30. 指



 今日という日が終わりに近付く時間。
 お気に入りのソファに二人並んで、のんびりと眠るまでのひとときを過ごす。
 以前からずっと読みたいと思っていた本をこの日ようやく手に入れたユウナは、ご機嫌で表紙を開いた。

 商業都市として今やスピラ一栄えているルカには、最先端の文化が集まっている。ビサイドにいたら船便を何日も待たなければならないところが、この街にいる間は僅か数分の散歩で望みの品へ手を伸ばすことができる。
 帰りがけに覗いた専門店で見つけたこの秋限定のフレーバーティーも、なかなかの逸品で彼女の満足感を大いに高めていた。
 カップに満たされたお茶の鮮やかな水色は紅葉を思わせ、栗のこっくりしたまろやかさを加えた濃厚な香りが湯気と一緒に鼻をくすぐった。


 ページをもう一枚繰ろうと何気なく差し込んだ左中指の脇を、真新しい紙がかすめた。その途端、スッ、と僅かな痛み。
 見ると、赤い線が一センチほど真っ直ぐに伸びている。小さな切り傷ができていたのだった。
「あ、」
 血がついてしまわないよう左手を本から離すと、裏表紙から膝に落ちてぱたりと音がした。
「どうした?」
 耳ざとく声を聞きつけたティーダは、手にした雑誌を放り出した。
「何でもないよ。ちょっと切っちゃっただけ。」
「切ったってどれくらい?えっと救急箱は、……どこだっけ。」
 きょろきょろと辺りを見回す。実のところ薬や救急用品のみを入れたそれを自分では一度も使ったことがなかったので尚更だった。
 シーズン中はずっとここで生活しているものの、やはりここは仮の住まいだ。もちろんユウナと自分とで選んだ調度に囲まれた空間は居心地よく、住んでいるうちにすぐ肌に馴染む。それでもシーズンは短く慣れた頃には閉幕だ。そして次のブリッツ開幕の季節にルカへ戻ってくる頃には、またすっかり知らない家のように澄まし顔で主を迎えるのだった。

 テーブルを蹴飛ばしかねない勢いで立ち上がった部屋の主に、ユウナは笑って傷を指差した。
「ほんとにちょこっとだよ。舐めておけば治るくらい。」
 あまり大げさにされると、かえって自分のヘマが気恥ずかしい。指の傷を反対の指でそっとつまむと、ごく小さな痛覚と共に赤い液体がじわりと滲んだ。
「どこ?見せてみろって。」
 いつの間にか、ティーダが背後から肩を抱くようにして覗き込んでいた。
 ユウナの手首を握ると、自分の目の高さまでひょいと掴み上げる。
 そして彼は、白い指先に赤く飾られた傷をぺろりと舐めた。
 
 ヒリッとした感触はすぐに消え、指には熱感を伴うベルベットの感触が残った。彼の『手当て』に驚きと戸惑いと…それからちょっぴりの恥ずかしさを隠し切れず、ユウナは碧と蒼の瞳を恋人へと向けた。
 精悍さと甘さの両方をたたえた大好きな面立ちが意味深な微笑に縁取られていた意味を、次の瞬間になってようやく彼女は悟った。
 掴んだままの左手を再び口元へ引き寄せ、彼は細い指先に口付けた。薄く開かれた唇から赤い舌が覗き、ミルクを塗り固めたように白く滑らかな肌に絡みつく。
 一本ずつ丁寧に舐めほどかれ甘噛みされると、くすぐったさとは別の感覚がじわじわと押し寄せてくる。
「ちょ、ちょっと。」
 ユウナの困惑に構わず、ティーダは唇と舌とでの戯れを繰り返した。包まれた指に感じる粘膜の熱さが、甘い痺れになって体中を巡り彼女の理性を奪っていく。
 ソファの背もたれに寄りかからなければ、力の抜けた体は今にもくず折れてしまいそうだった。
 しどけない風情のユウナを抜け目なく抱き支え、彼はさも可愛くてしょうがないといったように満面の笑みを浮かべた。
「ユウナすっごく可愛い。このまま全部食べたい。」
 指の付け根の甲に接吻し、唇を触れさせたまま囁く。
 直に伝わる温もりに潜む狂おしいまでの餓えが、ユウナの一番深いところに落ちて波紋を描いた。

 耳まで真っ赤になって首を横に振ってはみたけれど、それで止まるような男でないことを誰よりも知っているのもまた彼女自身。勢いに乗ったエースには、まるで手がつけられない。
「いいよな。」
 無邪気にねだられてうつむく彼女の頬は、食べ頃に熟れた桃のように色づいていた。日に焼けた掌が伸び、両側から挟み込んで美しい細面を仰向かせる。

 見上げたオッドアイに、晴天を写し取ったような瞳が微笑んだ。彼女以外は唯の一人だって見たことのない極上の笑顔だった。

―――わたしだけが知っているキミ。キミだけが知っているわたし。

 短いためらいの後、痛いほどに火照る指先を彼の首筋へ巻きつけることでユウナは彼の想いに応えた。







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糖度高め(当社比)なのは、当時Yahooメッセ(←懐かしい)から神(=お題配布してた張本人)のお告げが聞こえたからです。
指舐めー!エローッ!って絶叫(笑)してました。


(05.11.12初出 Written by どれみ)


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