A Maiden Innocent Rhapsody
画:ねぇ様

「ユウナ」
 ティーダは、目の前に佇む愛しい人に呼びかけた。
 クラシカルな紺のロングワンピースに薄紅色のエプロンをしめた彼女は、にっこりと微笑んで答えた。
「はい、何でしょう。ご主人様」
 色違いの美しい瞳に奥ゆかしい笑みをたたえたまま、彼女は行儀よく立ってこちらをじっと見つめている。
 この呼ばれよう、決して不快というわけではないけれど、こそばゆくて何度聞いても落ち着かない。
「………なんでもないッス」
 継ぐべき言葉を見つけ損ねて、彼は飛空挺内部の無機質な天井を見上げた。そしてこの日、十数回目のため息をかみ殺したのだった。

 事の発端は、今朝にさかのぼる。

「めいど…?」
 リュックの発した単語は、ふだん聞き慣れない類のものだったので、ユウナは小首を傾げた。
 久々に訪れたセルシウスのブリッジは、スフィアハンターとして所属していたあの頃と変わらない活気を保っていた。
 今は船を降りて別の研究施設にいるというシンラも、当たり前のように分析用コンソールに座っている。
 この天才少年の手による新作ドレスフィアがカモメ団に持ち込まれ、今日はそのお披露目会だ。
 元メンバーのパインとユウナが招待を受け、そしてユウナの隣にはガードと称して半ば強引にくっついてきたティーダの姿もあった。
 メイドという言葉を聞いたとたん、彼はあからさまに眉をひそめた。
「もとは、お金持ちの家で働く女性使用人のことだし」
 変な顔をしている青年をちらりとねめつけて、開発者のシンラは抑揚のない声で応じた。そこへリュックの嬉々とした声がかぶさる。
「それでこのドレスがね!シーフ並みの素早さと戦闘力で、なんと回復魔法が使えるの!すっごいでしょ!?」
 ニギヤカ娘の健在ぶりに傍らのパインは苦笑気味だ。ユウナは興味津々の様子でスフィアを手に乗せている。 
「ユウナんも試してみなよ!ね?ね?絶対かわいいから!」
 上がり続ける場のテンションに反して、ティーダの気分は下降の一途を辿っていた。妙に不吉な予感を覚えた。
──夢だったオレの世界と、千年前のザナルカンドでは違うかもしれないけど…。
 彼が機械仕掛けの歓楽都市で見聞きした『メイド』は、割とろくでもない趣味の世界に登場する存在だった。加えてリュックのファッションセンスは時に先鋭的過ぎる。これも立派な不安要因のひとつだ。
──大体シーフ並みのドレスって何だよ。布面積の限界に挑戦するようなデザインはマジ勘弁。
 白魔道士みたいなのだったら見たくないこともないけど…。そんな埒もないことを考えていた彼の耳に、どよめきが飛び込んできた。
 見ればもう、ユウナは思い切りよく試着にかかっており、彼女の体を白い光が包んでいた。爆発に似た眩さを放った後、光の玉が急速に収束していく。その向こうから、新しいドレスをまとった姿が表れた。
 ふわぁともほわぁともつかない間抜けな感嘆の吐息が、広いブリッジに満ちた。
「かわいい…」 
 メンバーの誰かが上ずった声でつぶやいた。その場に居合わせた誰もが全面的に同意しただろう。
 袖にボリュームを持たせた上品なシルエット、胸元の大きなリボン、裾さばきまで計算されたロングスカート。機能的かつ可憐な印象のエプロンドレスは、非の打ち所なく着る者の清楚な美しさを引き立てていた。
 思わず漏れたティーダのため息は、感嘆が半分で安堵が半分。とりあえず、恐れていた路線でなくてよかったと、胸をなでおろす。
 恋人のそんな心中を知ってか知らずか、ユウナは嬉しそうな顔でスカートの裾をくるりと翻した。
「意外と動きやすいね。それに白魔法のアビリティもすごくいいし」
「でしょでしょ!?」
 満足そうなユウナに、リュックも上機嫌だ。
 コンソールの数値をシンラと一緒に確かめていたパインが、はしゃぐ二人に提案した。
「このドレスフィア、ユウナと相性がよさそうだな。一番性能を引き出せてるみたいだ。成功ついでに、このまま実戦データを集めに行く?」
 盛り上がったメンバーは、その勢いのまま簡単なミッションを企て始めた。なぜだか去らない胸騒ぎを抱えたまま、ティーダはガードの使命を全うする決意を密かに固めていた。

 悪い予感ほどよく当たる。
 彼の懸念は、お宝スフィアを求めて潜入したダンジョンで的中した。

 天井を高速で移動するモンスターを視界の隅に捉え、ティーダは切っ先を頭上に定めた。降って来た敵を両断し、難なく退ける。急速に形を失った魔物は幻光となって、一瞬彼を押し包んだ。
 その瞬間、絹を裂くような悲鳴があがった。ユウナのただならぬ声にぎょっとして振り返ると、膝からくず折れる彼女を剣士姿のパインが抱きとめるところだった。
 彼は返す刀でもう一匹を片付け、驚異的なダッシュで駆け寄った。心臓が早鐘を打ち、脈動が煩わしいほどに鼓膜を叩く。恐る恐る跪いた彼に、パインが冷静な声で答えた。
「大丈夫だ。目立った傷はない」
 それを聞いてティーダはひとまずほっとした。が、一体ユウナに何が起こったというのか。居合わせた二人も同じ疑問を持ったようで、リュックは眉間にしわを寄せて腕を組んだ。
「でも、それなら何で急に倒れちゃったんだろ…」
 パインが場所を変わってくれ、ティーダは彼女の上半身を抱き支えた。確かに、かすり傷一つ見当たらず、状態異常を引き起こした様子もない。
 顔を覗き込んでみると、瞳をを閉じたその表情は穏やかだった。苦しがっている様子は全くない。 
「ユウナ」
 彼は耳元で呼びかけた。そっと肩をゆすると、彼女はぱっちりと目を開け、それから安心したように微笑んだ。
「ああ、よかった」
「それはこっちのセリフ…」
 無事を確かめホッとしたのもつかの間だった。可憐な唇から飛び出した次の言葉が、ティーダの笑顔を凍らせた。
「ご無事で何よりです。ご主人様!」

 同日、午後。

 セルシウスのブリッジには、コーヒーの良い香りがたゆたっていた。優秀なメイドがデリバリーしてくれた飲み物は、受け取った者それぞれの好みを完璧に反映している。
 ダンジョンでの事件について一連の分析を終えたシンラが、おもむろに説明を始めた。ちなみに、彼が手に持つマグの中身はホットチョコレートだ。
 状況から察するに、素材となったスフィアに大切な誰かを失った悲しみと守り切れなかった悔恨の念が詰まっていた。彼女がそこに自身の辛い記憶を重ね合わせたゆえの現象、ということらしい。
「ドレスフィアの主の"想い"に共感したユウナが、スフィアに宿った擬似人格に間借りさせてやってる状態。対処方法は放置。以上」
 淡々と語った少年に、リュックが尋ねた。立てた人差し指を頬に当て首を傾げてはいるが、口調は質問と言うより確認に近い。
「それってつまり、こんな風になってるのは、ユウナの意思ってこと?」
 頷いた少年は、ガスマスクの貌をディスプレイに戻した。ずらりと並んだ数式の後に、9が五つ並んでいる。
「実害は無いし、24時間以内に元に戻る確率がファイブナインだし」
 カモメ団、いやスピラが誇る天才少年はごく冷静に99.999パーセントの安全を請合った。
 しかしここまで黙って説明を聞いていたティーダの顔は、明らかに不満たらたらだ。
 彼女がティーダのことをご主人様と呼び、かつ装備を解きたがらないという現状は、確かに実害と呼べるレベルではないかもしれない。が、こんな憑依されたような状態が続いて、ほんとうに精神に悪影響を及ぼさないのか。そう思うと気が気でなかったのだ。
 口を開こうと身構えた彼の機先を制するように、元スフィアハンター仲間の会話が割って入った。
「歌姫の時と同じでシンクロし過ぎたって訳か。ユウナらしいな」
「あの時もさ、見てるこっちまで胸が痛くなったよね」
「ああ」
 リュックとパインは至って落ち着いたものだった。自分達もドレスフィアに心理状態を左右された経験がある上、こんな事例は初めてではないからだ。
「きっとまた、離れ離れだった時の気持ちを思い出しちゃったんだね」
「だな」
 カップを片手にうんうんと頷きあう二人の視線が揃ってティーダに向いた。怪しい雲行きに彼の背筋がこわばった。
「…2年も待たせたんだから、ちょっとは心配するほうの立場も味わったらいいんだよ」
「ふむ、一理あるな」
「ええっ、オレのせいかよ!…つかそういう問題!?」
 リュックとパインの無茶かつ無慈悲な言い草に目をむいた彼だったが、反撃もそこまで。シンラの容赦ない追い討ちにとどめを刺された彼は、完全に沈黙するほかなかった。
「ユウナの気が済むまで放っておけば、ファイブナインで元に戻るし」



 その日の夕方、厨房に立ったユウナはジョブのスキルを駆使して腕をふるい、マスターをして『出る幕がなかった〜よ〜』と言わしめた。言葉通り、熟練の技も圧倒的なスピード差の前に敗れたらしい。
「ふあー美味しかったー!ユウナん、お嫁に行く時はこのドレスフィア絶対持っていかないと」
「えーっそれ酷いです!普段から料理はそこそこ行けてるはずですよ!」
 リュックの感想にユウナが丁寧語で抗議し、パインが笑いながら会話に加わった。
「普段はともかく、今日の魚ソテーは本当に絶品だったな」
「やっぱり酷いこと言われてる気がしますっ!」
「うんうんカリッと焼けてて、ソースもすっごいサイコーだった!ソテーってさ、簡単そうで意外と難しくない?ちょっと目を離すと真っ黒になっちゃうし、綺麗に焼けた!って思っても、中まで火が通ってないこともあったりして。焼き過ぎるとパサパサになっちゃうし」
「頃合は慣れないと難しいですね。綺麗な焦げ目はコツがあるんですよ。最初の油は多めにひいて、後で余分な油をキッチンペーパーで…」 
 話の筋が微妙にちぐはぐことを誰も気にする風でもなく、賑やかな女子トークは続いた。
 旧知の仲と話を弾ませるユウナは、仕草も思考もいたっていつもの彼女だった。ただし、やたら礼儀正しい言葉遣いと腰の低さで、目まぐるしく働きながら、ではあったが。カウンターの向こうでデザートを出しているかと思えば、ダイニングでくつろぐ乗組員の間をポット片手に巡っている。
 ティーダは、楽しそうに立ち働く彼女から視線を外し、大きなはめ込みガラスに目をやった。港湾の明かりを透かした夜鏡が、不機嫌な男の顔を映している。
「コーヒーのお替わり、いかがですか?」
 弾むような声に振り向くと、いつの間にかユウナが立っていた。手にしたポットを僅かに掲げて見せる。
 その声は紛れもなくユウナのもので肌にしみこむほど聞き慣れたトーンのはずなのに、些細な違和感が胸の裏側を引っ掻く。そして何より、苛立ちを覚える自分自身に腹が立った。彼女がこんな近くにいるのに、目に見えない壁で隔てられている気さえする。
「んあ?いいや。ありがとう」
「元気ないですね?」
 はっと彼は視線を上げた。胸を衝かれるような思いがした。微笑みの中に、迷わず手を差し伸べる強い意志を感じた。
 恐れなく投げかけられる彼女の言葉が、薄く張った透明な殻を破り、真っ直ぐに飛び込んできた。明るく快活な声音に包まれた慈しみが、小さな痛みに寄り添ってくれる。
 澄み切った蒼天の下、二人で笑顔の練習をした、あの時と同じだった。
──元気ないね?
 真実を突きつけられてどん底まで落ち込んでいた自分に、召喚士の少女はためらいなく手を差し伸べてくれた。
 やっぱりユウナはユウナだ。
「いつでもお傍にいますから、何でもお申し付けください」
 にっこり微笑む美貌に見蕩れながら、ティーダは苦笑するほかなかった。
…目の前で笑ってる、ユウナが原因なんッスけど。
 皮肉なことに、不安の正体は、突然に主従関係を主張し出した彼女自身との距離感だ。対等なはずの立場に上下ができてしまっては落ち着かないのも仕方ない。
「お酒になさいますか?」
「…マカラーニャをライムサワーで」
 極上の笑顔に完敗する形で、"ご主人様"はマカラーニャ地方特産の蒸留酒の名を挙げた。

「やっほー、飲んでる〜?」
 頭上に降った能天気な声に、ティーダはいやいや顔を上げた。
 チェアの背もたれ越しにひょいと覗いた顔は、グラス持参でやって来たリュックだった。向かいの席にすとんと腰を下したかと思うそばから、ずいと乗り出して人の鼻先に人差し指を突きつけてくる。
「うっわーどしたの冴えない顔して。眉間にシワ寄っちゃってるよ、ほら、ここ。飲みが足りないんじゃない?」
 カモメ団リーダーの妹にしてユウナの従姉妹でもある少女は、自分の眉間をさすりながら、すっとぼけた台詞を吐いた。
 なるほど見回せば、周りも程よくアルコールが回り、あちこちで陽気な騒ぎ声が上がっている。ほとんど自分でも無意識のうちにユウナを目で追っていたが、後ろ姿の彼女は、いつの間にかコーヒーポットをアイスペールとミネラルウォーターの乗ったトレイに持ち替えていた。
 テーブルには、中身を半分ほど残したグラスが汗をかいている。その向こうには、ユウナの味方を自負してはばからない少女が、挑戦的とも取れる眼光をたたえて向かいの席を陣取っている。
「そういうリュックはテンションおかしい。まさか未成年のクセに…」
 ちらりとねめつけたティーダに向かって、リュックはひらひらと手を振った。 
「あははー違う違う、これユウナんが作ってくれたノンアルコールカクテル。健全少女のリュックさんは法律破ったりしないよ。ただせっかく久しぶりに遊びに来てくれたのに、なんか隅っこのほうで難しい顔して、つまらなさそうにしてるから」
 ここまでのいきさつがある手前、彼女も一応は気を遣っているらしい。しかしユウナがあんな状態で、どうしてへらへら浮かれることができようか。彼はぷいっと横を向いた。 
「ユウナがあんな風になってるのに、心配するなっつーほうが無理だって」
「男なら嬉し涙出るようなシチュじゃない?あーんなこととかそんなこととか、今ならユウナんに何でも言うこと聞いてもらえるよ」
 リュックが、にんまりと口の端を吊り上げた。『何でも』の辺りが妙に意味深なニュアンスを含んでいたものだから、彼は、不届きな連想を見透かされたようで心がぞわぞわ粟立つのを覚えた。
「リュック!お前なー」
 面白がってるだろ。と抗議しようとするのを制して、アルベドの少女はさっくりと切り込んだ。
「案外、ユウナん本人がノリノリだったりして」
 あくまで面白がっているような調子で、彼女はあっけらかんと言い放った。けれども痛いところを衝かれて、彼はうっと言葉に詰まった。
 遠慮なくずばりとモノを言ってのける肝っ玉も、その軽さとは裏腹な、恐ろしいほど的確な指摘も相変わらずだ。
「信じてあげなよ。チイもしてもらったみたいにさ」
 ぐうの音も出ない男にダメ押しの一手を叩き込んで、従姉妹どのはにっこり笑ってグラスを掲げた。半ばやけくそで、ティーダは乾杯に応じ、グラスに残ったスピリッツのカクテルをあおったのだった。

 就寝のため自室へ歩き出した彼の後に、ユウナは当然のように付き従った。
 カモメ団滞在の間ティーダにあてがわれたゲストルームは、乗組員の居住フロアから一つ下の階層に位置している。ごく自然にそして優雅にエレベーターのボタンを操作し主人を介添えした彼女は、当然のように彼の部屋にまでついて来て、これまた当然のように入るなりてきぱきとベッドを整えにかかったのだった。
 かいがいしく『ご主人様』の世話を焼く彼女をぼんやり眺めながら、ティーダは今日何十回目とも知れないため息をついた。

──あのさ、ユウナ。
──はい。
 メイドが歯切れの良い返事をし、瞳をキラキラさせながらこちらを見つめる。主人に全幅の信頼を寄せるその視線が眩しすぎて、気がつくと次の言葉を見失っている。
──何でもないッス。
──はい。
 こんなやり取りを、今日はかれこれ何度繰り返したか知れない。

 しかしながら、思えば贅沢な悩みである。
 片時も離れうことなく、終始うやうやしい態度で『ご主人様』と呼ばれ世話されていると、何とも妖しげな気分になってくる。
 お望みのままにと言われるなど傍目には泣いて羨ましがられる境遇だが、はいそうですかと額面どおり据え膳を食えるかといえば、さすがにそこまで単純でもない。
…普通にしてればいいんだ、普通にしてれば。
 そう思う側から、
…オレとユウナの"普通"って、何だっけ。
 と我に返る始末で、考えれば考えるほど、分からなくなってくる。
 何より警戒の欠片もなく純粋に慕ってくれるのは嬉しいけれど、裏を返せば理性を試される場面の連続で、正直そろそろきつい。
 見も蓋もない言い方をすれば、我慢の限界だ。
「んああ!」
 思わず頭をかきむしったところで、はたと気付く。ユウナが手を止め、気遣わしげな目でこちらを向いていた。
「ん、いや、大丈夫。何でもないッス」
 ユウナが何か言おうとする。わたわたと両手を振ったティーダは、説得力の欠片もない言葉を繰り返した。
「…はい」
 納得とは程遠い表情で、それでも彼女は従順に頷いた。ぎこちない空気が流れ、彼はまたもや肺が空っぽになるほど盛大なため息を吐き出したのだった。

 優秀なメイドの仕事ぶりは、ベッドメイクに関しても完璧だった。ぴんと整えられたベッドカバーにシワのよるのが何だか忍びなくて、ティーダはベッドにそろそろと腰を下した。
 仕事を終えた彼女は、ドアの付近に控え、うつむき加減でお声がかりを待っている。自分の意思で退出するつもりはないようだった。
 そこでティーダはようやく、胸にくすぶるもやもやのひとつに合点がいった。ユウナが主の望みを全てかなえようとするあまり、彼女自身のしたいことが見えないせいだ。
 オレは、ユウナのために何ができる?
「あのさ、ユウナ」
 背筋を伸ばしたままじっと立っていたユウナが返事をした。二色の澄んだ虹彩がこちらを向く。
 ちょっとばかり普段とは違うけど、ユウナはユウナだ。ここで変に遠慮したらかえっておかしいだろ。いや待て今のユウナはオレにノーと言えない。逆らえないのをいいことに、気が進まないのに無理強いなんてのはサイアクだ。でも───。
 ぐるぐると深みに嵌っていく思考を、彼はついに意識野の地平へ放り投げた。
 ウダウダ考えるのは性に合わない。探すために手を尽くせ。手がかりがなければ言葉を尽くせ。
 ティーダは、すっと息を吸い込み呼吸を整えた。そして、おもむろに問いかけた。
「ユウナはどうしたい?」
 色違いの瞳が僅かに見開かれた。しかい戸惑いの影はすぐに消え、はにかみながらも彼女は望みを口にした。
「ずっとお傍に…いたいです」
 単純(シンプル)かつ明快な答えだった。
「なんだ、オレと一緒だ。だったらもっと近くへ来て」
 ティーダの手招きに、ユウナは真っ赤になってもじもじと指を組んだ。
 かわいい。考えるより先に体が動いて、気づけば腕を伸ばしていた。彼女の手をとり、そっと引くと、華奢な体躯はあっけないほど簡単に、膝の上に納まった。 
 フリルに包まれた肩が、目の前で震えている。そっと手を置き、温めるように包む。
「ずっと言いたかったこと、伝えられないままって辛いよな」
 ふるりと微かに震えた首筋の白さ。吸い寄せられるように彼は額を近づけた。
「最後の最後に滑り込みセーフで、オレは言えたんだ。旅をして、色々なことが分かった。オレが何も知らないくせに反発してるだけのガキだったってことも」
 そして複雑な世界にあって単純なことが易しいことだとは限らない。抗いがたい強い流れの前に、どうしようもないことだってある。それは自分の経験で骨身に沁みているけれど。
「間に合って、よかった」
 彼はぽつり、ぽつりと言の葉を紡いでいく。ユウナへ、血を分けた肉親へ、絶望の淵に眠る寂しい魂への告白を。
「もう遅いかもしれないけど…伝えたかったこと、オレが全部聞くから」
 細い指先が、わずかなためらいの後、そっと頬に触れた。
「もう二度と離れたくありません」
「うん、オレも」
「何があっても、必ずお守りいたします」
「オレもユウナを守る」
 こうべを垂れ、布越しに伝わるほのかな温もりを感じながら彼は誓った。
 どんな苦難も乗り越える覚悟、運命さえもこの手で変えていく意志。
 他人が奇跡と呼ぶものの正体は、成し遂げるまで諦めぬ心そして不断の積み重ねが招く未来なのだ。
「今度こそ、必ず…」
「ああ、約束な」
 一緒に居られるだけで幸せ。他には何も望まない。
 ユウナの頭を胸に引き寄せ、彼は栗色の髪をそっと撫でた。瞼の裏に一条の光が奔り、幻めいたイメージが浮かんだ。

 彼女が、一人ぼっちで泣いていた。
 どんなに呼んでも、答えるものは居ない。
──どうして、どうして私はいるのに貴方が居ないのですか?
 望みはたったひとつ。この身に代えても惜しくはなかったのに。
 いっそ、心臓が凍り付けばいい。時さえ止めてあなたを待ち続けたい。

 どこかで、ユウナの声がした。
──かなえられなかった想い、わたし達が受け継ぐね。

 白い頬を、一筋の光が滑り落ちた。はらはらと降る涙が、凍てついた"彼女"の想いをゆっくり溶かしていく。

「アーロンにも、もっとちゃんと言えばよかったな。ありがとうって」
「…アーロンさんには…きっと」
 ユウナの優しい声を夢見心地で聞いていたティーダは、はっと目を開いて腕の中の彼女を見つめた。ひらひらと蝶の群れ飛ぶように、光が彼女の体を包んでいる。
「キミの気持ち、伝わってると思う」
 光が徐々に薄れていくと、膝の上にはいつものユウナがいた。
「…ユウナ!」
 彼女がゆっくりと瞼を開けた。夢から覚めたばかりのようなその瞳は、涙に縁取られて潤んでいる。胸に抱いた愛しい人が漏らす吐息交じりの微笑は、ようやっと安堵を得た彼の心を強い幸福感で満たした。
「…泣かないで」
 ユウナの指先が再び頬に触れ、そっと目許を拭った。
「う…泣いてなんかないッス」
 彼女の人差し指を僅かに濡らしたもの。それを認めるのが気恥ずかしくて、ティーダは照れ隠しまぎれにユウナをぎゅっと抱きすくめた。
 言葉に託した想いが翼を得て、今はもう見えない背中に届くことを願いながら。



[FIN]
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いやーなんて俺得企画!
きっかけは、twitterでの『○RTされたら○○している○○を描きましょう』というお題作成系の診断メーカーネタでした。
ねぇさんのTLに直にラブコールを送る暴挙に出た上、”メイド姿で微笑むユウナさん”という、ティーダでなくともヨダレ出そうな美味しいイラストを描いていただきました。
描いてくれたらSSつけるとかほざいたので、美麗絵に余計な長文がくっつきましたが、ユウナさんの罪作りなまでの初々しさ美しさに免じて許してください!
後半、ハイペロマスターが出てくることは事前にお伝えしてなかったのに、何と仕上げてくださった挿絵にはマスターの姿が!!以心伝心ってやつでしょうか嬉し過ぎる!!(きらきら
ねぇさん、素敵なコラボの機会をどうもありがとうございました!


お気に召したら、ぽちっと一押しをお願いします WEB CLAP


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