



 炎を囲む輪からつと離れ、ティーダは立ち上がった。そしてユウナの肩にそっと手を置く。
 ガードとして、いえ単なる守護者としてよりも深い想いを抱いて守ってきた彼女を慈しむかのように。

 そう、始まりという名のきっかけを、いつでもあの子が作ってきたような気がする。

「最後かもしれないだろ。」
 聖地ザナルカンドの夕映えに、少年の声はよく通った。

「だから、全部話しておきたいんだ。」
 もう二度とこんな風に語り合えない時が来ようとも。そんな”覚悟”のこもった言葉。
 彼の”覚悟”はその時既に、私達の知るそれと違っていたのかもしれない。
 自分が儚い存在かもしれないことを、予感していたのかもしれない。

 
 失う者、失われる者。交差によって二人の運命はそのたどり着く先を変えた。

 










 島の朝は早い。
 雄雄しい太陽が水平線を離れ、祈りを捧げに寺院へ向かう者の頭上に金色の光の矢を降らせる。
 漁に出た男たちは待ち構えていた家族と朝食の卓を囲む。輝く海からの贈り物に感謝しながら。
 朝一番に水揚げされた魚が定期船の到着を待つばかりになった頃、村のあちこちで機織りの軽やかな音が聞こえ始める。

 
 今日も始まる、平和な一日。
 今朝もビサイドの空は常夏の青さを誇る。太陽が高くなるにつれ、ますます濃さを増していく。
 この広い空をシンの影が覆うことはもうない。
 

 シンを打ち破って最初に迎えた朝日の中、ワッカは私に言った。
「なあ、ルー。一緒にならないか?」
 混乱したスピラに一通りの道筋をつけ故郷へ帰った後も、私はしばらく気持ちの整理がつけられないでいた。
 長く待たせた答えを、ようやく返したのが、夕べのこと。

 誰もが望み、けれども誰も果たせなかった永遠のナギ節。それを作り出したのは大召喚士ユウナ。
 公式の記録にはそう記されているし、そのこと自体に間違いはない。ユウナはスピラのために本当によく頑張った。
 けれども彼女が賞賛の嵐に翻弄されるたび、ガードとして旅を共にした私達はいたたまれない思いを抱かずにいられない。
 太陽の申し子のようなあの少年がユウナの傍を離れてしまった事実は、消えない痛みとして今も胸にある。




 浮かれた本人が触れ回ったのだろう。息を弾ませて尋ねてきたユウナは、開口一番
「ルールー、結婚おめでとう!」
 そういうなり、私の両手を取った。
「ありがとう。」
 共に長く過ごすうち、まるで本当の妹のようにも思える彼女に祝福してもらえることは心から嬉しい。
 けれど、胸にずっとわだかまっているやりきれない思いが胸を塞ぐ。
 口にこそ出さないけれど、ユウナが何を想い毎日を過ごしているか痛いほど分かるから。

 朝に夕に、約束の指笛は響く。
 ユウナが待ち続けている人は、まだ還らない。

 私の沈黙を何と受け取ったか、今は大召喚士となった少女が、ためらいがちに微笑んだ。
「チャップさんも、異界できっと喜んでくれていると思うの。」
 ユウナの言うとおりだと思う。あの優しい人は、きっと笑って私達のことを認めてくれるに違いない。

 チャップの死を受け入れるべきだと、ずっと感じていた。 ワッカが、弟はどこか見知らぬ場所で生きているかもしれないなんて絵空事を言うたびに腹が立って仕方がなかった。
 
 だってそうでしょう?自分をそうやって誤魔化しても、空しいだけだって分かっていたから。
 彼の死は心のどこかで、もう諦めていた。残っていた迷いもユウナのガードとして旅をするうちに自然と昇華されていった。異界で再会できたことが大きかったかもしれない。

 気がかりなのはユウナ、むしろあなた自身のこと。
 ユウナとあの子の出会いが劇的だったのと同じように、その別れも私達の常識を遥かに超えた形でやってきた。
 海から来た少年は、空へと溶けて還る運命だったのだろうか。
 だとしても。
 私は、自分がしたのと同じことをユウナにも勧めるつもりはない。
 私もまだ、心のどこかであの子と再会することを信じているのかもしれない。
 
「ルールー…?」
 黙りこんだ私を気遣うように、オッドアイが覗き込んだ。とっさに作った笑顔は、上手に出来ているかどうか自信がなかった。

「いなくなった人達のためにも、残された人はもっともっと幸せにならなくちゃ。」
 そう言ってユウナは笑った。その微笑みはあまりに透明で何か切なかった。

 そういうあなたはどうなの?と喉まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。
 諦めてしまえば楽になれる。それは甘い腐臭を放つ、約束された希望に似ている。

 未来。未だ来ぬもの。
 未来へ希望を持ち続けることの、何て苦しいこと。
 無限の可能性を信じ待つことは、どれだけの忍耐を彼女に強いるだろう。

 それでもユウナは信じ続けたいのだ。運命の糸が大切な誰かに今も繋がっていると。

「ユウナのいう通りね。自分も幸せになることが、大切な人の幸せに繋がるんだわ。」
「そうだよ。チャップさんも、それからワッカさんも、そして私も嬉しくなれる。村の皆もすごく喜んでたんだよ。」
 半ば独り言のように呟いた私の前に、彼女の笑顔が咲いた。




 式までに準備するあれこれを話のたねにして、ひとしきりおしゃべりに花を咲かす。
 ビサイド織の布越しに入る日差しは今日も刺すように強い。

 勧めたお茶を飲み干すと、ユウナは、
「ルールーの入れてくれるお茶は、いつでもおいしいね。」
 と、色違いの瞳を細くした。
 清涼を誘うハーブ入りの冷茶は舌に爽やかな後味を運び、ビサイド特有の暑気に汗ばむ肌をほんのりと冷ましてくれる。

「私なら大丈夫だよ。絶対にあきらめたりしないもの。」

 ほっそりと白い指が、滑らかな陶器に描かれた花模様をたどり、それからユウナは顔を上げた。
 私の憂いに、心優しいこの少女は多分気付いているのだろう。
 何を?と聞く必要はなかった。
 目の前で静かに微笑む瞳を見つめ返した。透き通った宝石のような両眼に不安の蔭りはなかった。

「さっきワッカさんにお願いして、素潜りを教えてもらうことにしたんだ。忙しいのに仕事増やしちゃ悪いかな…とも思ったんだけど。」
 両の指を絡め合わせて申し訳なさそうな顔をしている彼女に、二つのカップにお代わりを注ぎながら言ってやった。
「ユウナの忙しさに比べたら遊んでいるみたいなものよ。ブリッツだって半分道楽なんだし。」
 ユウナが口に片手を当ててくすりと笑う。ポットを置いた私は続けた。

「それよりユウナ。どんな時でも、自分にとって悔いの残らないようになさい。」
 私が今更こんなことを言わなくても分かっていることかもしれない。少し説教じみて聞こえたかもしれない。
 それでも言ってやりたかった。
 誰のためでもなく、まず自分のために自分の人生を生きて欲しい。

「うん。待ってるだけじゃなくて、できるだけ私からも近付きたいから。」
 無邪気さの中に凛とした美しさを持つユウナの笑顔は、その名の通りビサイドの浜に咲く花を思わせずにはいられない。 










 海だろうと、空の向こうだろうと構わない。
 もし、もしも届くのならば、今すぐ聞かせてやりたい。
 ユウナがユウナであるため、欠けてはならない『誰か』に。

 信じる者のために、あなたは何をしてやれるのか。
 早く帰っていらっしゃい。あなたを待っている人がいる。




 ユウナが信じている限り、私も信じよう。必ずその日がやってくることを。
 ひとたび交差した運命の絆が、再びかけがえのないお互いを結び合わせるだろうことを。


-FIN-







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ルールー、独り言長いよ…って言ったらアルテマの一つも食らいそうですな(笑)
今回、「交差点」をザナルカンドでの一連のイベントと位置づけて書いたので、10ED後〜DVD永遠のナギ節以前のユウナを書かずにいられませんでした。
うう、次こそは、次こそは二人一緒に……(ばたり)




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